第十九話:なら、ここで終わりだな

 それから、放課後まですみかに話しかける機会を伺っていたが、チャンスが訪れることはなかった。


 1度、すみかが1人になった時があったのだが、俺に気がつくが早いか、女子グループの中心に逃げていってしまった。


 この避けられ方だとあまり期待はできないが、一応メッセージを送ってみる。


「何かあった?」


「え、何が? 何もないよー」


「うそつけ」


「あ!ごめん友達に呼ばれた!」


 一応返信は返ってくるが、深く探ろうとするとさっと逃げられてしまう。


「なんなんだよまったく」


 自室のベッドに体を投げ出すと、ポスンと音がして包み込んでくれる。


 体を休める代わりに頭を動かす。


 メッセージでのやり取りは一方的に切られてしまえば終わり。


 電話はまず応じてくれるかも分からないが、一方的に切ることができるので同様の理由でダメ。


 なら直接話しに行くしかない。でも、普通に行くのでは話しかける前に逃げられてしまう。


 というか、なんで避けられてるんだ?


 普通に考えれば、ノートのことで土方先生に何か言われたのだろう。


 何かってなんだ?


「あーくそ、わかんねえ。てか、ねむい……」


 今日は朝からノートを探し回って、見つかったと思ったら避けられて、疲れていたのだろう。


 突如襲ってきた睡魔に抵抗できるはずもなく、そのまま目を閉じた。


 ノートを探した月曜日から3日間、目立った成果を上げることはできなかった。


 話しかけようとすれば逃げられ、お昼は何か理由をつけて別行動。


 普段なら授業中の内職で勉強時間を稼ぐのに、ここ最近はすみかのことで手につかない。


「もうああするしかないか……」


 始めに思いついていた案。できればやりたくなかった。


 ……だって絶対変な誤解されるから。


 今日は金曜日。土日はきっと何もできないだろうから、鈴木さんとの約束では実質今日がリミットである。


 ゆっくり話したいから、決行するのは放課後だ。


 それまではじっと我慢。


 昼休みに、鈴木さんと達也が心配の声をかけてくれるので、大丈夫と答えておく。


 6時間目が終了。緊張してきた。


 帰りのホームルームが終わった。


 今だ!


 勢いよく立ち上がったので周囲の視線を集めるが、気にしない。


 達也はニヤケ顔でこっちを見ている。


 教室の角を曲がって真っ直ぐすみかの方へ向かう。


 すみかはこちらに気がつき、慌ててまだ3人ほどしか集まっていない女子グループに逃げ込む。


 今まではこれでお手上げだった。


 しかし、俺はそこまで歩いて行くと、お構いなしにすみかの手を取った。


「話がある。来て」


 策とすら呼べないかもしれない。


 防御ガン無視の強行突破。


 ただこちらが周りを気にしなければ、すみかの防御は意味をなさない。


 突然のことにすみかを含めた女子グループは呆然。


 別のところにいた女子たちも事態に気がつき、徐々に声を上げ始める。


「え、告白!?」


「大胆……」


「あんな風にしてもらいてぇ……」


「しかも籠谷くんでしょ? いいなあ」


「そういえばテストの時も一緒に帰ってたよね!?」


「え、なにそれ!? 知らない!」


「ほら、すみかちゃんが教室で寝ちゃったやつ!」


 何を言っているのかは良く聞こえないが、誤解をしているのは間違いない。


 だからやりたくなかったのだが、まあこの際仕方ない。


 男子は一瞬こちらをみるが、すぐに興味を失う人がほとんど。


 数名は絶望したような顔をしている。


 安心しろ。今回はお前らが思っているようなことじゃない。


 まあ、いつかは絶望させる気でいるが。


 逃げられないようにガッチリ手を掴んだまま、生物室横の教室に連れて行く。


 生物室は1階にあるが、一度2階に上がってから渡り廊下を使わなければならず、どこの教室からも遠いので、あまり人が通ることはない。


 しかしまあ、当然そこまでの道のりにはたくさん生徒がいるわけで、


 すみかの手を持ったままだと2人分のスペースが必要になるので、移動がしづらい。


「カップルかな?」


「何年の子だろ?」


「道空けてあげよ」


 と思ったが、廊下に溜まっていた生徒が自分から避けてくれるので、驚くほどスムーズに通ることができる。


「え、ちょっ。真斗くん!? 離して! お願い!」


「離したら逃げるだろうが!」


「逃げないから! そうじゃなくて!」


「いいから、黙ってついてきて」


「もういやあ……」


 正気に戻ってきたらしいすみかが離せ離せと騒ぐが、それで離すほど馬鹿じゃない。


 全身を使って暴れようとするので、それを抑えつけながら目的の場所まで連れてくる。


 にしてもこいつ力つよっ。


 教室の窓際にすみかを放し、逃げられないようその前に立つ。


「はあ……はあ……」


「はあ……はあ……」


 ここまで、逃げようとするすみかを無理やり押さえつけながら来たので、2人とも体力がもう限界である。


 念のためすみかを窓際にしているが、ダッシュで逃げられたらもうこれ以上追いかけることはできないと思う。


「お前……逃げようとしすぎだろ……」


「違うから……。それは真斗くんが手なんか握るから……」


 1週間弱口を聞いてなかったので、こんなやりとりでも楽しいと感じてしまう。


 でも、本題はそれじゃない。


 ようやく呼吸も整ってきたところで、込み上げてくる緊張と不安を我慢して切り出す。


「すみか、月曜日なんて言われたんだ? 土方先生に」


「……別に、何も言われてないけど?」


「じゃあ、何かあった?」


「ないけど」


 こいつ、まだ嘘つくか。


「じゃあ、なんで俺を避けてるんだよ」


「だから別に避けてないって〜」


「ああもう、いい加減にしろよ! どう見たって俺から逃げてるし、何もなきゃそんなことしないだろ! 何があったか知らないけどさ、俺にはなんの相談もなしかよ!」


 話す意志が感じられないすみかの態度に、つい口調が強くなってしまう。


 すると、ヘラヘラとやり過ごそうとしていたすみかの表情に怒りが宿る。


「私たちがやってたことは、ただの遊びなんだよ! 世界が広がったって、それっぽいこと言って盛り上がってただけ!」


「そんなこと……」


「真斗くんなんて、器用だからなんでもできるでしょ! ギターも絵も、コーヒーだって飲めるし! 好きに選んだらいいじゃん!」


「…………そうか。分かった。」


「え?」


「なら、俺たちの関係もここで終わりだな」


「ちょっと待って私そこまで言って……」


「だから、避けてたんだろ?」


「……うん」


「時間取らせて悪かった、じゃあな」


 もうこれ以上、すみかの話を聞いていたくないと思った。


 もう自分が怒っているのか、悲しんでいるのかさえ分からなかった。


 すみかに一緒に探そうと声をかけたあの日、ずっと一人で抱えてきた悩みを共有できる仲間ができたと思って嬉しかった。


 周りの奴らや大人に話しても決して理解してもらえないことを、理解してくれる人を見つけたのだから当然だろう。


 でも、その関係もさっき終わった。


 これからは、また1人で悩みを隠し続ける生活に戻るのだ。


 いや違うか、1人でこの悩みを解決しなければならない。


 きっとすみかは、土方先生に「お前のやっていることはただの遊びだ」という旨のことを言われたのだろう。


 それで、2人でやりたいことリストを消化する意義に疑問を感じて、俺を避けてしまった。


 遊びなんかじゃないと、言えたら良かった。


 108個終了するまでには、きっと何か見つかるはずだって。


 でも、そんな自信は俺にはなかった。


 今まで、やりたいことを見つけたことがないから。


 すでにやりたいことを見つけている先生や、テニスに夢中になったことがあるすみかがそう言うなら、そうなのかも知れない。


 なら、俺はもうここですみかとの関係を終わらせるべきなのだろうと思った。


 感情の問題じゃなくて、論理的に。

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