第二十一話:吐けやコラ

 月曜日、頭がぼーっとしてまともに考えることができない。


 授業中の内職が捗らないのは先週に引き続き。


 休み時間も誰かと話す気になれない。


 鈴木さんは、すみかと一緒にお昼を食べることにしたようで、昼休みは俺と達也の2人に戻っていた。


 4人で一緒に食べるようになる前はその2人で食べていたみたいなので、最近単独行動が多いすみかを心配してのことだろう。


 学食で向かいに座っている達也が何か話しかけてくるが、内容が頭に入ってこない。


 無視はしないようにと俺も何か返すが、会話になっているのかは分からない。


 そんな状態のまま1週間が経過した。


 すみかと放課後に喧嘩みたいなものをして以来、一度も開いていなかったメッセージアプリを何気無しに開くと、通知が十五件。


 達也と鈴木さんがこの一週間、一日一件ずつ送ってきてくれていたようだ。


 二人が七日間で十四件、もう一件は企業からの広告だ。


 鈴木さんとのチャットを開く。


「私との約束、今日が期限なんだけど。覚えてるよね?」


「大丈夫?」


「まともに話せるようになったら、話してもらうから」


「今日もまだダメそうだね」


「土日で回復しておいで〜」


「あんまり悩みすぎちゃダメだよ」


「また明日ね」


 達也の方も同様に、俺を気遣ってくれているのが分かる内容だった。


 それにプラスして、「お前、俺の話マジで聞いてねえじゃん笑」というメッセージで、達也との会話がやはり成立していなかったことを知った。


 そういえば、1週間以内に解決できなかったら、鈴木さんと達也に全部話すって約束していたんだっけか。


「お、俺らからの愛にやっと気がついたか。傷心の真斗くん」


「達也……。なんだよ傷心って」


 登校してきた達也が、荷物を机に置きながら話しかけてくる。


 今までは当たり前だったが、思えばこの1週間は昼休み以外会話していなかったかもしれない。


「知らないのか? 教室じゃお前が吉野ちゃんにフられたって噂だぜ?」


「……は?」


「顔と頭が良くて、性格も問題なし。隠れた人気を誇るあの籠谷真斗がフラれたとあって、なかなかのビッグニュースだぜこれは。おまけにお前がこの1週間ずっと上の空だったのも、噂に真実味を与えている」


 全く。人が悩んでる間にとんでもない噂流しやがって。誰だ、そいつは。


「ま、とにかく。放課後空いてんな? さやかも誘ってくるから」


 そう言ってさっさと歩いていくと、一人席に座ってペンを走らせていた鈴木さんに声をかけている。


 会話が終わると、鈴木さんがチラッとこちらを見る。


 ……あれ、今、威圧感を感じた気が……。


「久しぶりに籠谷くんとご飯。すごく楽しみ!」


 いつものファミレス、ポテトとドリンクバーのみを頼んで、注文が届くのを待っている間、そんな健気なことを言ってくれているのは鈴木さん。


 しかし、その裏には「ようやく吐く気になったか遅いんだよ」という本音が隠し切れていない。鈴木さんあなた、キャラ変わってませんかね?


 その様子に、流石の達也も苦笑である。


「で、何があったのかな籠谷くん」


 ドリンクバーを取ってきて、ポテトも届いた。準備万端だと言わんばかりに躊躇なく本題を切り出してくる。


「何って、なんの話でしょう?」


 ジロっと睨まれた。はい、ごめんなさい。ちょっと心の準備が整ってなかったんです。


「えー……。どこから話したらいいんだろ」


 少し考えてから、俺とすみかが出会ってからのことを全て話した。


 俺は、元々やりたいことが見つからず悩んでいたこと。


 進路調査票がきっかけで、すみかも同じだと知ったこと。


 やりたいことを見つけるために、すみかの「やりたいことリスト」を消化していたこと。しかしこの前、「私たちがやっていることはただの遊びだ」と言われて、関係を解消するに至ったことを話した。


 結局すみかに相談せずに話すことになってしまったが、もう終わった話なので許してほしい。


 ——こんな話を聞かされて達也と鈴木さんはどう思うのだろうか。


「「はあー……」」


 今まで、俺の話を静かに聞いていた2人が同時にため息をつく。


「いや、籠谷くん。……思ったよりめんどくさい性格してるね?まあ、すみかもだけど」


「なんで言われてすぐ引いてんだよこのヘタレが」


 思ったとおり、むしろ思ったよりも激しい非難の嵐が寄せられる。


「はあ、で、お前はこれからどうするつもりなんだ?」


 一通り文句を言い終えた後、達也がポテトをつまみながら聞いてくる。


「どうって、別にどうもこうもないだろ。もう終わったんだから」


「それ、本気か?」


 普段はお世辞にも真面目とはいえない達也であるが、いざとなるとこういう側面が顔を出してくる。何かを探るようにこちらを見つめ、先を促してくる。


 しかし、俺が何を言うことを期待しているのかは知らないが、俺とすみかの関係はもう終わっている。


 俺は関係の解消を提案し、すみかもそれを了承した。


 元々やりたいことを一緒に見つけるという理由で始まった関係を、これ以上保っていていい理由が見つからない。


 俺がすみかに恋心を抱いてしまっていても、それが一緒にいていい理由にはならない。


 だって、俺たちの関係は「その」ためのものではないから。


「……ああ。もう俺にできることはねえよ」


「籠谷くん」


「さやか、ストップ。こいつに何かする気がないなら、俺たちにもできることはない。というか、やるべきじゃない」


「達也くん、でも……」


 どうしても何か言いたげな鈴木さんを宥めながら一瞬、こちらに視線を向ける。


「真斗、言った通り、お前が求めない限り俺たちはもうこの問題には干渉しない。でも、『できることはない』ってのは違うと思うぜ? お前が大事にしなきゃならないものは他にあるんじゃねえの?」


 それだけ言うと、最後のポテトをひょいっと口に放り込んだ。


「お前が大事にしなきゃならないものは他にあるんじゃねえの?」


 達也のこの言葉が妙に引っかかった。


 でも、その前に聞きたいことがある。


「達也、それと鈴木さんも。俺たちが自分探しをしているって聞いて、どう思った?」


 ずっと気になっていた。


 自分のやりたいことが見つからなくて悩んでいるなんて話せば、俺の知っている反応は2つ。


 そんなものも見つかっていないのかと驚かれるか、どうしてそんなに真剣に考えているのかと呆れられるか。


 だから、2人に自分探しをしていると話すのが怖かった。


 すみかとの関係を隠してきた。


 しかし、2人はそのどちらの反応も示さなかった。


 正確にいえば、俺たちが自分探しをしていることに対して触れてこなかった。


 だから、どう思われたのか聞きたかった。


 例えそれが、俺にとって望ましい答えではなかったとしても。


「別にどうも思わねえよ。偉いなあってくらい?」


「そうだね。私もそんな感じ」


 ……は?


 拍子抜けするほどシンプルな答えに言葉が出てこない。


「ていうか、俺も何か見つけねえとなあ。普通いつまでに見つけるもんなんだ? やっぱ受験?」


「そうなるのかなあ。特定の学部とかじゃないと就けない仕事とかあるもんね」


 いやいやいや、なんでお前らまで真面目に考えてんだよ。


 俺の知らない反応に、ただ戸惑うことしかできなかった。


 人に話すべきじゃないと思ってた。


 どうせ理解してもらえないと。


 でも、違った。話を聞いて、程度の違いはあれど共感してくれる人が身近にいる。


 年齢の問題もあると思う。小中学生と高校生じゃ将来自分が大人になるという現実味が違うから。


 でも、それでも友達に自分の悩みを受け入れてもらえたことに安堵せずにはいられない。


「つか真斗、確かにやりたいことを見つけるのも大事だけどよ、今は吉野ちゃんの方を優先な」


「お、おう……」


「達也くんさっき、すみかちゃんとのことには干渉しないとか、私に注意してなかった?」


「あ、しまった。こいつがヘタレすぎてつい……」


「はあ……もう……」


 そう言った鈴木さんは「これからちょっとやることがあって……」とのことで、解散となった。

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