第二十話:失敗した

 ——失敗した。


 私、吉野すみかは今回、明確に失敗した。


 一体どこがいけなかったのだろう。


 ノートを無くしてしまったこと?


 そもそもノートを作ってしまったこと?


 いやきっと、問題はそこじゃない。


 もっと近いところ。仮にノートを先生に拾われてからでも、こうなってしまうのを避ける道はいくらでもあった。


 つまり、何がいけなかったのかというと、


 私が自分の気持ちを伝えることを怠ったこと。


 真斗くんは勘違いしていたようだけど、


 先生にノートを返されたあの日、本当に何か特別なことを言われた訳じゃない。


 やりとりはこんな感じだった。


「これ、廊下に落ちてたらしいぞ。気がついた生徒が届けてくれた。気をつけるようにな」


「あ、はい! ありがとうございます!」


「おう。じゃあよろしくー」


 終わり。


 ね?本当に特別なことはなかったでしょ?


 流石に先生ともなると、生徒のノートを勝手に見るなんてことはしないのかな?


 ほら、今って何かとパワハラだの体罰だの言われて大変だし。


 一瞬そんなふうに思って、真斗くんのところに行こうと思ったの。


「中身見られてなかったっぽいよー! セーフ!」って。


 でも、そしたら気が付いちゃったんだよね。


 私たちが今やってること、人に自慢できないことなんだって。


 ノートに書いてることは、何をするかと軽い予定、あとは感想って感じ。まあ記念みたいなもんだよねー。


 でも、それを人に見られたくないってことは、やってることに自信がないってことでしょ?


 恥ずかしいわけじゃないの。


 私、日記とかバンバン他人に見せるからね。


 ……一ヶ月も続かなかったけど。


 とにかくそれで、なんで自信がないかって考えて思ったのが、


「ああ、私たちはただ一緒に遊んでるだけだったなあ」


 ってこと。


 真斗くんと一緒に絵を描きに行って、コスプレ写真撮って、カラオケして、全部楽しかった。


 絵とギターで負けたのは悔しくて、つい拗ねてしまったけれど。


 本当に、男の子と2人ってほとんど経験なくて心配だったけど、全然そんな必要なかった。


 むしろ、一緒に楽しいことができる上に、たまに男の子らしくリードしてくれるのとかドキドキするし、デートってこんな感じなのかなーって思ってた。


 こうやって一緒に遊んで、確かに知らない世界を知れることもあった。


 まだ収穫といった収穫はなかったけれど、公民館に行ったあの日真斗くんが言ってた、


「世界が広がった感じ」


 というのは私にも分かる。


 でも、これがやりたいことに繋がるのかと聞かれると、分からないのだ。


 最初は、繋がると信じてた。


 きっと、知らない世界を知れれば何か見つかることだってあるかもしれないって。


 今も、その考えが間違っているとは思わない。


 ただ少し自信がなくなってしまっただけ。


 だから、少し考える時間が欲しかった。


 それが真斗くんを避けてた理由。


 避けて、避け続けて、今日ついに捕まってしまったのだ。


 まさか女子グループの中まで捕まえにくると思わないでしょ?


 あんなの絶対告白と勘違いされてるよね……。


 とにかく、それで迷ったまんま追い詰められて、ほとんど八つ当たりのようなことをしてしまったのだった。


「……どうしよう」


 そう呟いても返事は返ってこない。


「いやだよお、真斗くん」


 嬉しかったのだ。心配してもらって。


「別に焦って探さなくっていいと思うよ」


 そんなこと言ってもらえたの初めてで。


 今思い出しても胸の奥に火が灯ったような安心感に包まれる。


 しかし、そう言ってくれた真斗くんはもういなくなってしまった。


 私のせいで。


 そのまま話せばよかったのだ。


 今のままではただ遊んでいるだけじゃないのかなって。


 きっと真斗くんはまた私の気持ちを受け止めてくれた。


 じゃあなんでそうしなかったのかというと、あまりに身勝手すぎる願いだと思ったから。


 自分の都合で巻き込んでおいて、今度はこのままじゃ私が納得しないから別の方法を考えようなんて、言えなかった。


 まあその結果八つ当たりして、さらに事態を悪化させてるんだけども。


 これから私は……どうしたらいいの?


 あれからどうやって帰ったのかは覚えていない。


 気がついたらベッドの上にいて、土曜日を迎えていた。


 折角の休みだが、何をする気にもなれず、そのまま1日の大半を部屋の中で過ごした。


 日曜日も似たようなものだった。


 どこへも出かけず、うちの中で過ごす休日は、ここまで味気ないものだっただろうか。


 そんな思考が少なくとも頭の中をぐるぐると回って離れてくれなかった。

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