[最終話]エピローグ2:リスタート

 ——そんな風に迎えたボウリング当日。


 朝からやけにテンションの高いすみかの相手をしながら達也たちと合流、ボウリング場も入っている、大型アミューズメント施設に到着した。


 機械で受付を済ませると、ボウリング場となっている2階へ移動し、レンタルシューズに履き替える。


 でも、ここのレンタルシューズめちゃくちゃ滑るんだよなあ。


 早速履き替えたすみかが、


「見てみて、めっちゃ滑るー!」


 と言いながら、ダッシュしては靴底で滑りながら止まるというのを繰り返しており、鈴木さんに「ほら、迷惑だから」と、嗜められている。


「まるで母親と子どもだな」


 手早く靴を履き替えた達也が隣に並びながらそう表現する。


「じゃあなんだ、お前はお父さんか」


「まあ、それも悪くねえ」


 ニカッと頬を綻ばせて鈴木さんの方を見つめる様子はまさに父親か彼氏のそれで、つい笑ってしまった。


「え? こう?」


「ぷっ。ふふふ。さやっちピンまで届いてないよ〜。ガター!」


「えぇぇ。難しいな……」


 なんてやり取りが合ったのが数分前。


「やった、ストライク!」


「うーん、1ピン残した」


「よし、スペア」


 ……めちゃくちゃ上達していた。


 鈴木さんに教えるついでに、全員感覚を取り戻そうということで始めた第一ゲーム。


 後半になると、もう俺たちと変わらない成績を残していた。


 すみかは言うまでもなく運動全般が得意だし、達也もそう。


 俺も、自分で言うのもアレだがそれなりにできる方ではあると思う。


 それに、初めて10分ほどの初心者が並んでいる。


 この子運動は苦手なタイプだと思ってたんだけど、まさに人は見かけによらないというか、意外な才能を発掘してしまった。


「達也、鈴木さんって……」


「いや、分からん……。俺も今知った」


 彼女候補筆頭の隠れされていた姿に、流石の達也も動揺を隠せないようだ。


 終わってみればもはや接戦と言っていい、好ゲームになってしまった。


 ちなみに一位はすみかで、先ほどから謎の舞を披露している。


「えへへー、才能が爆発しちったぜいー」


 ようやく踊り終わって戻ってくると、そう言って嬉しそうにメロンソーダを飲み干していく。


「それにしても、鈴木さんすごいな。もう初心者とは思えないよ」


「そうかな? うん、なら良かった」


「おう、正直俺もさやかがここまで上達するとは思わなかったぞ……」


「そ、そっか……」


 鈴木さんあなた、俺に褒められた時とずいぶん反応が違いませんかね?


 心なしか顔も赤くなってるし。


 その姿があまりに塩らしく、どうしてもこれがあの威圧モードの時と同一人物だとは思えない。


 そんなことを考えていると、


「ちょっと! 2人してさやっちばっか褒めないで! 一位私なんだけど!?」


 席に戻ってきて以来ずっと、褒めて欲しそうにこちらを見つめていたすみかの感情がついに爆発した。


「だって、すみかが上手いのは想像通りというかなんというか……」


 つい思ったことをそのまま口に出してしまう。


 すみかの場合むしろ、めちゃくちゃ下手くそとかの方がギャップがあって反応できたと思う。


「なに!? じゃあ真斗くんは私がボウリング頑張っても褒めてくれないってこと!?」


「いやそこまでは言ってないけどさ……」


 これでもかと詰め寄ってきて、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。


 しかし口元をみると、もはや三日月とも呼べないほどに口角が上がっており、これがすみかなりの楽しみ方なのだと理解する。


 これまで俺との関係がぎくしゃくしていたせいで4人で遊ぶ機会もなかった分、すみかもこの時間を精一杯楽しもうとしているのだろう。


 すみかの功労(?)もあってまだ落ち着いていた空気がすっかり盛り上がり、最高のテンションで2ゲーム目に突入した。


 お金を払って、カウンターで唐揚げを受け取る。


 隣ではすみかがすでにたこ焼きを持って待機している。


 あのまま始まった第二ゲーム目。せっかくならチーム戦にしようという達也の提案で、俺とすみか、達也と鈴木さんという組み合わせになったのだが、そこで負けた方が買った方に食べ物を買ってくるという罰ゲームがついてしまったのだ。


 俺もすみかも決して調子が悪いわけではなかった。


 というよりむしろ、本当に最後まで抜かれては抜き返すというデッドヒートを繰り広げていたのだが、やはり最後の3投を全てストライクにされたのが決め手となってしまった。


 ここまで来るともはや運の問題に思えてくるが、負けは負けである。


「いやあ、惜しかったねえ」


「ほんとだなあ。あと1本倒せてれば勝ちだったのに」


 遊びとはいえ、微妙に残る悔しさを噛み締める。


「さて、じゃあ勝者に食物を捧げるとしますか……」


「はあ、そうしますかー……」


 そんな話をしながら自分達がいたレーンまで戻ってくると、よっぽど嬉しかったのだろう、2人で嬉しそうに笑い合ったり、今なんかは鈴木さんが達也に抱きついている。


 …………え?抱きついている!?


「ちょっとすみか、あれ! 見て!」


 先ほどたこ焼きをこぼしそうになってから、丁寧にバランスをとっているすみかに声をかける。


「待って真斗くん、私今たこ焼きと格闘中なんだって! 見てわかるでしょ!?」


「そんな場合じゃないから、とにかく見てくれ!」


「もう、しょうがないなあ……っっ!!!!」


 振り返った途端に後ろに飛び退き、俺に背中を押しつけるような体制になる。


 たこ焼きは奇跡的に器に収まっている。


「ま、真斗くん! どう言うこと!?」


 体制のことに気がつく余裕もないのか、そのまま話しかけてくる。


「俺も知らない。気が付いた時にはもうああだった」


 鈴木さんは子供が母親に甘えるかのように抱きつき、達也はそれを優しく受け止めている。


 2人で見つめ合っている様子は本当に幸せそうで……ってだめ、もう限界。見てられない……。


「おい、お前ら、そういうことは2人の時にやってくれよ」


「へあっ!?」


「……」


 素っ頓狂な声をあげて飛び退く鈴木さんと、バツが悪そうに目を逸らす達也。


 まったく、外で2人の世界に入らないで欲しいもんだ。


「ねえさやっち! どういうこと!? 私なんも聞いてないんだけど!?」


 食い気味な言葉とは反対にどんどん後退しようとするので、すみかの背中がグリグリと俺の胸に押しつけられる。


 本当に気が付いてないのかこいつ。


 他人事の時は威圧モードを華麗に使いこなす鈴木さんだが、自分のこととなると急激に弱体化してしまうらしい。これもギャップというやつだろうか。


 鈴木さんが返事に困っておどおどしていると、何かに気が付いたらしい達也が口を挟んでくる。


「ていうかお前らも、人のこと言えるような体制じゃなくねえか?」


「え?」


「……」


 すみかの首がゆっくりと上をむき、そのまま上体を逸らして後ろを向く。


 視界に俺を捉えると、目をパチパチさせて不思議そうな顔を浮かべる。


 数秒経って、自分の体が俺と密着していたことに気がついたのだろう、「ふひゃっ!」っと、これまた奇妙な声をあげて今度は前に飛び退く。


 奇跡は2度起こらず、今度はたこ焼きが1つ、ポテッと落ちてしまったが、すみかは気に留める様子もなく、こちらを非難するような視線を向けてくる。


 俺は妙な疑いをかけられぬよう、唐揚げを持っていない方の手を上にあげて無実を示そうとする。


「ななななななな何してるの真斗くん!?」


「待て、この通り俺は何もしていない。お前が勝手に押し付けてきたんだ」


「そんなわけないでしょっ!? 真斗くん、いくらなんでもやって良いことと悪いことがあるよっ!?」


 恥ずかしさからなのか怒りからなのか、顔を真っ赤にして涙ながらに叫んでいる。


 側から見たら子どもの癇癪だが、すみかは余裕がなくなるとこうなってしまう。


 テスト終了後に半睡眠状態のすみかを駅まで連れて行った時も、こんな感じだったっけな。


 あの時は鎮めるのに苦労したが、今日は違う。


 すみかを扱わせたら世界一と言っても過言ではない、鈴木さんがいる。きっとこうなってしまったすみかもたったの一言で鎮めてくれるはずだ。チラッ。


「〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」


 まだ悶絶していた。人前で達也といちゃついてしまったのがそんなに堪えたのだろうか。


 確かにそちらも色々と聞きたいことはあるのだが、まずはこっちをなんとかして欲しい。


 ……結局、鈴木さんが復活することはなく、すみかを鎮めて鈴木さんが正気を取り戻すまでに30分以上の時間を費やすこととなった。





「うん、ようやく落ち着いてきたかな。すみか、鈴木さんも」


「……うん」


「大丈夫、だと思います」


 俺たちのいた大型アミューズメント施設の隣にある、チェーンのコーヒーショップ。コーヒーショップという割にはご飯が美味しいので俺は結構好きである。


 すみかを宥めて鈴木さんが復活した後、もうボウリングを楽しむ体力は残っていなかったので、一度外に出て休もうということになったのだ。


 ちなみに、たこ焼きと唐揚げは、達也が全部食べた。


 席順は先ほどの事件の影響を大きく残しており、俺の隣に達也。向かいに鈴木さん。すみかは斜め向かいに座ってムスッとしている。


 俺とすみか、達也と鈴木さんのそれぞれが最大限の距離を保つことのできる配置である。


「なあすみか、そろそろ機嫌直せよ。話しずらいんだけど……」


「……別に。もう真斗くんが私にくっついてた事には怒ってないし」


「いやもう喋り方が怒ってるじゃん……」


「まあまあ真斗、時間が経てば戻るって。それより俺たちに聞きたいことがあるんだろ?」


 ちょうど運ばれてきたサンドイッチを片手で口に運びながら、やたら口元を緩ませて促してくる。


「俺が聞きたいんじゃなくて、お前が話したいんじゃないのか?」


「へへ、まあ細かいことは気にすんなよ。なあ、さやか?」


「へ!? う、うん?」


 ……会話の中で微妙にいちゃつくのやめてもらえません?


 さっきからちょいちょい目配せしては微笑み合ってるの、本当見てるこっちが恥ずかしくなるというか、もう限界……。


「もう大体察しがついてるし、聞きたくないんだが……」


「そうか? でも真斗が思ってるのとは違うかもしれないぜ?」


「あ?」


「真斗がどう察したかは分からんが、聞いて見ない事には真実は謎のままだぜ?」


 何やらキメ顔で変なことを言っている。


 正直嫌な予感しかしないが、これはきっと聞くまで終わらない。


「はあ、じゃあ聞いてやるよ。お前らさっきから随分仲良さそうだが、どういう関係なんだ?」


「お、さすが真斗。バレてしまったか。実は俺たち、ちょっと前から付き合い始めたんだ!」


 達也は得意げに付き合った報告をして、それを聞いていた鈴木さんはうっとりと達也の方を見ている。


 なんというか、いつか付き合うんだろうなとは思ってたが、お前らがこんなバカップルになるとは思わなかったよ。


「ああ、そう……」


「なんだよ!? もっと喜んでくれてもいいだろ!?」


「だって、予想通りすぎてもう今更というか、友達がこんな風になってしまって俺は悲しいというか……。このバカップルめ」


「ちえ。もっと驚かせるつもりだったんだけどなあ。まあじゃあ俺たちの話はこれくらいにして真斗、お前の話聞かせろよ」


「俺の話?」


 別に話すことなんかないはずだが。


「とぼけるなよ、さっき吉野ちゃんにくっつかれてた時、お前相当動揺してただろ」


「……」


「えっ、古賀くんそれ本当?」


 先ほどまでムスッとして動く気配すらなかったすみかが、いち早く割り込んでくる。


「ああ、本当だぜ? 最近だんだん分かるようになってきた。こいつは感情を面に出さないから超分かりずらいが、今日のは俺が見た中では1番だったね」


「おい達也、勝手なことをペラペラと喋りやがって。俺は別に動揺なんかしてないぞ」


「いーや、してたね。今更俺相手に隠し事ができると思うなよ?」


 ……ったくこいつは。本当にこの鋭さをどこか別のところに生かせないものだろうか。


「へえ、真斗くん。動揺してたんだ?」


 そしてなんなんだよこいつは。さっきまで一言も喋らなかった癖に、急に機嫌を直した挙句ニヤニヤと、嗜虐的と言って良い笑みを口元に浮かべて迫ってくる。


「……悪かったな」


「へえ、そっかあ。ふーーん?」


 うぜえ……。


「まあ真斗くんがどうしても、どうしてもやって欲しいって言うなら、もう一回やってあげなくも、ぎゃい!?」


「すみかちゃん、調子乗りすぎ。あんまりやると嫌われちゃうよ?」


 鈴木さんがすみかの脳天に手刀を落としていた。


 先ほどからずっと達也の方を見てぐにゃぐにゃしてたので、あまり期待はしてなかったのだが、ありがたいことに復活してくれたらしい。


「えーー、さやっちだってずーーーーっと、古賀くんとイチャイチャしてたくせに!!」


「へ!? イチャイチャ!? 私が?」


「そうだよ? さっきから視線を合わせてはニヤついちゃってさあ、気付いてないとでも思った?」


「あ、あれは、視線だけだからセーフ」


「どういう理屈!? アウトですう!」


 ここから、20分間にも渡るすみかと鈴木さんの口喧嘩が始まることとなった。


 うん、仲良さそうで何より。


「なあ真斗、その感じだとお前らは付き合ってはないみたいだな」


「当たり前だろ」


 達也の追求を軽くかわし、背もたれに体重を預ける。


 眼前で喧嘩を繰り広げる2人を眺めながら思う。


 多分俺は今、今までで一番幸せな時間を過ごしている。


 同じ悩みを持って一緒に進もうとしてくれる友達と、それを理解してくれる仲間がいる。


 十分すぎる幸せを味わいながら、明日に迫っている久しぶりな予定のことを考えるとうずうずしてしまう。


 一度は衝突して中断してしまったが、また明日から。


 何もない僕らの自分探しが、始まる。

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何もない僕らの自分探し 杏 尻尾 @anzu_sippo

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