第22話 どっち?
赤いクッキーを手に取った。選択肢を残す道を選んだ。おそらく残り二問は、エッチな行為をするためにイエスを選ばせる質問内容になっているだろう。さっきも考えたけど、例えば「私がヒナちゃんの身体のどこに触っても、今日は嫌がらない」とか。
さっきは意気込んでみたけれど、八問目の質問がコレだ。予想していたハードルが高い。飛び越えられるレベルじゃない。屋根より高いんじゃないか? 残り二つの質問は、屋根どころかビルの高さ、雲の高さになりそうだ。間違いなく鯉のぼりでも不可能な高さになる。そう思うと、青いクッキーを残しておきたかった。
ポリポリとクッキーを齧り、サクサクとクッキーを噛み砕く。顔を上げてその様子を見ていた紗和さんは、一瞬だけ意外そうな顔をしたが、顔は紅潮させたままで笑い始めた。
「フフフ……そうなのね。知らなかったわ……フフフ」
まだ頬が赤く染まってはいるけど、いつもの紗和さん口調に戻っていた。嬉々として二枚のカードを眺める紗和さんは、ドロシーでは絶対に見られないほど嬉しそうで、私のことを可愛い猫でも眺めているように蕩けた表情をしていた。
やばい。絶対に悪いことが起きる気がする。あの感覚の引き出し方さえ教えてもらうことが今日の目的だ。紗和さんのオモチャになることが目的できているわけではない。それなのに。それなのに……
「次はどっちにしようかなー」
歌うように台詞を吐きながら紗和さんが二枚のカードを眺める。私にはそのカードの内容は見えない。なんて悪い日なんだ。目的が達成できたら、紗和さんの部屋には近づかないようにしよう。距離も決めておこう。半径一キロメートルは近づかないエリア。その距離以内に近づくと、紗和さんのレーダーが私を察知して身柄を確保されるかもしれない。紗和さんにしか持っていない変態レーダー。たぶん紗和さんなら体内にそういった探知機があるはず。
「でもね。もう次の質問は決まっているの」
すうと軽く息を吸った紗和さんが、カードを出す。
「第九問!じゃじゃーん!!」
出されたカードは、想像以上に高いハードルだった。大気圏を越えている。
【結局は、ヒナちゃんは紗和が好き】
固まっている私に、紗和さんが声をかける。
「ちゃんと正直に答えてね……フフフフフ」
程よく冷房が効いている部屋なのに、じとっと汗をかき、喉も異常に渇く。それでも目の前のミルクティーに手を伸ばすことができないくらい、私の身体は硬直していた。紗和さんの変態的なところはあまり好きではない。好きではないと言うより、性的なことに免疫がない私には苦手と言った方が正解かも知れない。それを除けば好きな女性だ。おっとりしたところ。仕事には真面目なところ。放っておけないドジっ娘なところ。美味しいお菓子が作れるところ。
このままクッキーを選ぶのは癪だな。目の前にはアイスチョコに口をつけた紗和さんがこちらを見つめている。
「……は、どうですか」
喉がきゅうと絞まっている感じは、声を出そうとした時にわかった。だから最初の方は声が出なかった。
「ん? なあに?」
当然、紗和さんが聞き返す。
「紗和さんは、どうですか。私がクッキーを選ぶ前に、紗和さんも同じことを答えると約束しましょう。このゲーム、私からの質問は禁止されていないはずです」
そう言い切ると、身体を支配していた力みがすうと抜けた。紗和さんの答えを待つ間、やることの無い私はミルクティーに手をつける。
紗和さんは少し驚いたような表情を見せた。私の提案が予想外だったのだろう。そして紗和さんも固まった。少しは私も意地をみせられたのかな。
「……うん。ヒナちゃんがクッキーを選んだら、私も答えるわ」
ほんの数秒だけだけど、沈黙したまま動かない二人がいた。クーラーのぶうんと言う音以外、何も聞こえない。
そういえば、残りのカードにはなんて書いてあるんだろう。この後の質問だ。全く想像がつかない。
どっちのクッキー? それは紗和さんも薄々気づいているだろう。ゆっくりと紗和さんの目の前で、赤いクッキーに手を伸ばした。私は紗和さんが好きだ。
クッキーを口に運び、唇にそれが着くかどうかのタイミングで、紗和さんが叫ぶように待ったをかけた。
「待って。ヒナちゃん」
ローテーブル越しに向かい合っている紗和さんは、クッキーを運ぶ私の腕をそっと掴んだ。腕を掴んでまで待ったをかける理由を考え始める暇も与えられることなく、紗和さんが身体を近づけてきた。
「私も答えるって言ったよね? でも……赤いクッキー、もう残ってないんだよ?」
最後の赤いクッキーは、私の唇と紗和さんの唇に挟まり、落下を免れた。クッキーにしてみれば転落は免れたのだが、柔らかい二組の唇で身体を半分に割ることとなった。
今日のキスも、チョコの味。私が買ってきたものの残りを、紗和さんがアイスチョコに作りかえたから。
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