第二十五話:雨降って地面ベタベタ

 翌朝、いつもより少しだけ軽い足取りで駅に向かう。


 いつも通りの改札を抜けて、いつも通りのホームへ向かうが、それでも世界が輝いて見える。


 ああ、悩みがないって素晴らしい。いや、正確にはやりたい事が見つからないって悩みがあるんだけど。


 それが気にならないくらいに俺は浮かれていた。


 また、すみかと一緒に遊んだり、お昼を食べたりできるだけでなく、自分探しまで再開することとなったのだから。


 周囲にほとんどいないからと油断した俺は、まるでスキップをするかのように階段を駆け下りる。


 そして……すみかがこちらを見ていた。


 こちらをじっと見つめて目を丸くしていたが、状況を理解したのか、すぐに白い歯を剥き出しにしてニヤニヤし始める。


「ねえ、真斗くん。楽しそうだったね?」


「な、何の話かな」


「スキップしながら階段なんて降りちゃって、いいことあったのかなあ?」


「くっ」


 一応とぼけてみるが、やはりバッチリ見られていた。


「えへへへ、いやあ、真斗くんがわたしのこと大好きって言うから、朝から会いに来てあげた甲斐があったよー。いいもん見た!」


「忘れてくれ……」


「無理だよ〜! 真斗くんもスキップするんだあ。えへへへへ」


「いや本当、もう勘弁して……」


 朝からハッピーな気分が羞恥へと早変わりした瞬間だった。


 隣ではすみかが、「えへへへへ、さやっちにも教えてあげよー」と言いながらメッセージアプリを開いている。


 え、拡散されるのこれ?


 俺が絶望するのと同時に電車が到着する。


「で、何が嬉しかったのかな? スキップをしていた真斗くん?」


「……」


「黙秘は許されないよ。スキップをしていた真斗くん?」


 一々、「スキップをしていた」を強調してくるので、俺の体力ゲージががゴリゴリ削られる。


「ねえ、スキップをしていた真斗くん?」


「ああもう! 分かったからやめてくださいお願いします!」


「えへへへへ。真斗くん破れたり!」


 電車に乗ると同時に猛攻を仕掛けてきて、俺を降参させて嬉しそうに手を叩いて笑っている。


 これ、今までよりもテンション高くないか……?


 そのテンションに引きずられながらもなんとか、学校までたどり着くことができた。


 まだ俺たち2人しかいない教室に着くなり、俺は自習を始めるべく問題集を取り出す。


 ここしばらく、すみかとのことでろくに自習ができていなかったので、そろそろ真剣に取り組まなくては、次のテストで大きく順位を落とすことになってしまうだろう。


 集中して、問題に目を通す。なるほどこれは、


「ねえ、真斗くん?」


 つまり、ここがこうなるから、


「……真斗くん?」


 こっちが求まって……いける!


「まーーさーーとーーくーーーーん!?」


「うわあ! なんだよすみかいたの……」


 気がつくと、自分の席に鞄を置きにいったはずのすみかが俺の前に座っていた。


 じーーっとこちらを見つめ、両頬にりんごをつけている。じゃなくて、赤らんだ両頬が、爆発するのではというほどに膨らんでいる。


 急に俺の両肩を掴んでぐわんぐわん揺らすから心臓に悪いし、シャーペンの芯が折れたんだけど。


「頼むから、もっと普通に声かけてくれない?」


「普通に声かけましたーー! 真斗くんが無視するからいけないんですぅぅ!」


「まじ? ごめん」


 だって集中してたんだもん。


「で、ごめん。何か用だった?」


「ひま、かまって」


「ええ……」


 今日は本当、やけに絡んでくるな。


 まるでほとんど喋らなかったここ数週間を埋め合わせるように。


「ええじゃない! はい! ペンを置いて!」


 お気に入りのシャーペンを取り上げられて、問題集も無理やり閉じられる。


 ああ、せっかく解法が見えてたのに。


 それから始業まで、すみかは永遠と喋り続けた。


 時々、教室の隅の方から


「籠谷って吉野さんにフられたんじゃないの? なんで一緒にいるんだよ!?」


「やっぱり付き合うことになったのかな!?」


「でもめっちゃ仲良さそうだぞ」


 という内容の話し声が聞こえてくるが、すみかは無視しているのか聞こえていないのか、全く気にしたそぶりを見せなかった。


 始業チャイムと同時に入ってきた先生を見るなり、「じゃあまたお昼ねー!」と言いながら手を振って帰っていった。


 10分休みも来るつもりじゃなくて良かった。今日のすみかは少しネジが外れている。


 ほっと胸を撫で下ろしていると、いつの間にか登校していた達也が後ろから一言。


「まるで彼女だな」


「黙っとけ両片思いカップル」


 4限が終了し、昼休みに突入する。


「まーーさとっくん、お昼食べよー?」


 すみかは、授業が終わるのと同時に飛んできた。


 ミルクチョコレート色の髪を揺らしながら、満面の笑みを浮かべて。


「ちょっとすみか! 分かったから大声で飛んでくるのやめてくれない?」


 すみかが大声で俺の名前を呼びながら走り出したから、クラス中の視線がこちらに集まっている。


 まだ教室に残っていた先生は腕組みをしながら苦笑を浮かべており、本当にやめてほしい。


 絶対誤解されてるからこれ。


 生徒のうちあるものは好奇、あるものは恨みを込めてこちらを見てくる。


 すみかといることで恨みを買うのは、正直なところ悪い気はしないどころか、かなり気分がいいが、本当に付き合っているわけではないのでどこか後ろめたい。


「よう! 昼間っから熱いねお2二人さん」


「達也……」


「えへへー」


 照れるな反論してくれ……。


 いつの間にやら、達也と鈴木さんも合流していた。


 この4人で集まるのも久しぶりで、懐かしい感じがする。


「すみかちゃん、籠谷くんが色々言ってくれて、すみかちゃんのお願いも聞いてくれて、舞い上がってるのは分かるけど、ほどほどにね?」


「えー? だってさやっち、真斗くんが私のこと……」


「今のままだと、まるで彼女だよ?」


 すみかの言葉尻に被せるようにして放たれた鈴木さんの言葉は、一瞬ですみかを凍り付かせた。


「カ……カカカカカカカカカカカカカノ……ジョ……?」


「朝から一緒に登校して、彼氏の机に入り浸って、昼休みになった途端飛んでいく。健気な彼女だよ」


 凍りついたすみかの体が、赤く染まっていく頬から伝わった熱で徐々に体温を取り戻していく。


「ちがっ! 私と真斗くんはそうじゃなくて……!」


「違うなら、節度を守ってね?」


「はい……。気をつけます……」


 さすが鈴木さん。あれだけ暴走していたすみかをものの1分で沈めてしまった。


 これで俺も平穏な生活に戻ることができる。


 あれだけ懐いてくれるすみかも可愛らしくて好きだが、毎日やられたのでは精神が持たない。


 鈴木さん。グッジョブです。

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