第十ニ話:肉を返せ

 ……こんにちは、吉野澄香です。


 今日はせっかく真斗くんも含めたみんなでキャンプなんだけど、なんか納得がいかない。


 だって、真斗くんずっとさやっちに構ってばっかなんだもん。


 いやね? 別に? 真斗くんが誰と仲良くしようが私には関係ないんですけど?


 でもさ、やっぱり一緒に自分探しをしている者としてそこは負けるわけにいかないというか。


 分かるでしょ? え? 分からない?


 だってこの前もさ! テストが返却された日!


 せっかく私がお礼を言いに行ってあげたのに、他の女の子にべた褒めされちゃってさ。


 すれ違っただけで噂されるとか、どこのモテ男だよって!


 ってあれ、なんの話だっけ?


 そう!


 とにかく私は真斗くんがさやっちにばっか構ってるのが許せない!


 だから、古賀くんに相談を持ちかけることにした。


 さやっちといい感じみたいだし、真斗くんがさやっちにやたらと構ってるのは古賀くん的にも微妙だと思うんだよね。


 今回、キャンプ場の予約とか諸々全部やってくれてるのが古賀くんだから、キャンプ場の受付とか、支払いに付いていけばいくらでも2人にはなれるだろうし。


 そんな感じで受付に付いて行ったのが今ってわけ。


「吉野ちゃん、受付やりたかったのか?」


「え? ああ、ううん。違くて、ちょっと相談があるの」


「相談?」


 受付に向かいながら、古賀くんに今の状況を話す。


「やっぱりかー、なんか今日真斗とさやか一緒にいること多い気がするなとは思ってたんだよ。でも急になんでだろうな?」


「それは分からないけど、今のままなのは私たち2人にとって都合が良くない。それはいいよね?」


「ああ、まあ、そうだな」


「だから、この後受付済ませたら、テント設営とバーベキューの準備に分かれるの」


「なるほどな、それで俺にはさやかを誘って欲しいってことか」


「そういうこと、いいよね?」


「ああ」


 私にしては珍しく真面目に話しちゃった。


 そこからささっと受付済ませて、勢いそのままに真斗くんの手を引っ張って、無理やり連れてきている。


 俺はあれからすみかにずるずると引きずられて行き、バーベキューの準備を手伝わされた。やったことがない割には、「動画見まくって来たから大丈夫!」と得意げに言っていただけあって、流石の手際だった。


 火起こしの作業だけを残して達也たちの方を見やると、まだ1つ目のテントを設営している途中だ。達也がペグを一つ打ってみせると、それをじっと見ていた鈴木さんが真似をする。が、何度打っても地面に刺さっていかない。苦戦はしているみたいだが、楽しそうで何よりだ。


「しばらくかかりそうだし、俺たちは2つ目のほう立てちゃうかー」


「……やだ」


「え?」


「ほ、ほら!せっかく2人で楽しそうなんだし、邪魔しちゃ悪いかなあ〜って」


「まあ、確かに。でもあの感じ、結構時間かかりそうだぞ?」


「じゃあ、私たちはちょっと周り散歩してこようよ」


「散歩か……」


 確かにそれはいいかも知れない。


 キャンプ場に到着してすぐに準備を始めてしまったので、まだ受付と自分達の陣地しか行っていない。散歩ついでにトイレの場所も把握しておきたい。


 2人には悪いが、行かせてもらうか。


「いいね、いこっか」


「えへへー、うん! 行こ行こ!」


 こちらに視線を向けたまま、体をクルンっと回転させて方向を変える。


 頭の動きに釣られて、セミロングの髪がわずかに靡く。


 そのミルクチョコレート色が黄色いアウターによく映える。


 落ち着くとはなんだったのか、その仕草に思わず目を奪われてしまう。


 しばらく呆けていると、そのミルクチョコレート色が先ほどより大分近くで靡いた。


 慌てて目の焦点を合わせると、目の前にすみかの顔がある。


 状況を把握できないまま、その唇がゆっくり弧を描くのが見える。


「どしたの真斗くん? 私の見慣れない服装に今更見惚れちゃった?」


「……っ!」


「まあしょうがないよね、興味なさそうにしててもやっぱり私の……ねえ! 早く突っ込んでくれな……え、当たりだったの」


「……」


 反応できなかった。今思えばささっと突っ込んでおけばよかった。


 え、どうするよこの空気。さっきからすみか固まっちゃってるし。


 あれでもこういうこと前にもなかったか?


 確か、やりたいことリストの1つ目、「カラオケで99点以上とる」って時。


 出会うや否や「かわいい」ぶちかましませんでした?


 その時は……あ、「服が可愛い」って言ったんだ。今度は「見とれた」だった。レベルが上がってたわ。


 すみかはフードを深く被ると、達也たちの方へ歩いて行き「手伝うー!」と言ってそっちへ混ざってしまった。


 達也は少し怪訝そうな顔をしたが、すぐに興味を失い、自分の作業に戻った。


 俺は一人になってしまったわけだが、かと言って俺もあちらへ混ざる気にはなれない。


「一人で散歩するか……」


 一度クールダウンしてから戻ろう。そうしよう。


 ……戻る勇気が湧かず、決死の覚悟で戻った時にはもう日が落ちる寸前。めちゃくちゃ怒られた。でも、トイレの場所はわかったよ?


 あと10分待って来なかったら先に始めているつもりだったらしく、火おこしも終わっていた。ありがたいっす。


「うまっ。肉!うまっ!」


「おい達也それ俺のだから、返せって」


「あ、ごめんもう食った」


 こいつ今、俺の話聞いてから口に入れたよな?


「ふざけんな吐き出せこのやろう! お前はこっちのピーマンがお似合いなんだよ!」


「んだと! もう肉は俺に任せて、お前こそ玉ねぎ食っとけよ!」


 全く、これだから達也は。


 まあいい、そろそろ次の肉が焼けた頃だろう。どれどれ……ん?


 なかった。鉄編みの上に肉が。それだけじゃない、先ほどまで脇のテーブルの上にあったはずの肉のストックまでスッカラカンだった。達也もそれに気がつき、「誰だよ俺の肉食ったやつ〜!」と言って泣き崩れている。


 泥棒……では流石にないか。カラス?あるいは……。様々な可能性が駆け巡る。よし、まずは事情聴取だ。絶対に突き止めてやる。


「鈴木さん、肉どこ行ったか知らない?」


「あ〜、えっとね」


 めちゃくちゃ気まずそうな顔をしている。ん?これは、まさか犯人は鈴木さん!?


 その気まずそうな顔を苦笑に変えて、鈴木さんは右隣を指差した。その指に釣られてそちらを見る。


 ……でかいリスがいた。あ、違うこれすみかだ。リスのようにほっぺを膨らませて、もぐもぐと幸せそうに何かを咀嚼している。そして、両手には肉に刺していただろう大量の串。見つけたぞ犯人!


「……すみか」


「ふへえ!?」


「肉、どうした?」


 そのほっぺに詰まった何かと、手に持った大量の串。言い逃れはできまい。


 すみかも俺の怒気を感じ取ったのか、もぐもぐしたまま目に涙を浮かべて首をプルプルと横に振る。もぐもぐすんな。


「すみか、怒らないから正直に言って? 肉、食べたよね?」


 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。ごっくん。


「おいし……かった……です……」


「すみかああああああああああああああ!」


「やっぱ怒るんじゃん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」


 俺と達也は、肉で埋めるはずだった腹を全て焼きそばで埋めた。埋め尽くした。美味かった。ちなみに、すみかは焼きそば禁止の刑に臥した。

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