第16話 冷たい世界
追っ手、ジャックザリッパーを退けたユウトたちはようやく病院のエントランスホールへとたどり着くことが出来た。
「あ、あそこっ」
ウィズの指さした先には透明なガラスの扉。
普段大勢の患者で賑わう病院の受付。多くの椅子が同じ方向に向かって並べられている長方形のフロアの先にあるユウトたち唯一の希望の扉――
「あの扉を出たら晴れて自由の身だよ」
(言い方にちょっと難があるな)
病院内から抜け出してしまえば晴れてユウトたちは自由の身。隠れる場所もシオンが創り出した虚狭空間から抜け出すための逃走ルートも選り取り見取り。
建物の中からさえ出てしまえば、シオンたちがユウトを見つけ出すのは至難の業。探索(サーチ)系の能力に特化した使役獣がいなければほぼ不可能。そして、シオンの使役獣に探索(サーチ)系はいないとユウトは確信していた。
いるならすでに使っているはず――
ユウトたちはこの命がけの追いかけっこを終わらせるため病院の出入口に向かって全力で走り出した。
(ワイバーン、すぐ通れるようドアを破壊しておいてくれ)
「ガウッ」
ユウトの指示に従いワイバーンは全身でガラス扉にぶつかった。そして――
「ガウゥ」
跳ね返された。
「何っ」
(ワイバーンが吹き飛ばされただと)
病院という施設の特徴柄普通の建物より強固な扉が備え付けられている可能性はあるが、それでも所詮はガラス製の扉。
ワイバーンの体当たりを受けてヒビ一つ入らないなど通常はあり得ない。
何か特殊な手段で強度が上げられていなければ――
「ユウト、この部屋異常に寒くない。いくらんなんでもエアコン効きすぎ」
ここまで全力で走って来て全身火照っているユウトにとっては心地のいい温度だが、確かにウィズの言う通り室内の温度は少し、いや、普通なら肌寒くてコートが必要になるほどかなり低かった。
「追いついたぞ」
振り返ると、壁をほぼ一直線に突き破ってミノタウルスがユウトたちの前に現れた。
「シオン……」
ミノタウルスに抱えられたシオンとそれを見上げるユウトの視線が真正面からぶつかった。
再び、相まみえる二人。
五メートルほど離れた位置でシオンはミノタウルスに自分を降ろすよう指示を出した。同時に水色髪の女もミノタウルスの背からひょいと軽やかに降りていった。
「ワイバーン……」
一瞬、ほんの一瞬だが今まで何にも興味のない氷のような目をしていた水色髪の女の瞳がワイバーンを見た瞬間、わずかに揺れた。
「ヒョウカ、やれっ」
ついに、シオン自身の欲望を糧に生まれた使役獣、――ぱっと見どこをどうみても人間の女にしか見えない水色の髪をした和服美人――ヒョウカがその力を振るった。
(氷の弾丸――)
ヒョウカは何もなかったはずの虚空に幾つもの氷の弾丸を創り出すと、ユウトたち目掛けて一斉に射出した。
「っ」
「うわっ」
「ガウッ」
高速で飛来した氷の弾丸はわざとなのか、それとも最初からざっくりとしか狙いを定めていなかったのかわからないが、ユウトたちに当たることはなかった。
(あれってもしかして精霊)
(恐らくな。並大抵の使役獣じゃあり得ない力だ)
今までに得た情報からヒョウカの正体に当たりを付けたユウトは、ワイバーンにヒョウカを攻撃するよう指示を出した。
(行け、ワイバーン)
「ガウッ」
ユウトの指示に従い、ワイバーンは左右に飛び跳ねながら相手の視線をかく乱。シオンたちに目の前で突然、その大きい体を跡形もなく消失させた。
(精霊は使役獣の中でも特に一芸に秀でた種族。単純な破壊力だけで言えば使役獣の中でトップクラスの火力を有する種族だが――)
左右への激しい視線誘導からの、超高速跳躍。
壁を使ってシオンたちの背後を取ったワイバーンはそのライオンすら恐れをなすほど獰猛な鉤爪でヒョウカに襲い掛かった。
(それは裏を返せばネタさえわかってしまえばその脅威は半減する。近づくことさえできれば、使役獣の中でも最強と言われる龍種(ドラゴン)のワイバーンが一対一で負けるわけがない)
唯一の脱出口であるガラス扉は恐らく、ヒョウカの能力でカチンコチンに凍結させられている。
ワイバーンが何度か体当たりすれば扉が壊れ、強行突破できるだろうがシオンがすぐ傍にいる今の状況で敵に無防備な背を向けるのは即、死を意味する。
ユウトたちに残された選択肢はもうシオンを倒す以外に他ない。
「いっけぇえええええええええ」
見るからに固そうな肉の鎧を纏っているミノタウルスより、一見ウィズと同じ紙耐久そうなヒョウカを狙うほうが建設的。
上手くいけば、このワイバーンの一撃で勝負が決まる。
そう判断したユウトの目論見は儚くも一瞬のうちに無へと帰されてしまった。
「な、に」
ワイバーンの丸太のように太い腕、そこから伸びるこれまた博物館でしかみたことない太古の恐竜を連想させるような巨大な鉤爪を、ヒョウカはその細腕一本で容易に受け止めて見せた。
よく見るとさっきまで少女のように華奢だった腕が水色の、サファイアの様に美しいうろこで覆われていた。それだけではない、頭からは鹿のような神秘的かつ幻想的な角が二本、背からはレースのように透き通った半透明な翼、お尻の部分からはキレイな湧水が流れているかのような流麗な尻尾が生えていた。
変わり果てたヒョウカの姿。美しい美女から変化(へんげ)した美しい幻獣の姿、それはまさに――
「龍種」
マンガやゲームでよく見るドラゴンそのものだった。
「ヒョウカは龍種(ドラゴン)の中でも最強クラスの魔を操りし龍種(ドラゴン)。魔龍だ」
(魔龍……)
龍種(ドラゴン)が数多いる使役獣の中でも最強の種族と言われる最たる所以(ゆえん)。それこそが龍種の中でも稀にいる、魔を操れる龍――魔龍の存在である。
「一族の恥さらしが、消えろ」
ワイバーンの攻撃を受け止めたヒョウカはそのままワイバーンを力任せに叩きつけると空中に氷の弾丸を生成、超至近距離でワイバーン目掛けて全弾打ち込んだ。
「がぁあああああああああああああああああああああああ」
「ワイバーンッ」
龍種(ドラゴン)の中でも魔龍と呼ばれる龍種は総じてプライドが高い。
魔龍と呼ばれる龍種(ドラゴン)たちは同じ龍種(ドラゴン)でも自身と同じ、魔を操れる龍と魔を操れない龍を明確に差別している。
ワイバーンのように魔を操れない龍種(ドラゴン)を龍種(ドラゴン)の面汚しと言って忌み嫌っているのである。
「ゆ、ユウト早くワイバーンを戻して」
「戻れ、ワイバーン」
ユウトはワイバーンの根源を跡形もなく消し去られてしまう前に自身の中へと戻した。
「ちっ」
「こわっ」
それを見て、一見どこぞの育ちのいいお嬢様風の見た目をしたヒョウカは盛大に舌打ちをした。
「すでに貴様は使役獣を二体顕現させた。どんなに優れたテイマーであっても立て続けに顕現させられる使役獣は自身の使役獣を含めて三体が限度――もう貴様に新たに使役獣を呼び出す力は残っていない」
ユウトはすでにアークとワイバーン二体の使役獣を顕現させている。
使役獣から伝播されるダメージもそうだが、使役獣を顕現させること自体もテイマーの精神にかなりの負担がかかる。
どんなに鍛え上げられた肉体を持っていようが、どれだけ打ちのめされても立ちあがる強靭な心を持っていようが、一日に顕現させられる使役獣は多くて三体まで。
(アークもワイバーンもすでに致命に近いダメージを受けている。俺自身、もう他の使役獣を顕現させるだけの体力は残っていない…………)
ユウトにはもう後がない。
「絆優人――貴様の負けだ」
シオン陣営――魔龍ヒョウカ+戦士(えいゆう)ミノタウルス。対してユウト陣営――魔術師(ウィザード)ウィズのみ…………
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます