エピローグ1:コーヒーリベンジ!

「解決したみてーだな、これでようやく全部元通りってわけだ」


 隣の席で最近のお気に入りらしいハンバーグ丼を一口食べながら、達也が満足そうに漏らす。


「そうだな、色々助かった」


「じゃ、また4人でどこか行こうぜ。復活祝いってことで」


「おお! それ良い! やるじゃん古賀くん」


 真っ先に乗っかるのは、俺の正面に座っているすみか。


 学食ですみかと一緒に座っているという状況があまりに久しぶりで、新鮮すら感じてしまう。


「どこいくの?」


「そうだな……俺の気分的にボウリングとか?」


「ボウリング……」


「さやか、行ったことあるっけ?」


「ないんだよね。大丈夫かな?」


 達也に話を振られて嬉しそうに返すのが、今回影の功労者と言っていい、鈴木さん。


 ——まあ、やり方はかなり強引だったけど


 ——もっと、スマートな方法はなかったのかと言いたくはなるけど


 それでも、鈴木さんの尽力無くしてはこうして4人で座ってることもなかっただろう。


「さやかは乗り気か、そっちの2人は?」


「「いく」」


「仲良しかよ……。じゃまた日にち決めて連絡すっから」


 ボウリング自体にそこまで強く惹かれたと言うわけではないのだが、またこの4人で遊びにいけるという事実に、考えないまま反応してしまった。


 すみかと2人も当然楽しいが、この4人でいるのも別の楽しさがある。


「古賀くん、できるだけ早く行こうね。待てない」


「おう! じゃあ今日の放課後いくか?」


「えへへー、今日は無理ー!」


「だなあ俺も無理だわ」


「なんで言ったの!?」


 こんなくだららないやりとりも昨日まではできなかったんだなあと考えると、再び幸せが沸々と湧いてくる。


 このままずっと、4人で一緒にいられたら良いなと思った。


「じゃあ、みててね?」


「分かった」


 すみかはテーブルの上に置かれたブラックコーヒー入りのカップを持ち上げて、胸の前で構えると、覚悟を決めたように息を吸って、吐く。


 そのままカップを口元まで持っていき、ゆっくりと傾けていく。


 カップの底がこちらから軽く見えるくらいまで傾けたあたりで口から離して、テーブルに戻す。


 見ると、コーヒーはほとんど残っていなかった。


 息継ぎすらない、一気飲み。


 コーヒーの楽しみ方からは著しく外れている気もするが、本人はこの上なく満足そうである。


 飲み切ってやったぞとばかりにこちらを見つめてくる一方、その口元は苦味のせいで歪んでおり、非常に格好が悪い。


「すごいでしょ! 見て! これ!」


 カップを持って、こちらに見えるように掲げる。


「う、うん。すごいよ、すみか」


 すみかの勢いに押されてつい雑な返事になってしまったが、それでもすみかは「えへへー」と笑って嬉しそうにしている。


 実は、今朝の段階で「放課後、見せたいものがあるから一緒に帰ろ!」と言われており、先日行った駅に併設されている喫茶店に来ていた。


 今日も、例の「こだわりのマスター」が礼儀正しく迎えてくれた。


「実はあれから密かに練習してたんだよねー、お家でだけど」


 あれからと言うのは、以前ブラックコーヒーを飲めるようになりたいと言ってここに来た時のことを言っているのだろう。


 あの時すみかは、半分ほど飲んだところで涙目になりながらギブアップしたんだっけ。


 それと比べれば、今はものすごい成長を遂げていると言っていい。


 俺がうじうじと悩んでいる間にもすみかはしっかりと前に進もうとしていたのだろう。


「真斗くん? どしたの固まって?」


「ああ、ごめん考え事してた」


「そう? ていうかコーヒー残ってるよ? 飲めなくなっちゃった!? 私が飲んであげよっか!?」


 もうすっかりコーヒーが飲めるキャラでいくつもりらしく、飲みたくもないだろうコーヒーを自ら進んで貰おうとする。


「……じゃあ、お願いしようかな」


「え!?」


「どうかしたか?」


「う、ううん! なんでもない! いいよ、任せときなよ!」


 そう言ってカップを寄せるが、この時点で既に涙目である。


 口元にカップを運びながらも、何の期待を込めてかチラチラとこちらを見てくる。


 俺が何も言い出さないのがわかると、目をぎゅっと瞑って一気に流しこむ。


 再びカップを置く時には、涙目どころではなく目から雫が垂れており、こめかみから汗が滲み、肩で息をしていた。


「おお、えらい!」


「えらいじゃないよ! こんなもの飲ませて! 真斗くんには人の心がないの!?」


 先ほどまでの見栄はもう良いのだろうか。自分から言い出したくせにぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。


 あまり騒がれてもマスターに迷惑なので、俺は手元にあったロールケーキをそっとすみかの方に寄せて置く。


 こんな風にくだらないやりとりをしながら、俺は幸せを噛み締めていた。


 これからもずっとすみかと一緒に自分探しをしたり、それを報告し合ったりできるのだと思うと、今すぐ走り出してしまいそうなほどの高揚感に襲われる。


 向かいの席で必死にロールケーキを頬張ってるすみかを眺めながら、


「早くボウリングに行きたいな」


 と心の中で呟いた。

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