第十一話:レッツキャンプ!

「待って! すみかちゃん、めっちゃ頭良くない!?」


「ほんとそれな! いつも話してて絶対うちよりは下だと思ってた!」


「超失礼なこと思ってるじゃん! まあわたしもだけど」


 テスト終了から2週間ほど経って、全科目の返却と集計が終わり、各科目と総合でのトップ30人がそれぞれ張り出されていた。


 同時に、それを印刷したものが担任から配布される。各々がそれを見ながら友人の名前を見つけては盛り上がっているのだが、中でも1番上がっている名前がすみかだった。


 授業中は寝ていることがほとんど、先生に当てられては「んあ!?」と素っ頓狂な声をあげて笑いを集める。そんな人がクラスで3番、学年でも8位に食い込んだのだから驚くのも無理はない。ちなみに学年5位は鈴木さん、2位が俺だ。達也は……元気そうだ。


「こっそり勉強してたの?」


「なんか秘訣あるの!?」


 と怒涛に浴びせられる質問にすみかは「えへへー、内緒〜!」と楽しそうにしている。やってみたかった『頭よくなって褒められる』を満喫しているようで何よりである。


 俺は静かに頷くと、トイレにでも行こうと席を立つ。すれ違った女子生徒たちが「あ、籠谷くんだ!」「顔よくて遊んでなさそう、その上頭もいいとか……!」と話しているのを聞いたのは、お礼と感想を伝えようと思って追いかけてきたすみかであった。


「洗面用具と着替え、お菓子……最悪財布だけあればなんとかなるか」


 荷物の確認が面倒くさくなり、適当に済ませて後は昨日荷物を詰めた自分を信じて家を出る。最寄駅で待ち合わせしているのは例によってすみか。その後電車に乗って達也と鈴木さんと合流し、以前話に出たキャンプに行くことになっている。


 天気は、今日明日と完璧な晴れの予報だ。教科書が入ってないとはいえ、いつもより重いリュックを背負いながら家を出た。


「真斗くーん! おはよー! 遅いよー!」


 俺の姿を捉えると手をぶんぶん振って挨拶してくる。周囲が微笑ましい視線を向けてくるのが辛い。


「まだ5分前じゃん……」


「あははー、細かいことはいいのいいの。いこ?」


 俺の腕を持って、改札口に引っ張っていく。今日のすみかは太ももの辺りまでしか丈がないジーンズの中にタイツを履き、上は白いTシャツの上から黄色いアウターを羽織っている。正直可愛い。そのことに変わりはない。


 一方、初めて見た休日の服装は女の子らしさ全開でペースを乱されてしまったのに対して、今日のいかにもアウトドアという感じの服装は、すみかのイメージとマッチしていてなぜだか落ち着く。


「で、真斗くん。駅に着く前にいう事ない?」


 ホームへ降りて来た電車に乗り込むと、席に着くや否や、服装が見えやすいように背筋を伸ばし、こちらを見てくる。


「おお……」


 ここまでわかりやすくしてくれれば、流石にわかる。「今日の私かわいい?」というやつだ。可愛いです。まあ言えるわけないけど。それにしてもすみかってこんなこと言ってくるタイプだっけ?


「やっぱすみかはそんな感じが似合うよね。全体的に活発な感じで、なんか落ち着く」


「うんうん、私もそう思ってたところですよ……ん? 落ち着く? 落ち着くって言った?」


「え、言ったけど」


 気に障ったのなら謝ろうと思ったが、そうではないらしい。しかし、それからは「意識されてないってこと?」「いやでも何も思われないよりは……」「良いのか? これでいいのか……?」などよく分からないことを呟きながら一人思考モードに入ってしまい、それは駅に着くまで解除されることはなかった。


「おーい、こっちー!」


 改札を出て達也たちを探していると、達也が手をぶんぶん振って場所を知らせてくれる。……いやお前がやるとまったく可愛くないな。


「さて、揃ったしいくか」


 ここからの道順は達也が調べて来てくれているらしい。実は、キャンプ場選びから予約まで全てこなしてくれている。


 学生のみでキャンプということで、何かあっても対応がしやすいように近場のキャンプ場を選んだとのこと。その上、女子組の希望である銭湯も近くにあるらしい。こういう時の達也は本当に頼りになる。


「鈴木さんって休みの日とか何してるの?」


「ぷっ。初対面かよ!」


 電車のボックス席、斜め向かいに座っている鈴木さんに話を振ると、隣から突っ込まれた。うるさい。


「お休みの日は家にいることが多いよ。本読んだり、家事の手伝いしたり……」


「え、偉いな……」


 すんなり「家事の手伝い」というワードが出て来るあたりレベルが違う。俺も全く手伝わないという訳ではないが、たまに掃除したり、気が向けば皿を洗ったりという程度。これにしたって、普通の男子高校生と比べたらマシな方なのではないかと思っているのだが。


 ちなみに、俺が鈴木さんに話しかけているのには理由があったりする。


 以前、テスト後の打ち上げで俺の鈴木さんとのコミュニケーション不足を指摘されたのを受けて、ついに改善へと動き出したのだ。今回のキャンプを利用して仲良く(俺はもうなってるつもりだった)なろうと思っている。名付けて鈴木さん大作戦だ。頑張るぞー。


「見て! あの家めっちゃでかい! 早く!」


「ん? どれ?」


「ほらあれ! あー、もう見えなくなっちゃったじゃん!」


 達也たちと合流する前の電車内でぶつぶつと考えていたことはとりあえず忘れたらしく、すみかは一人「でかい家」を見つけてははしゃいでいる。なんでそんなに盛り上がれるのか。


 電車を降りると、駅の近くにあったスーパーで軽く買い出しを済ませてからキャンプ場へ向かう。


 夜にする予定のバーベキューは、食材もキャンプ場の方で用意してくれるみたいなので、買うのは飲み物とおやつ、それから明日の朝ご飯だけだった。少し割高だが、運ぶ手間に比べれば安いものだろう。


 鈴木さん大作戦の方は正直、かなり順調と言っていい。あれから俺はことあるごとに話しかけに行ってる。気になることと言えば、俺が鈴木さんに話しかけるたびに、すみかから謎の視線を感じることくらいだろうか。


「鈴木さん、飲み物この2つだったらどっちが好き?」


「うーん、こっち飲んだことないから飲んでみたいかも」


「……」


「お菓子ってよく食べる方?」


「私はあんまりかな」


「……」


「今日の服可愛いよね、どこで買ったの?」


「!?」


「え、すみかなに。変な声出して」


「べ、別にー、ちょっとしゃっくりが出ただけー。」


「そう?そういう時はな、コップの上に箸でバッテンを作って……」


「大丈夫!私、しゃっくり操れるから!」


「すげえな……」


 こんな感じ。


 にしてもしゃっくり操れるのすげえよな。俺も練習すればできるかな?


 後でコツを聞いておこう。


「じゃあ受付してくるから、ちょっと待ってて」


「おーう」


 達也がそう言って一人歩いて行こうとする。そこで、吉野さんが何か思いついたかのようにはっとして、


「まって、古賀くん。私もいくー。」


「え? 助かるけど、別に大丈夫だぞ?」


「へへー、いいからいいから〜」


 少し気になったが、すみかの行動を全部理解しようとする方が難しい。2人の背中が少しずつ小さくなっていくのを眺める。


「鈴木さんは行かなくて良かったの?」


「わ、わたし!? なん、でですか……?」


「だって達也が……」


 ここまで言って気がついた。そういえばまだ達也の事が好きって直接聞いたことなかったや。日頃からあまりにバレバレなので、すっかり忘れていた。誤魔化そうにも遅かったらしく、


「〜〜〜〜〜〜〜っ!」


 自分の気持ちを見抜かれていたことに気がつき、ボウッと音が出そうなほど急激に顔を赤くして、こちらを睨んでくる。


 どうしたものかと考えていると、黙ってられるのも嫌だったらしく、手を振り上げ、俺の手をペシっと叩こうと……してやめた。


「もしかして今のって、達也に遠慮して?」


 ジリッと睨まれる。その目には少し涙が溜まっていて、そろそろ限界だということを訴えてきている。


 にしても、めっちゃいい子だなあ。自分に子供ができたらこういう子にお嫁に来てもらいたい。達也なんかには勿体無いな、うん。


 俺と鈴木さんがそんなやりとりをしていると、受付がある建物の前で、すみかと達也がこちらをチラチラ見ながら何か話している。そのまま一度建物に入ると数分後、受付を済ませたのだろう、戻ってきた。


 何を話していたのか聞こうとしたのだが、


「なあお前らさっき……」


「よーし! 役割分担決めるぞー!」


「おーし!」


 2人だけ妙にやる気満々で、隙がない。


「真斗くんは私とバーベキューの準備ね」


「え、流石に早くない? すみか? 引っ張るなって! おい!」


「いいから!」


「えぇ……」

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