第二十三話:暇じゃなくても来て

 すみかとの早食いタイムアタックを制し、廊下でギリギリ教科担当の先生を追い越し、教室に飛び込む。


 授業には間に合ったが、達也と鈴木さんを始めとしたクラスメイト全員から好奇の視線を向けられることは不可避であった。


 ちなみに、なんとか口に詰め込んだうどんをもぐもぐしながら廊下を駆け回るすみかは、小動物っぽくて非常に可愛らしかったことをここに記しておく。


「はい、皆さん気をつけて帰るように」


 ついに帰りのホームルームが終わり、勝負の時。


 今からすみかに気持ちを伝えなくてはならない。


 まず、自分探しという目的がなくても一緒にいて、またどこかに出かけたりしたいということ。この前は、それを伝えて拒絶されるのが怖くて、自分から関係を断つようなことを言ってしまったということ。


 大丈夫。セリフは考えてある。


 万が一にも家族に聞かれないように、布団を被って予行演習もしてきた。


 かつてない程のペースで迫り上がってくる緊張に呑まれる前に、覚悟を決めていっせーので席を立つ。


 俺が自分の席で緊張と格闘している間に、生徒は帰るなり部活にいくなりしてしまったようで、もう教室に残っている生徒は数名程度。


 ふいに、後ろから脚をつつかれる。


 そちらを見ると、わざわざ俺が動くまで待っていたのか、達也がいつも通りのニヤけ顔で口をパクパクさせる。


「がんばれよ」と見えなくもないが、やはりその表情が妙にイラッときたので、その頭頂に手刀を落とす。


「んぎゃ!? なんで?」


 理不尽だといいたげな達也を背に、教室を出る。


 お前がやっても可愛くないんだよ、その悲鳴。


「……こっちだよ」


「すみか。ごめん、急に呼び出して」


 場所に指定して、前回と同じ空き教室。


 扉を開けて中に入ると、教室の隅っこから声をかけられる。


 俺とは反対に、すみかはホームルームが終わってからすぐに移動していたらしく、窓の縁に寄りかかって待っていた。


 しかし、呼び出される側の緊張というものもあるようで、顔には変に力が入っており、いつものエネルギッシュな笑顔とは程遠い。


「それで、話って?」


 ただ緊張しているにしては淡々としているというか、まるでこの後に予定でもあるような。


 ……いや気にしすぎか。


「ああ、いや……」


 伝えようとすると、腹の底から何かが込み上げてきて吐きそうになる。


 身体中の汗腺から汗が吹き出すのを感じる。


 このままじゃどうあっても上手く伝えられる気がしない。


 ああもう知るか! 悪くて現状維持だ! どうにでもなれよ!


「この前、俺たちのやってることはただの遊びだって言われて、寂しかった。俺は、すみかと色んな所に行って色んなことをするのが楽しくて、毎週の楽しみみたいになっていたから」


 すみかは話始めこそ少し意外そうな顔をしたものの、それからは少し俯いて、静かに耳を傾けてくれる。


「だから、えーっと、自分探しとか、そういう目的がなくても一緒に遊びに行ったりしない……です?」


 ……なぜか疑問形になってしまった。


 言ってやったという達成感と、どんな言葉が返ってくるのだろうという不安が同時にやってきて決闘を始める。


 ややあって、不安が達成感を羽交締めにしたあたりですみかが顔を上げる。


「真斗くんがそんな風に思ってくれてて嬉しい。私、あんな酷いこと言ったのに」


「いやあれは俺が」


「ううん、違うの。私真斗くんに謝らなきゃいけないことがあって」


 私が、真斗くんに私たちのやってることがただの遊びだと言ってしまってから1週間ほどがたった頃、私はどうして良いかわからず、途方に暮れていた。


 この前試しに1人でコーヒーを飲む練習をしてみたけど、楽しくない。


 改めて、真斗くんが一緒にいてくれたことの有り難みを感じた。


 そんなある日の放課後、私の親友ことさやっちに呼び出されていた。


 ——正直嫌な予感しかしない。


 いや、いい子なんだよ?


 いい子だし、宿題忘れた時はいつも見せてくれるし、可愛いし、大好き!


 大好きなんだけど、時々怖いのが玉に瑕というか何というか。


 何か問題があると、全部力技で解決しようとする感じ?


 味方だとものすごく心強いけど、自分が標的になったときは溜まったもんじゃない。


 さて、今回はそんな私の親友の標的に、私がなってしまった可能性が高いのだ。


 どうしてそう思うかって?


 メッセージの文面だようううううううううううううう!


 見てこれ!


 絵文字でなしで、


「この後、暇じゃなくてもいつもの喫茶店に来て」


 送信相手間違えてるのかと思ったね。


 いつもはもっと絵文字とか使ってマイルドな文章を送ってくれるんだけど、今回こんなに淡白なのはわざとだよね??


 ……はあ、憂鬱。


 ちなみに、いつもの喫茶店というのは学校も最寄駅付近にあるお店のこと。


 何となく雰囲気が好きで、何度も一緒に行ったことがある。


 これからこのお店に来るたびに今日のことを思い出すのかと考えると……もう来れないかも知れない。


 ——ごめんなさい店長、せっかく仲良くなったのに。


 そんなことを考えているうちに、待ち合わせ時刻の5分前になっていた。


 さやっちはさすがと言うべきか、こういう所真面目だから、きっとそろそろ現れるはず。


 学校の方から来るよね?


「お待たせ、すみかちゃん」


「うわっ!! びっくりしたあ! 何で学校と反対方向から来るの!?」


「ちょっと別の用事があってね。そんなことより早く入ろ?」


「う、うん……」


 さやっちに促されて店内に入ると、いつもの店長が迎えてくれる。


 お気に入りの窓際席に案内してもらって、普段ならご機嫌なんだけど、今日ばっかりはそんな余裕がない。


 実際会ってみるとやっぱりいつもの優しいさやっちじゃないし、「別の用事」っていうのも気になる。


 席に座っても、ほとんど無言。


 たまにスマホを見ては、何かを考えている様子。


 さやっちが店長が運んできてくれたコーヒー(私はメロンソーダ)を一口飲んで、ほうっとため息を着くと、ついにその時が来てしまった。


「で、すみかちゃん。早速なんだけど」


 嫌だ怖い。


「どしたの? もしかして私と会えなくて寂しくなっちゃたとか??」


「さっきまで籠谷くんと達也くんと会ってたんだけど、」


 茶化してみるが、全く相手にされない。


 それどころか、今あまり聞きたくない名前にギクリとしてしまう。


「すみかちゃん、籠谷くんに結構ひどいこと言ったんだってね」


 ——え?


 想像していたよりもはるかに事情を知っているような物言いにフリーズしてしまう。


「な、なんの話?」


「ごめんね、悪いとは思ったんだけど、さっき籠谷くん呼び出して話してもらったの」


「何でそんなこと」


「——また、4人でご飯食べたいから」


 そう言われてしまっては、私としても反論できない。


 今回の事件を引き起こした原因は私にあるから。


 苦しい時に助けてもらっておいて、自分勝手な理由で八つ当たりしてしまった。


 さやっちからすれば、それで古賀くんと真斗くんと疎遠になってしまうのが許せないのだろう。もし立場が逆だったら、私もきっと同じことを思った。


 話してしまった籠谷くんを攻めることもできない。


 私が引き起こしてしまった事件を、誰に相談しようが文句なんか言えるはずもない。


 それに多分だけど、きっと今みたいに詰め寄られるか、何か条件付きで約束させられてしまったのだと思う。


「で、すみかちゃん。これからどうするつもりなの?」


「……どうって?」


「まさかこのままって訳じゃないよね? だって元はと言えばすみかちゃんが余計なこと言ったのが原因なんだから」


「う……」


 覚悟はしていたけど、本当に容赦がない。


 もっとこう、優しく言ってくれたら私嬉しいんだけどなあ。


「ちゃんと謝って、また一緒に遊びに行けるようにして。1週間以内ね」


「え、1週間!? 待ってせめて1ヶ月とか」


「ううん、1週間」


 私を困らせるためにわざと無茶を言っている様子でもない。


 ただ事実を告げるかのように話すので、ああ本気なんだ……と思わされる。


 そしてこういう時のさやっちは、余程のことがない限りこちらの反論を聞いてくれない。


 もうそれは諦めるとして、そんなことよりも聞かなくてはならないことがあった。


「ねえ、さやっち」


「なに? 期限なら変えないけど」


「そうじゃない」


 少しだけ目を見開いて、意外そうに首を傾げるさやっち。


「私が自分探ししてるって聞いて、どう思った?」


「またそれ?」


「また?」


「ううん、ごめん何でもない。まあずっと隠されてたのはショックかな。キャンプの時にも話したけど、真斗くんと何かやってるのは気がついてたし、これだったんだーって感じ」


 そうなのだ。さやっちはずっと気がついていた。


 それでも私が誤魔化し続けて、隠し続けて、今に至る。


「でも、だからといって何か思う訳じゃないよ。偉いなーってくらい」


 ——ああ、この子は本当に。


 本当は分かっていた。


 さやっちは何を話したってきっと、私の気持ちを汲んでくれる。


 でも、想像してしまったのだ。


 私たちがやっていることを馬鹿にするさやっちを。


 さやっちだけじゃない。


 古賀くんや担任の土方先生が、私たちのことを否定する想像してしまった。


 それが怖くて、


 ——え?


 じゃあ、私は真斗くんになんて言った……?


「私たちがやってたことは、ただの遊びなんだよ! 世界が広がったって、それっぽいこと言って盛り上がってただけ!」


 ……なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう。


 他人から否定されるのを怖がっていたくせに、自分は真斗くんのことを否定してしまっていたなんて。


「さやっちごめん、隠してて」


「いいよもう、気にしてないし。仲直りさえしてくれれば……」


「ううん、仲直りも」


 さやっちの言葉に被せるようにして、伝える。


「仲直りはするけど、さやっちのためじゃなくてごめん」


 さやっちは何を言っているのか理解できない様子だったけど、言わなきゃいけないことは言った。

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