第一話:進路希望
「おーい、真斗ー」
翌朝登校して、いつも通り参考書を開いていると、入学以来1番聞いてるであろう声がした。
「おう、達也」
「実は、ちと報告があるんだが」
達也はニヤニヤしながらこちらをじっと見てくる。最近わかってきたが、こういう時は絶対ロクな用事じゃない。
つまり、ここでとるべき対応は、
「今忙しいから、後にしてくれ。」
「すぐ終わるから!」
「トイレ行ってくる」
「俺もついてくわ! ついでに聞いてくれ。」
「今鬱気味だから」
「大丈夫? 話聞こな?」
「いや俺が聞くんかい」
「はいツッコんだ! お前の負けー」
「訳がわからない……」
達也の話を阻止しようと様々な言い訳を繰り出すも、努力虚しく粉砕してしまった。その上、理解できない理由で敗者の烙印を押された。
「で、なんだよ」
「なにって?」
「報告があるんじゃなかったのか」
「おーそれそれ」
自分から始めておいて、すっかり忘れてる辺りが達也である。
「実は、今日からさやかと一緒にメシ食うことになった」
先ほども浮かべていたニヤケ顔に加えて、なぜか得意げである。
「そうか、わかった」
「あれ、お前反応薄くね?」
「そりゃ、お前が誰とメシ食おうが、俺には関係ないしな」
まあ、今までは達也と2人で食べていたので、1人になってしまうのは寂しくないわけでもないが、思ったよりも普通の内容で拍子抜けする。
「いや、お前も一緒に」
「は?」
「俺とさやか、お前と吉野さんの4人で食べようってことになったんだ」
「ああ、そういうこと」
ようやく達也の意図が理解できた。
しかし、昨日の今日で一緒にお昼を食べるっていうのは少し気まずさが残る。
いやまあ気にしてるのは俺だけだろうし、俺が態度に出さなければ問題はないだろう。
「じゃ、そういうことでよろしくー」
こちらの都合を聞かずに勝手に決めてくるので、普通なら苛立つところかもしれないが、こいつはしっかりとラインを見極めてくるやってくるので、タチが悪い。
このくらいなら、俺は許してくれるとわかってやっているのだ。
しかも、数回に一回はファストフードやコンビニで何かを奢って機嫌をとってくる。
この前奢ってもらったマックは、授業中に達也に話しかけられて、2人まとめて先生に怒られてしまった時のお詫びだ。
「はいはい、分かったよ」
「さすが真斗だぜ! 頼りになるう!」
それだけいうと、達也は颯爽と教室から出ていった。
「真斗くん、古賀くん、よろしくー!」
お昼休みになるや否や、吉野さんが鈴木さんとお弁当を携えてやってきた。
やはり昨日のことを気にしているのは俺だけのようで、吉野さんに普段と変わったところは見られない。
「おう、鈴木さんもよろしくな」
「うん、お邪魔します」
前回のカラオケでは達也が独占していて話す機会がなかったため、鈴木さんと話すにはまだ少し緊張が残ってしまう。
食堂に向かいながら、吉野さんが俺の耳を手で覆うようにして小声で話してくる。今までにない距離と不意なささやきにドキッと心臓が跳ねてしまうものの、内容に集中することで平静を装う。
「ほんといい感じだよね。昨日ラインで、さやっちから一緒食べようって誘ったらしいよ。私今朝聞いたんだけど、自分のことみたいにドキドキしちゃった」
「どうせなら二人で食べればいいのになあ」
「ね、私もそう言ったんだけど、そしたらさやっちが『まだそれは無理!死んじゃう!』ってめっちゃ赤くなりながら言ってて、惚れ直しちゃったよー」
「吉野さんが惚れ直してどうするのさ」
こういうとき、どう返したら良いのかいまだにわからない。
「かわいいね」と返したら俺が鈴木さんを気になってるみたいに思われそうだが、「そうなんだ」だけだと無愛想に感じる。
「あはは、それもそうだねえ」
こんな下手くそな返しでも笑ってくれるところが、吉野さんが男女問わず人気の理由なのだろうと今更ながら思った。
「何も、かけない……」
カラオケから1週間、お昼に吉野さんたちが合流し、放課後も一緒に過ごすことに慣れてきた。
身の周りに起きた変化に気を取られてすっかり忘れていたが、進路調査書の提出締め切りが明日だったのだ。
吉野さんに理不尽な妬みを抱いていたこともまだ話せていないが、それ以上に切迫した問題はこのA5サイズの紙切れである。
高校1年での希望なんて変わらないことの方が珍しいだろうし、適当に書けばいいやと思っていたのだが、いざ書くとなると身構えてしまう。
項目は、希望の大学と学部、進学後の展望と3つある。
このあたりでは進学校と呼ばれる部類に入るためか、就職という選択肢は想定されておらず、大学進学が前提である。
実際俺も将来何を目指すにしろ大学には行こうと思っていたので、違和感を感じたことはない。
「進学後の展望ってなんだよ……」
俺が頭を悩ませているのは最後の項目だ。
「その大学に進学して、何を学んで、どういうスキルを身につけたいかなどを書いてくださいね」と教師は軽々しく言っていたが、この質問が俺にとってはどんな試験問題よりも難儀なのである。
将来のことを考えるとどうしても俺と同い年にも関わらず大きな成果を残していった奴らと自分自身のことを比べてしまい、惨めな気分になるのだ。
ふと、吉野さんのことを思い出す。
彼女は俺が憧れるのに十分な結果を残し、輝いていた。しかし、彼女が情熱を注いできた、誇りとしてきただろうテニスは、怪我によって奪われてしまった。
吉野さんはなんて書くんだろう、と考える。
もう次の目標は決まっているのだろうか。
一つの分野に秀でた人は、別の分野でも輝かしい結果を残すことが多いらしいとテレビで見たことがある。
得意分野での知識や経験が他の分野にも生きるため上達が早かったり、正しい努力の仕方を知っていることが理由らしい。
だとしたら、もう新しい夢中になれる何かを見つけ、動き出していても不思議ではない。
しかし、もし俺と同じく何も見つけられていないのだとしたら・・・。
そう考え始めて、慌てて思考を打ち切った。
確証もないのに俺なんかと同じにするのは失礼だろう。
ましてや、『一緒に悩んでくれるかもしれない』だなんて。
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