第4話

「永遠ー、まだかー?」

「だから待ってって。そんなに早く出られるわけないでしょ」


 ちょっとショッピングモールへ買い物しに行くだけなのに、永遠はずいぶん準備に時間をかけている。

 永遠のことだからパッと着替えるだけだと思ってた。意外だ。


「メイクなんてしなくてもいいだろ」

「はぁ? しなきゃダメに決まってんじゃん。私から見た目をとったら何が残るっていうの?」

「何も」

「辛辣ぅ!」


 そう言いつつも特にショックを受けた様子なくメイクを続行する永遠。

 高校の頃はあまり頓着していなかったような気がするから意外だ。


「高校の頃、メイクなんてしてたっけ」

「学校へは特に。一応禁止だったから怒られるの面倒くさいし。でも、休日はたまにしてたよ」

「そうだっけ?」


 全く見覚えがない。

 首を傾げているとそれに気がついた永遠が、頬の横で人差し指を立ててわざとらしく作った声で問いかけてくる。


「さて、問題です。高校生の頃、休日に私と何回外にでかけたでしょう?」


 少し考える……――ふむ。


「0回」

「そういうこと。だからメイクしてたのはお母さんに連れ出されたときくらいだね」


 なるほど。

 一応言っておくが、俺たちが不仲だったわけじゃない。

 ただ永遠が出不精な上にコミュ障だから、俺以外の人が一緒にいると決して参加しようとしなかったからだ。


 だから会うときは決まって、俺の家か永遠の家だった。

 だらだらと漫画を読んだりゲームをしたり飯食ったり、そんな感じだけど。


 あとは勉強か。

 テスト前は毎回赤点の危機だったから、よく泣きつかれたっけか。

 それなのに面倒そうな課題は俺にやらせようとするから、非常にたちが悪い。


「『あんた見た目まで悪くなったら完全に終わりよ』ってよく脅されたわー。……よし、終わり! どう? 結構見れたもんでしょ」

「おー」


 永遠が完成したメイク姿をドヤ顔で見せてくる。

 容姿が抜群にいいのはメイク前も同じだが、メイク後の方がやや大人っぽくなっていて凄味がある。

 ダイヤの原石も綺麗だが、カットが入るとより綺麗みたいな……あんまり上手くないか。


 しかし素直に褒めるのはなんだか悔しい。

 俺は視線を彷徨わせてから、苦し紛れにつぶやいた。


「……服装が残念だな」


 永遠が着ているのは昨日から相変わらず俺のTシャツとパンツ(下着)だ。


「それは今から着替えるの! この格好で出かけたら痴女じゃん!」


 永遠はそう言って、パッとTシャツを脱いだ。

 ブラが丸出しになり完全に下着だけになるが、お構いなしだ。


 そして「えーっと」と部屋の隅に置いてあったトランクケースを漁り出した。

 服を選んでいるらしい。


「ちょっとは恥じらいもたない?」

「パンツ見られてるのにブラ見られて恥ずかしいとかある?」


 ないか。

 いや、ないのか?


 この野郎、俺をちっとも男だと思ってないな? ま、それはお互い様か。


 しばらく探してようやくお目当ての服を見つけたらしい。

 永遠は畳んで仕舞ってあったワンピースを広げて、頭から雑にかぶる。

 そのまま背中を見せてきて「後ろー」と言うので、ファスナーを上げてやった。

 するとパタパターと洗面所まで駆けていき、しばらくすると戻ってきた。


「完成っ。ごめん、待たせた。行こっ」


 どうやら鏡で髪型を整えていたらしい。

 完成形の永遠は幼なじみながら完璧で、文句のつけようがなかった。


「……さすが、見た目だけが取り柄の女」


 口の中だけでぼそりと呟く。

 永遠には聞こえなかったらしく「なんか言った?」と訊かれたが、素直に言うと調子に乗るので「なんでも」と首を振っておいた。




 休日のせいかモール内はそこそこの賑わいを見せていた。

 家族連れや友人連れ、カップルなど客層はさまざまで、俺みたいに日用品の買い出しに来たような人もいれば、デートに来たような人もいる。

 一通りなんでも揃っているので、これといった目的がなかったらとりあえずここに来ておけば間違いない感がある。


「で、何この腕」

「何って、組んでるだけだけど」


 ショッピングモールに着くなり、どういうわけか永遠が腕を組みだした。


「歩きにくいんだけど」


 突然の奇行に戸惑っていると、永遠がチッチッチとしたり顔で指を振る。


「私はね、夕霧に『私と一緒にいることによって生じる付加価値』を提供してるの」

「『付加価値』?」

「そう。良い女を連れている男=良い男。この図式についてどう思う?」


 うーん。完全に納得できるわけではないが、説得力はあるかな。


「……なるほど。言いたいことは大体分かった。けど、腕まで組む必要あるか?」

「その方がより親密そうに見えるでしょ」

「まあ、そうかもしれんけど。胸、がっつり当たってんだけど」

「仕方ないじゃん。大きいんだから。役得だと思いなよ」


 そんなもんでいいのか。

 ま、いいや。永遠がそれでいいんなら。


 俺が永遠のことをどう見るかと、周囲の他人にどう見えるかは必ずしも同一ではない。

 永遠はこれまで生きてきた中で、必要以上に過大な視線に晒されてきた。

 だから周囲に自分がどう写るかについて、俺なんかよりもよっぽど意識が強いのだろう。


 まあ永遠の場合は、別の理由もありそうだけど。

 ナンパ避けとか。

 一人になると速攻で声かけられるのに、全然あしらえないからな。


「私、映画見たいなっ。そんで見終わったら本屋さん行って漫画買い込もーよ! 夕霧の家、暇つぶしできるもの少なくてつまんない」


 だから日用品……――ま、仕方ないか。ちょっとくらい。

 永遠も久し振りに遊びに出て、はしゃいでるのだろう。


「服とかはいらねーの?」


 トランクに結構詰まってたから、興味がないわけではないのだろう。そもそも美容にはきちんと気を遣っているみたいだしな。


 だから親切心で訊いたつもりだったのが、永遠はまるで想像の埒外だったかのように、本気できょとんとした顔になった。

 

「部屋から滅多に出ないのに……これ以上必要ある?」

「おい、引きこもり」


 こいつ本当にしょうがねぇな!

 どうやらまったく外に出る気はないらしい。

 心の中でツッこんでいると、何を思ったか永遠がにやーっといやらしい笑みを浮かべた。

 

「あ、下着はちょっと欲しいかも。もし好きなのがあったら着てあげる。特別サービス♡」

「じゃあ……」


 ちょっと考える。


「Calv○n Kle○nみたいな布地がしっかりした感じのやつ」

「ガチのマジのフェチっぽくて本気でキモいんだけど!」


 永遠は身を守るように自分の身体を両手で抱き、俺からざざざっと距離をとった。

 聞かれたから答えただけなのに、ひっでぇ! というか――。


「お前がズボン履かないからだろ! ずっとつるっとした感じのパンツ姿で部屋の中をうろうろされると気が散るんだよ!」

「そう思うんなら部屋着買ってよ! 好きで履いてないんじゃなくて、夕霧の家にあったズボンはサイズが合わなくて履けないだけだし!」


 だったらそう言えよ!

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