第21話 ほんっと、そーゆートコ
「第七問!じゃじゃーん!」
『実はプレゼントの髪飾りはあまり気に入ってない』
「!?」
いやいや、それは無いわ。紗和さんが選んだ髪飾りだし、自分でも店頭で見かけたら目が止まるほどに気に入っている。そもそもここで赤いクッキーを選ぶなんて失礼すぎるだろ。残り二枚ずつのクッキーのうち、青いクッキーを迷わず選んだ。
「……ありがとう」
何だか少し顔を紅潮させて、紗和さんが呟くようにして感謝の言葉をシンプルに言った。ん? 今、笑っていなかった? 大体こんな時はフフフって笑ってからセリフに入るのに。
いや待って。あの日あんなことをした紗和さんが、いまさらプレゼントを喜んでくれただけでこんなに照れるのだろうか。この紗和さんの変化、ただ私がプレゼントのプレゼントの感謝の気持ちを知っただけではないのでは。もしそうだとしたら、何だろう。わからない。正常な思考を巡らすことができなくなっている自分がいる。
理由はいたってシンプルだ。紗和さんが紅潮したのを見て、私の中で何かスイッチが入ったからだ。紗和さんの可愛らしい紅潮を直視できずに自然と視線を落とすと、青いクッキーは一枚しか残っていないことに気づいた。小間、確実に心拍数が上がってきている。残り三つの質問に、ノーは一回だけしか使えない。
しかもだ。
第七問は食べ物の質問ではなかった。質問内容、紅潮した紗和さん。明らかにクイズの方向性が変わってきている。そんな中、残り三つのクイズにノーは一回だけしか突き付けられない。そもそも第八問以降はゲームでもクイズでもなく、普通に脱がしあいっこしましょう。ってことだって考えられる。
鼓膜のそばに心臓があるのかと錯覚するくらい、鼓動を耳で感じる。にも拘らず、血の気が引く感じではない。これから起こることにマイナスの感情を持っていれば血の気が引く感覚に見舞われるはずだがそうではない。もしかしたら。
【ゲームの続きに期待している自分がいる】
それを自覚した時、ハッキリと蘇った。あの日の痺れた感覚だ。腰のあたりからそれは感じ始め、まもなく胸に到達して全身に至る。ほんの数秒だ。紗和さん越しに姿見が見える。そこに映っていた自分は、紗和さん以上に紅潮し、耳まで真っ赤だ。
え!? あ!! 姿見! 紗和さんの後ろに鏡があるじゃん! さすが紗和さん、ここでもドジっ娘。カードが見えるかも。……と思ったけど、鏡に映った紗和さんは背中しか見えなかった。何とかして紗和さんの姿勢を崩せないか。背中を丸める姿勢? 体を左右のどちらかに傾けさせる姿勢? ゴキブリがいるとか叫べば慌ててしまい、なんとかカードが見える姿勢になるかな?
……いや、やめよう。
アンフェアなことでゲームを壊したくない。それは自分に言い聞かせた建前。本音は痺れていたい。痺れ続けていたい。紗和さんに痺れを強めてほしい。カードに書かれた質問を見るタイミングは、紗和さんに任せよう。口を閉じたまま鼻で大きく息を吸い、息を一瞬止めて鼻からゆっくりと吐き出した。部屋中に充満しているお菓子の匂いが、私を少しずつおかしくしていく。別にお菓子にかけた言葉遊びではない。紗和さんの部屋のお菓子の匂いが、あの時の記憶を呼び起こすからだ。
「……紗和さん。そ、その……続きは?」
視線を落としたまま顔を紅く染めている紗和さんに、ゲームの続きを促した。青いクッキーの使いどころなんてどうでも良くなっている自分もいる。むしろ青いクッキーを選んで、残り二問はどんな質問でも赤いクッキーを食べてみせる。そんな意気込みすら私の中で芽生えていた。
その意気込みは、すぐに戸惑いに変わった。顔を紅潮させたまま小さく「第八問」とだけ言ってテーブルに出したカードに書かれていた文字はこうだ。
『やっぱりオモチャに興味がある』
最後の青いクッキー、本当にここで食べるべきだろうか。まだ私を直視できていない紗和さんは、少し俯いたままクッキー皿を見つめている。
赤点を取った期末テストでさえ、こんなに考えたことはなかった。二択問題なのにだ。人生で一番難しい二択問題の答えを私は探している。
赤いクッキーを選べば、第九問も二択になる。だが紗和さんにオモチャに興味がある女の子という認識をされてしまい、それこそ紗和さんのオモチャにされてしまう。
青いクッキーを選べば、オモチャ好きのレッテルは貼られないが、残り二問で地獄を見る。地獄と限らないのかもだけど。
なんだこれ、なんだこれ、あのプレゼント箱を開けた時以上に頭の中がぐるぐる回っている。
……決まった。
ふうと肩の力を抜きながら口から息を吐いた。
「ほんっと、紗和さんのそーゆートコが、、、ああー! んもうっ!!」
私の訴えにならない訴えを聞いているのか聞いていないのか。そんな紗和さんが見つめる中、私はお皿に手を伸ばした。
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