第6話 イマハが神鷹と会う

 アラーン

 スモル・マファは、四不像ハンダハンと犬を連れていた。神鷹の先導で、橇に荷物を載せて色々な場所を転々として、時々二親を亡くした子を養い子にしては、別の村に託けたりしていた。

 ただ一人、イマハだけは、傍に置いて助手としていた。スモル・マファが神霊を呼び出すとき、イマハは二神ジァガンを呼び出してそれを補佐した。鱗を持つイマハは疫神の篤い守りがあったので、痘病を恐れず神霊を招いて説得した。

 痘病が出たという話を聞くと、スモル・マファはすぐに犬橇を走らせてその村へ向かった。痘病は恐ろしい神なので、一度とりついた者を救うのは難しかったが、スモル・マファは恐れなかった。そのためスモル・マファがやってくると、瀕死の人でも救いを得たように喜んだ。

 強い守護神を持つ祈祷師アハ・マファは尊い。スモル・マファとイマハが訪問したときは、どの村でも必ず上座を譲られ、多くの酒がふるまわれた。スモル・マファはたくさん酒を飲まなくてもすぐに神霊を呼び出すことができるが、イマハはたくさん酒を飲まないとなかなか二神を降ろすことができなかった。

 あるとき、イマハは訪れた村で珍しい酒をふるまわれた。とても美味しかったのでたくさん飲もうとしたら、スモル・マファに窘められた。

 「これはベニテングタケの酒なので、あまり飲んだら空を飛んでしまう」

 果たして、二神を降ろす舞を始めた途端、イマハはふわふわ浮いてしまった。とても驚いたが、スモル・マファは早くも神霊を呼び出して説得をしていたので、気づかれないように黙っていた。そのうちどんどん浮かんでいき、足元に見える村が驚くほど小さくなり、昨日訪れた村まで見えるほどになった。

 ふと見ると、左手側にウスリー川が流れるのが見えた。そして村々を挟んだすぐ右側に、もうひとつ川が流れていた。宵闇に沈んでいるが、目を凝らすと冷たく輝くのが見えた。イマン川もビキン川ももっと北にあるはずなので、おかしいなと首を捻っていたら、すぐ耳元で女の声がした。


  アラーン

  あれは川ではなくて道だ。

  ミミズクの旗を翻したツァーリの兵がやってきて、森を切り開いて作った道。

  星明りに輝くのは、水ではなくて鉄だ。

  川の隣を走りながら、ウラジオストクからハバロフスクまで流れる道。

  アラーン

  気をつけなさい、あの道はツァーリの兵によって築かれたけもの道。

  やがてあの道の上を大きな鉄の獣が走る。虎より強く、熊より獰猛な鉄の獣。

  あれに近づいてはいけないよ。

  ハリラ ハリラ ハレイ


 イマハが声のした方を見ると、白く輝く鷹がいた。マリンカ・ダドに似ていたが、目の隣に黒い花びらのような斑があった。


  アラーン

  顔に鱗を持つ若者よ。

  あなたが死の儀式を行う祈祷師ダカスルダカチであればいいのに。

  私の村は、全てけもの道に潰された。村の人は、みなツァーリの兵に殺された。

  再び彼らが生まれるように、死と生を司る儀式ダカスルダイニをしてくれたらいいのに。

  ハリハリ ハリラ ハリラ


 少しイマハは首を傾げた。それは難しい相談に思われた。イマハが困った顔をしているのを見て、神鷹は笑った。


  アラーン

  私は嘘を言った。別に村の人たちは生き返らなくても構わない。

  私たちは鉄の道を通り過ぎることができず、ウスリー川を渡ることもできない。

  アムール川を越えることもできないのに、四方からはツァーリの兵がやってくる。

  もう村を築く場所も残っていないのに、たくさんの人が陰陽川サンインビラを越えて生き返ると困ってしまう。

  ハリラ ハリハリ ハレイ


 イマハはじっと鉄の道を見た。


 「神鷹よ、あなたも死者の国ブニオから来たのか?」

 不意にイマハは訊ねた。神鷹は旋回しながら言った。

 「いいえ、もし私が死者の国に住んでいるなら、家族もたくさんいるのに、こんなところにわざわざ来ない」

 返事を聞いて、イマハは再び訊ねた。

 「神鷹よ、あなたが今住んでいるところはいいところか?」

 「いいえ、死者の国より嫌な場所。ブシュクより怖いツァーリの兵がたくさんいる。でも私は住むところを選ぶことができない」

 少し考えて、イマハは三度訊ねた。

 「それなら神鷹よ、あなたはどこかへ行くのか?」

 「いいえ、鷹はどこにでも行くことができる。でも、私は人の身体を持っているので、それを連れて遠い場所へ辿り着く方法がない。私は、今いるこの場所でみんなの仇を取らなければならない」

 首を捻った後、イマハは不意に言った。

 「神鷹よ、それなら私が連れて行ってあげよう」

 「どうやって」

 「大体のことは勇気と知恵で何とかなる」

 神鷹はひらりと翼を翻して笑った。そしてイマハの周りを何度か飛んだ。


  アラーン

  顔に鱗を持つ祈祷師の若者よ。

  もうじき酔いが醒めるから、気をつけて帰りなさい。

  私の名前はラウカ・ダド。

  人の姿で出会ったときにはよろしくね。

  ハリラ ハリララ ハリラ ハリラ ハリハリ ハレイ


 さて、神鷹がどこかへ飛び去ると、イマハの身体もぐんぐんと下がっていった。身体を右に傾けると、鉄のけもの道の上に出た。イマハに気づいたツァーリの兵が銃を撃ってきたので、慌てて身体を左に傾けた。今度はウスリー川の上に出た。川を越えようとすると、やはりイマハに気づいたツァーリの兵が銃を撃ってきたので、慌てて身体を丸めた。

 気づいたときには、元の村にいた。イマハは囲炉裏で寝かされていた。まだ空を飛んでいるようで、目の前がくるくるしていた。

 「もうベニテングタケ酒を飲んではいけない」

 イマハはスモル・マファに叱られた。

 ハリララ ハリラ ハレイ ハリラ ハリラ ハレイ

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