第十四話:威圧モード
ガサガサ。隣のテントで誰かが動く音がして目が覚めた。
昨日はうっかり始まってしまった恋バナのせいで精神的に疲れ、そのまま男女で別々のテントに分かれて寝てしまった。隣には幸せそうな顔で目むっている達也がいる。顔に落書きでもしてやろうかと思ったが、残念ながらペンがない。……命拾いしたな。
「もう一回寝れる気はしないしなあ」
真斗にしては珍しく、ばっちりと目が覚めている。どうしたものかと寝起きの頭で考えていると、ジーーーーーーッと隣のテントを開ける音がする。俺以外にも起きてる人がいるのだろう。もぞもぞと寝袋から這い出ると、服を上からもう一枚羽織り、外に出た。
「おっ。さむっ」
もう大分暖かくなってきたとはいえ、ちょうど梅雨入り前くらい。朝は冷え込むことも珍しくない。これから降る雨のことを思うと憂鬱になる。
「おはよ、起こしちゃった?」
「おはよう、鈴木さん。全然、そんなのじゃないよ」
鈴木さんはガスバーナーを使ってお湯を沸かしており、その隣にはコーヒーが置かれている。昨日まで「火がつかないしなんかガスの匂いがするよ! どうしよう〜!」とバタバタしていたのが懐かしく思えてくる。
とりあえずテーブルについてぼーっとしていると「はいどうぞ」と言って俺の前にコーヒーが置かれている。湯気から香る豆の香りが心を落ち着かせてくれる。
「ありがとう」
鈴木さんはニコッと笑うと自分の分のカップを持って向かい側に座る。こうしてみるとなんか夫婦みたいだなと思ってしまう。鈴木さんと結婚したらこんな感じなんだろうか。いやいやいや何を考えてるんだ!ごめん達也不可抗力だったんだ。
昨日の威圧モードは大変恐ろしかったので、こういつも通りに戻ってくれると助かる。あっちの時、鈴木さん性格変わってるからな……。
「昨日はよく眠れた?」
「どうかな?今朝は、すみかちゃんが寝たまま抱きついてくるから逃げてきた。あの子抱きつき癖あるみたいなんだよね」
「それは大変だったね……」
くうっ。いまいち話が続かない。キャンプ場についてからあんまり話しかけるチャンスなかったんだよなあ。俺の完璧な鈴木さんとお話ししよう大作戦があっ!!
頭をぐるんぐるん回して話題を探す。あ、そういえば。
「鈴木さんのお家って何か特別なことやってるの?」
「特別って?」
「ほら、昨日達也が育ちが良いって言ってたから」
「……っ!」
あれ、鈴木さんが真っ赤になった。そうかこれ、鈴木さんの事じゃなくて、達也の気になる人って話だったな。親友にこんなに健気な彼女候補ができて嬉しいぞ俺は。
「私のおじいちゃんが国会議員でさ」
持ち直したらしい鈴木さんが説明してくれる。
「そのせいで一家全員政治家ばっかりで、礼儀とか厳しいんだよね」
「なるほどなあ」
時折みられる鈴木さんの行動の丁寧さにも納得である。
「なら、私も聞きたいことあるんだけど」
「え」
正直嫌な予感しかしない。だって今いつもの大人しいモードじゃなくて、昨日すみかに喋らせる時に出てきた威圧モードになってるんだもん。
「真斗くんが言ってた気になる人って、すみだよね?」
ほーらね!言ったでしょ!嫌な予感するって!さすが俺!こんなの予知しておけば対処なんて……どうしよう……。
「チガウヨ?」
「ぷっ! ふふふっ」
ハリウッド俳優もびっくりの完璧な否定を見せた俺をしばらく見つめた後、急に吹き出して笑い始めた。
「籠谷くんっ……嘘っ……下手すぎだからっ……ふふっ」
俺の嘘がバレているだと!?
ひとしきり笑い終えて、目に溜まった涙を人差し指で拭いながら追撃してくる。
「『大きな悩みに対して、前を向いて、引っ張って行ってくれる子』だっけ?」
「なんでそんな正確に覚えてるのさ……」
せっかく寝て回復した俺の体力は底をつき、とりあえず4、5時間くらい布団に閉じこもりたい気持ちでいっぱいである。
「籠谷くん、すみかと何かしてるよね?」
「……何かって?」
「分かんないけど、何か。籠谷くん風にいえば『大きな悩み』?」
当たってる。怖いくらいに。しかしこれは俺だけの問題ではない。そう簡単に頷く訳にもいかない。
「サア、ドウダロウネ?」
「はい嘘」
ごめんなさいダメでした……。気持ちだけで嘘が上手くなるならとっくにやってました。
「すみかから聞き出そうと思ってもはぐらかされるし、最初から籠谷くん攻めてればよかった」
「あはは……」
別に明確に「秘密にしよう」と約束したわけではないのだが、お互いになんとなく隠す方向で動いていた。
「別に心配しなくったってこれ以上は聞き出さないよ。秘密にしたがってるものをわざわざ暴く趣味はないしね」
「助かります……」
それなら初めから遠慮しておいてほしかったと思わないでもないが、今鈴木さんの機嫌を損ねるリスクを負うべきではないので、さっと飲み込む。
「1つだけ聞いても良いですか?」
「どうぞ?」
「俺の気になる人がすみかって分かったのはどうしてでしょう?」
「あーそれは色々あるんだ。そもそも普段の生活で怪しいなーとは思ってたり、気になる人のこと話してる時、籠谷くんすみかのことガン見してたし、後はすみかが……」
「私が?」
すみかが?
続きがめちゃくちゃ気になるが、タイムリミットのようだ。
「あれ、起きてたんだ。おはよ」
「ちょうど今ね。おはよー、真斗くん」
『ふわあ』とあくびしながら背伸びをする。普段はきちんと整えられている髪も所々跳ねたりしていて、それがまた可愛らしい。服こそパジャマではなく黄色いアウターを着ているが、彼氏以外なら滅多に見られない寝起きの姿につい目を奪われてしまう。
「で、さやっち、私がなんだって〜? ふわあ……」
「ううん、別に大した話じゃないから気にしないで。2人の関係性をちらっと聞いただけだよ。」
「ふわあ…… そっかそっか…………ん??」
出かけていたあくびを途中で止め、その開いた口のまま、こちらをじっと見つめてくる。「喋っちゃったか真斗くん。さやっち怖いんだよ??」と目で訴えてくる。ごめんなさいすみかさん、わざとじゃないんです。
「違う違う、すみか。籠谷くんはちゃんと隠そうとしてたよ。ちょっと下手すぎただけだから、責めないであげて」
おお、頼もしい。さっきまでは恐ろしさしかなかった鈴木さんが味方をしてくれている。一生ついて行きます、鈴木先生!でも下手すぎるってのはちょっと言いすぎじゃないですか?
「……どこまで聞いたの?」
「2人が一緒に何かしてるってところまでだよ」
「え……それだけ?」
「それだけ」
「なにをしてるかも?」
「聞いてない」
「はあ……なんだあ! びっくりした〜。ふわあ……」
すみかはすっかり機嫌を直し、「そんなことよりあくび止まんない〜!」と言いながら顔を洗いに行った。本当に止まらなかったもんね!?
にしても、すみかの機嫌を損ねることにならなくてよかった。すみか的に、「俺と何かをしている」というところまでは知られても大丈夫だったようだ。話を聞く限り、そこまでは鈴木さんも予想がついていたようなので、今更という感じなのかもしれない。
その後はまったりと過ごし、達也も起きてから昨日スーパーで買っておいた食材で朝食をとって、キャンプ場を後にした。
「じゃあね〜2人ともー」
「うん! ばいばい〜!」
駅で達也と鈴木さんと別れ、すみかと2人になる。ここからのルートは下校するときとなにも変わらない。
「そういえば真斗くん、やりたいことリストも3つ達成した訳だけども、何か収穫はあった?」
「うーん……まだなにも」
「だよねえ……私も」
すみかと一緒に「やりたいこと」をやるのがあまりに楽しく、つい忘れてしまいそうになるが、これはあくまでも俺たちのやりたいことを見つけるのが目的。それが見つからないのでは、108個達成しようが、216個達成しようが意味がないのだ。
「ん〜〜〜」と唸ってから、すみかは再び口を開く。
「まあまだ100個以上残ってる訳だし、もうちょっとやってみるしかないよね?」
「そうだね、また明日から少しずつやっていこうよ」
「よーし! 明日からバンバンやってくぞーー!」
「少しずつ」って聞いてたかな?気合を入れまくっているすみかに苦笑しながら駅を出ると、梅雨入りを待たずして雨が降っていた。珍しく天気予報が外れてしまったようだ。
「あれ、真斗くん雨降ってるよ」
「だなあ、すみか傘持ってる?」
「持ってない」
「俺も。……走るか」
「良いねえ、真斗くん! 負けないよ?」
「なんの勝負だよ……」
キャンプに被らなくてよかったなあなんて考えながら、駅で同時にスタート。いつもの分かれ道に到着すると軽く挨拶もそこそこに、お互いの的地に向かってすみかと反対方向にダッシュした。
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