第十三話:キャンプの夜は……?

「「ただいまーー!」」


「「おーう」」


 女子二人が銭湯から帰ってきた。荷物があるので、どうしても2組に別れるしかなかったのだ。俺たちは先に入らせてもらった。バーベキューすると煙が髪について、めちゃくちゃ風呂入りたくなるよな。


「何してんの?」


 肉を腹いっぱいに詰め込んでご機嫌のすみかが聞いてくる。ああ、肉……。


「今やってるのは2人神経衰弱」


 あれ?めっちゃいい匂いがする。いや肉のじゃなくて!もっと爽やかで甘い感じ。フローラルって実際よくわかってないけど、多分そんな感じ。例えるなら、お風呂上がりの女の子から香ってきそうな感じの。あ、女の子いたわ。目の前に。お風呂上がりの女の子。つまりこの匂いはすみかのってこと……!?うわ、やばい。急に緊張してきた。


「ふーん? それ楽しい?」


 やめて。興味持ってくれるのは嬉しいけどそれ以上顔を近づけないで。


「た、楽しいよ。割と。ていうか今めっちゃ盛り上がってる。」


 ここまで2戦やって1勝1負。3戦目の今も獲得枚数は同じ。正直ここまで接戦になるとは思わなかった。俺は記憶力に自信がある方なはずなのだが、達也も負けずと一度出たカードはほとんど合わせてくる。


 どうしてこいつはこの能力を勉強に使えないのだろう。2人しかいなかったら、負けても「もう1戦!」と縋ることもできただろうが、すみかたちが合流した今、これが最終試合となるに違いない。たかがゲーム。されどゲーム。絶対に負けるわけにはいかない。


「なあ、真斗?」


「あん?」


「賭けようぜ」


「何をだ」


「どうしよう……」


 おい。そこは決めといてくれよ。微妙なシリアス展開台無しじゃねえか。ほら見ろ、後ろで鈴木さん笑ってんぞ。別に何も賭けなくたっていいのだが、何かあった方が盛り上がるだろう。


 俺は視線を横に座っているすみかに向ける。なんとなくだが、こういうのを決めるのが得意そうなイメージがある。


「え? 私が決めていいの?」


「こういうの考えるの苦手なんだ。頼むわ。」


 向かいの席で達也も頷く。それを見とめて、数秒おいた後にすみかは口を開く。


「んー、じゃあ勝った方がこの後みんなで何するか決めて良いってのでどう?」


 俺たちの賭けだけでなく、その後のことまで一気に解決する冴えた案。イメージだけでなく、本当に得意なようだ。そういえばこの子、一晩でやりたいことを108個ノートに書いて持ってきたこともあったっけ……。とりあえず俺としては問題ないので頷く。他の二人もOKなようだ。ゲームを再開する。


「はあ……勝った……!」


「くっそおお」


 4枚差。つまり俺が1ペアだけ多く取った状態。本当に僅差で勝負がついた。もうここまでくると運だと思う。でも勝ちは勝ちだもんね!へへーん!あれ?なんか女子2人の視線が冷たいような……?


「2人とも、本気すぎでしょ……」


「うん、達也くんのこんなまじめな顔見た事ない」


 女子組が一歩引いた感じで視線を向けていた。でも呆れている様子ではない。冷たいと感じたのは、俺らが勝手に熱くなっていたことによる温度差が原因だろう。


 確かに、高校生になって本気で神経衰弱をやることはそうないかもしれないけどさ、たまにはいいじゃんよ!


「はあ、じゃ次何する? 真斗くんが決める権利あるんだけど」


「あ」


 すっかり忘れてた。そういえばそれを賭けて勝負していたんだった。どうすっかな、神経衰弱……はやりたくなそさうだったな。どうしようか。俺って修学旅行行っても永遠とトランプやってるタイプなんだよなあ。でも今日は女子もいるし、そういえば女子って修学旅行の夜とか何してるんだ?……一つだけ思い当たることがあった。


「恋バナとか」


「え?」


 しまった。思いついたそのまま言ってしまった。いや本当に提案するつもりなかったんだって。これからやるレクレーションに恋バナ提案する男子ってどうよ?


「真斗くん、恋バナしたいの?」


「いや、したいわけじゃなくてその……」


「じゃなくて?」


 俺の面目を保つためにもきっちり説明しなければいけないのに、舌も頭も回らない。やめて達也。こいつ何いってるんだって顔やめて。


「私は、してもいいかも」


 鈴木さんがちらっと横目で達也の方を見る。意外にも積極的な面を持ち合わせているらしい。この機会に何か情報を引き出したい、あるいは、単純に好きな人と恋バナをして見たいという興味だろうか。どちらにしろ、勇気を振り絞った結果だというのは顔を見ればわかる。


「んーもう、さやっちは女の子だなあ全く」


 すみかもその意図に気がつかないわけなく、いつもの調子で乗っかる。でも、わざわざ向かい側まで歩いて行って抱きつくのはなんなの。


 すでに固まりつつある空気の中、達也がジト目で睨んでくる。俺もわざとじゃなかったんだよ。そう思いを込めて手振りだけで謝っておく。しかし、ここから逆転することは俺たちにはできない。せめて喉が渇かないようにと、スーパーで買った飲み物をコップに満タンまで注ぐ。


「じゃ、じゃあ私から」


 普段のイメージからはあまり想像できない積極性をここにきて存分に発揮している。いやむしろ、こっちが本性なのかもしれない。


「みんなは気になる人とか……いますか?」


 変化球ってなんですか? と言わんばかりの直球。みんなとは言っているが、狙いは達也だろう。隣では「可愛い……さやっち……可愛いよ……」とすみかが変態っぽいここと呟いているので、仲間だと思われないようにそっぽを向いておく。


「じゃ、古賀くんからね〜」


「俺かよ! なんで!?」


「え、分かんないの?」


「あー、いや、まあ」


 この後に及んで駄々をこねようとする達也に、すみかが「さやっちが勇気だして聞いてるのに答えないとか正気なの?」と視線で訴えている。妙な威圧感があり、その視線の先が俺でなくてよかったと本気で思っている。その威力は、基本的に自由奔放な達也を容易に陥落させた。


「まあ、いるけど」


「だれ、ですか?」


 すかさず鈴木さんの追撃が入る。この子、本当に攻めるな。なお、すみかの威嚇はまだ続いており、達也はすっかりおとなしくなっている。


「えー……。まあ、育ちがよくて、礼儀正しい、同じクラスの子」


 ぼうっと鈴木さんの顔が赤くなる。もう噴火したと言ったほうが近いかもしれない。すみかも満足そうにニヤニヤしており、威嚇をやめている。


「……そっか」


「……おう」


「……」


 ここから、達也の「そっちはどうなの?」が始まるかと思ったが、もうその体力は残っていないらしい。沈黙が流れ始めてしまった。


「じゃ、恋バナはここら辺でということで、別の遊びしよっか。私、面白そうなカードゲーム持ってきてるんだよ〜」


 吉野さんが立ちあがろうとした瞬間。4つの目がそれを見逃さなかった。鈴木さんがその手を掴み、もう一度座らせる。


「まだ終わってないよ?」


「え?」


「そうだぜ? まだお前らの、聞いてないよな?」


「え、本当に……? さやっち? 私さっき助けてあげたよね?」


「それは感謝してるけどこれは別」


 この前も思ったけど、こいつら立ち直り早くねえか。さっきまでの体力ゲージはどうした。真っ赤なお顔はどうした。


「じゃ、早速聞いていこっか。すみかの好きな人って誰?」


「待ってまだ私いるとも言ってないんだけど」


「だれ?」


 有無を言わせない圧倒的威圧。「言い訳はいいからさっさと吐け」と言わんばかりの目つき。おい達也、この子が育ち良いって本当か?どっかの若頭の後取りって言われた方がしっくりくるんだけど。


 鈴井さんのイメージ変わりすぎでは?さっきまで、大人しくて良い子って印象だったんだけど。


 しかし、この状況に自分でも心臓がドキドキしているのがわかる。好きな子……かどうかは自信が持てないが、気になっていると言って良い子。その子にとっての気になる人。緊張しない訳がないだろう。


「だから私別に気になる人なんて!」


「んー?」


 すみかは必死の抵抗を続けるが、鈴木さんの威圧まじりの一言に玉砕してしまう。ひと昔前の刑事ドラマかなんかであった「ネタは上がってんだよ!!』」って感じ。こわっ。先ほどまで一緒になって攻撃していた達也でさえ若干引き始めている。


「えーっと……」


 自分を抱くようにして手を回して俯いており、明らかに不安そうなのが見てとれる。


「言わないなら私が言っちゃうよ?」


「ええ! 待って待って! 言うから! 言うから! てか本当に知ってるの!? なんで!?」


「すみかちゃんが分かりやす過ぎるんだって。バレバレだから。はいじゅう。」


「私分かりやすいの!? ん? じゅう?」


「きゅう」


「はち」


「無理無理無理! 本当やめてそういうの! 言うから!」


「なな」


「ちゃんと言うから! せめて自分のペースで!」


「じゃあ、どうぞ?」


「うう……本当にここで言わなきゃダメ……?」


「ろく」


「ああ! ごめんなさいごめんなさい! 言います! 言います!」


 無言で促す鈴木さん。すみかはすっかり涙目である。覚悟を決めるように数回深呼吸をすると、ちらっとこちらを見た。ん?なに?


「気になってるのは……私が悩んでる時にそれを共有してくれて……一緒に解決しようとしてくれた……人……」


 脳裏にある光景が蘇る。「まあほら、俺でよかったら一緒に探したりできるしさ」この時の事を言ってくれているのではないかという期待をしてしまいそうになる。でも確信するには情報として弱すぎる。


「……?」


 鈴木さんは思っていたのと違う答えだったのか首を傾げている。


「……じー……」


 至近距離から視線を感じた。隣を見ると正体はすぐに判明した。すみかがこちらを観察するように覗き込んでいるのだ。一ミリの変化も見逃さないぞと言わんばかりの構え。なにしてんの?


 それに気が付いたのか、達也が「へえ?」と呟いている。達也にはこの意味がわかるのか。あいつ謎に鋭い時あるもんな。すると、ガラッと目つきを変えて


「なあ真斗、お前って気になる子とかいんの?」


 全力の抵抗は見せたが、鈴木さんとの2人体制に敵うはずもなくあっさりと白状させられてしまった。


「大きな悩みに対して、負けずに前を向いて、引っ張っていってくれる子」


 そう言い放った時のすみかの表情が忘れられない。目を大きく見開いて数秒静止した後、にへらっとニヤけては頭をぶんぶん振って我慢する。これを4セットは繰り返していた。

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