第9話 ピンク色のバカンス

 月が変わって、制服が夏服になった。あれからアルバイトも辞めていないから、ドロシーで夏服を見た紗和さんが私を可愛いと言ってくれたときは、ちょっと複雑な気持ちになった。今までだったら素直にありがとうと言えたのに、今は棒読みでそうでしょう可愛いでしょうと言ってしまう。

 あれから紗和さんの部屋には行っていない。RIMEも最後のメッセージが忘れ物の件だ。紗和さんは相変わらず素敵な笑顔で接客している。もちろん評判がいいし、その笑顔に裏がないことは知っていても、別の裏の顔を知っている私は少し冷めた目で見てしまう。

 それにしても金曜日は暇だ。バイトもないし、結菜もここちゃんも用事があるらしく遊ぶ相手も居ない。別の友達も居ないこともないが、結菜やここちゃんと過ごしているときほど楽しく感じられない。

 外で楽しく過ごすことを諦め、家に帰ってゲームに勤しむ。同じ模様を三つ並べて消すゲームにも飽きたし、他のゲームをやろうにも課金しないと楽しめないゲームばかりだ。アルバイト代は服のためだけにあるし、どれも時間を潰すには物足りない。仕方がないから勉強でもするか。本当は勉強こそ私たち高校生がやらなければならないことなのかもしれないが、平安時代に誰が何をやったかを覚えることって本当に私たちがやらなきゃいけないことか。それでもよい成績を取ってよい大学に行ってよい会社に就職する。そうすることが一体幸せになるのだろうか。ああ。勉強ダルい。

 中間テストもあまり芳しくなかったから、仕方なく机に向かう。xの数を突き止めることがこんなにも苦痛になるとは。これがああなって、ここをこうして……だめだ。間違えた。

 消しゴムを探してペンケースを覗くが、私の消しゴムはどこかへバカンスに行っているようだ。マジか。また更にやる気を削がれていくじゃん。私のやる気スイッチ、誰か探してくれ。

 消しゴムを探して引き出しを開けると、コロコロとなにかが手前に転がってきた。いつかどこかの変質者からカバンにねじ込まれた、ピンクのそれが目に飛び込んできた。マジか。お前、ここに居たのか。よくパパやママに見つからなかったな。今度から下着と一緒にタンスに入れておくか。ママは洗濯くらい自分でしなさいと言ってくるから、私の洗濯物をタンスに入れることがない。パパは私のタンスを物色することはない。と信じたい。そうであっても、見つけられたということはパパが私の下着を物色したということになるから、パパが私に言ってくることがない。いや、そもそも十七歳になったばかりの女の子が持っているはずがないものがここにあることが不自然だ。

 やはり返そう。お前も使ってくれないご主人様のところで眠っているよりも、使ってくれる変質者さんのところで活躍したいだろう。スマホを手に取り、紗和さんに連絡してみる

「ヒナちゃん? どうしたの?」

「あのですね。アレ、持っているのがパパやママにバレる前に処分したいのですが」

「ええ!? あんな楽しいモノ、捨てちゃうの?」

「紗和さんならそう言うと思っていましたよ。だから紗和さんに返します」

「じゃあ残念だけど仕方ないわね。ドロシーに持ってくる?」

「いや、アルバイト先はダメでしょ」

「じゃあ、家に来る?」

 変態さん家にオモチャを持って行くのは少し勇気が要るが、パパママにバレたら地獄を見る。そうなる前に、どこかでバカンスを楽しむ消しゴムと同じように、お前も変態さん家でバカンスを楽しんでおくれ。

「いつなら大丈夫ですか?」

「今日ならお家でヒマしてるわ。今日来る?」

 幸か不幸か、同じタイミングでヒマしていた人がいたわ。今から行きますというと、クッキー焼いて待ってますと返事が来た。いや、長居するつもりはないんですけど。

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