第35話 蘇るもの

カサカサとデビルスパイダーの動く音が俺ののどをきゅっと締め付けてくる。俺はもうすでにショットガンを持てるのか心配になる攻撃力。でも、これくらいが普通なんだ。いつもの俺が異常なんだ。できる限り、このステータスで戦うんだ。


「シャススシャ?」


俺が音を立てて移動すると、デビルスパイダー特有の鳴き声が聞こえてくる。俺は今にも逃げ出したいという欲求に駆られながらも、笑う膝を無理やり抑えて対面する。俺はすぐさまショットガンを構え足目掛けて1発。しかし、デビルスパイダーに届くことはなく、周りに張り巡らせている糸によって弾は勢いを失った。デビルスパイダーは俺に目掛けて毒液を吹きかけてくる。いかにも毒々しい紫色の液体、俺はすぐさま再度ステップを踏み1滴もかからない位置に移動。これまたショットガンを撃つ。でも、さっきと同じように届くことはなかった。分が悪すぎる。俺は1度冷静になり戦い方を改める。このまま糸の隙間を狙って撃つか?でもこれは現実味がない。もともとエリート以上のスパイダーの糸はほぼ肉眼では見えないのだ。じゃあ死を覚悟して糸に突っ込むか?これも駄目だ。もし粘着力のある糸や毒液が塗りたくられていたりしたらそれはもう川が見える。思考をまわしている間も、デビルスパイダーは待ってはくれない。糸を俺の周りに設置し俺の活動範囲を極端に狭くしてきた。俺は持ってきた剣で糸を割く。しかし、この糸は伸縮性があるせいか思うように切れてくれない。剣をどう動かそうと、糸は1本も切れることもなく刃を通してくれない。俺が知っている限りの技術を押し付けても、力を籠めようと、許してはくれなかった。そうか....数値ステータスがこれくらいだと、俺は全くの役立たずになるんだなぁ。はぁ。


俺は、自分の弱さに呆れた。ルーナやルーシーに強いやら規格外やらなんやら言われていた俺は完全に調子に乗っていた。蓋を開ければこうだ。デビルスパイダーすらも満足に倒せないただのお荷物。スキルと数値がとられれば俺は使えもしない。スキルばっかりに頼っていたんだ。自分に、嫌気がさす。だからと言って、ここであきらめるのは違う。ここで勝って、向こうでちゃんと反省するんだ。俺は静かに、何もなかったかの様に、鬼神化を発動した。


角が生えてくる。心なしか前よりも伸びている気がする。目は赤くなり、いつもと違う視点が俺の脳を興奮させていく。もっと、もっと戦いたい....もっと....もっと!!


俺のぶち壊れた理性は、目の前の糸を粉々にした。デビルスパイダーも、見た目が変わった俺を見て警戒度を高めている。俺はそんなデビルスパイダーの表情などには目もくれず、今すぐに血祭を上げたいという欲を満たすためだけに動いていた。俺は地面をけり上げ、デビルスパイダーを守っている糸に向けて刃を立てる。デビルスパイダーを守っている糸は俺を囲んでいたものとは違く、固く守る意思がしっかりと伝わるような糸だった。上がった俺のステータス、興奮している体、殺したいという欲望には勝てなかった。俺は剣に体重を思いっきりかけ、糸を切り裂いた。デビルスパイダーの顔は、警戒から焦りへと変わり始めた。毒が強力と言ってもスパイダーの主力と言ってもいい糸が目の前で打ちのめされると焦りは生まれるだろう。


「ウゥゥ」


理性凝固のスキルがないせいか俺の滑舌は仕事を放棄している。呻き声を出しながら、俺はふらふら頭を揺らしながらと前進していく。デビルスパイダーも俺が近づくごとに後ずさっていく。おそらく、毒液を準備しているんだろう。なるべく最大の毒液。それを頭の中で勝手に決めつけ、すぐさま俺は阻止しようと盾を投げた。なんでも腐敗してしまう毒などをかけられたら立なんてただのお荷物になる。今捨てておくのがいいだろう。突然の行動にデビルスパイダーは驚き、足に盾は直撃した。足は変な方向へと曲がり、原型がなくなる。デビルスパイダーはバランスを崩し、少し前かがみになった。普通のスパイダーは5つの足でも立てるはずなのだが、6つのバランスに慣れすぎていたのだろう。俺はそのかがんだ瞬間を見逃すわけもなく、すぐさま目の前に移動。剣で眼球を差し込んだ。


「シャァァァァァァ!」


叫び声をあげながらも必死の抵抗として俺に毒液を吹きかけてくる。どういう作用か分からないが、毒がかかった部分はヒリヒリする。戦闘に支障が出るくらいではない。俺はショットガンも取り出し、脳目掛けてドカン。ショットガンの弾の着弾地点は、足となった。足が自分の脳を守るかのように動き、結局のところ足がぐちゃぐちゃになって終わった。チッと舌打ちをしながら俺は目にさした剣を引き抜き大きくバックステップを踏みこむ。もう1度俺が飛び込もうとすると、ある女性の声が聞こえた。


「分かったわ!降参するからその剣を下ろして!」

「~っ!?」


せかすような声が、俺の壊れた理性の壁を再構築していく。しかし、まだスキルが解除されたわけではない。徐々に俺の殺したい欲が抑えられているといっても、剣を下ろすという行動は今の俺の言葉の辞書に載ってはいない。一応ショットガンは降ろすとして、まだか前の状態を取り続けると、また女性の声が聞こえた。


「もう私はあなたに攻撃しない!無害よ!お願い!信じて!」


大きく、また少しせかす声が俺のスキルを解除させる。思考を完璧に取り戻した俺は、剣を下ろし周りを見渡す。しかし。人の姿は全くない。すると、デビルスパイダーが土下座の態勢をとってきた。何か、しゃべっている。でも、鬼神化が終わった俺の体は異常なほどの疲労がたまっており、思考をまわす暇なんて1ミリの存在しなかった。俺はプツンと操り人形の糸が切れたかのように倒れこんだ。死ぬんかな....俺。






「んん?」

「起きた?」


起きて脳が覚醒する前に、俺の後頭部に柔らかい感覚が襲ってきた。ゆっくりと体を起こしていき、体の節々が痛いことを確認。ゆっくり後ろを向くと、大人の女性っていう感じの人がいた。紫髪で紫の瞳、真っ黒のドレスナようなものを纏い、自然と見とれてしまうような美貌。


「心を許した瞬間に倒れこまれると私も対応が難しかったわ」

「えっと、すいません?」


正直、全く誰かわからない。さっきのデビルスパイダーがこの人でいいのか?確かに蜘蛛を擬人化したらこんな感じになるのもあながち間違ってはいないと思うが。まだ覚醒しきっていない脳みそを無理やり回転させ、考察を始める。すると、彼女は何かを思い出したかのように顔をハッとさせた。


「そういえば、さっき私があなたに膝枕をしたときに目の前に落ちてきたんだけど、これはあなたのであってる?」

「~っ水晶!?」


膝枕というワードは1度捨て、水晶を掴みまじまじと見る。うん、これは水晶だ。これはあれなのか?討伐じゃなくても互いに納得し合えば達成した判定になるのか?まぁ、殺さなくて落暉っていうことでいいだろう。今考えるとこんなきれいな女性を殺すと考えると身が引けてくる。


「あなたのなのね?よかったわ」

「すいません、殺す手前まで行ってしまって」

「大丈夫よ、私もここに集められた時は驚いたんだから」

「そうなんですか...集められた?」


俺の頭の中で、1つだけ引っかかったワードが出てきた。集められた。さっきのゴブリンたちも試練のためにいるものじゃないのか?そんな疑問が頭の中に思い浮かべると、彼女はその疑問に答えてくれた。


「私、普通に群れで生活していたの。基本は人型なのよ。生活がしやすいから。でも、狩や見張りとかの場合は蜘蛛の状態になるの。さっきの姿がよく人間が目にする姿なのよ」

「ってことはスパイダーの種族は基本人型?」

「そうよ、そしてある日急にね、私の下に魔法陣が展開されたの。もちろん私は急いでその魔法陣から離れようとしたけれど、そんなことはできずここに転移されてきたの。『あなたは試練の一環として責務を全うせよ』ってね」


つまり、ここに集められた魔物たちは俺の試練のために各地から集められた魔物ってことになる。そしたら少し申し訳なく思ってしまうな。


「正直、試練内容だけを聞いたら負けるわけないと思っていたのよ。でも、完敗よ」

「でも、確実にここから出られるっていう保証はないんじゃ?」

「大丈夫よ、試練の人が殺すか結託どっちかで開放する。殺した場合はそれに見合った報酬を与えようってね」

「じゃあ、結局出れるんですね?」


殺さなくてよかった。俺はほっと胸をなでおろし、ゆっくりと立ち上がった。水晶を掲げ、一応本物かも確認しておく。うん、問題ない。俺は彼女、アンデレッカさんを連れて森の真ん中まで移動する。おそらく真ん中である場所には小さな木の箱があった。その箱には3つの窪みがあり、どれも水晶と同じ大きさだ。俺はゆっくり血と涙の結晶ともいえる水晶をゆっくりとはめ込んでいく。最後の1個をきれいにはめ込むと箱は青白くキュインと光、試練の声が聞こえた。


水晶を3つ、確認しました。

これにより、技術の試練を終了いたします。

同時に、試練達成者のシリル様には報酬を授ける。

報酬を受け取り終わった後、シリル様とアンデレッカ様はエルフの町へと移動となります。


最後の言葉を流し終わった試練の声。ゆっくりと静かに消えてゆき、俺たちの体も透明になっていく。すると、俺の目の前に1つのボードが出てきた。


技術の試練をクリア。

これにより、特殊スキル『言霊』を獲得しました。


これまた強いのかわからないものだ。俺はアンデレッカさんの方を見ると、さぁ?と首を横に振られた。俺のボードは見えているらしい。そして、俺の体は完全に透明になり、意識が遠のいていった。












全く頭が働かない。今俺は、視覚だけが働いてくれている。目の前で映像が流れているのに、音も思考も働いてくれない。ただ俺は流すように見るだけだ。不思議なものがいっぱいある。箱上がったり下がったりしたり、階段が動いたりしている。全く自然の様子がなく、魔物がいる様子もない。すごいデカい建造物があり、逆に土地が余ってすらいない。人の髪色は全員黒。所々に赤や緑やら金髪やらの人たちもいる。たくさんの子ども達が一斉に建物に入っていった。この光景は、1度も見たこともないはずなのに、なぜか懐かしさを覚えてしまう。


まるで、俺が昔ここに住んでいた・・・・・・・・かのように

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