第13話 悪魔(イビルス)

 悪魔(イビルス)。数ある使役獣の中でも一番伸びしろがあると言われている種族で、個々の能力幅が大きく、悪魔(イビルス)の中には魔術師(ウィザード)や戦士(えいゆう)、果ては使役獣の中でも最強と言われる種族、龍種(ドラゴン)にすら比肩しうる力を持った悪魔(イビルス)もいると言われている。


 それだけ悪魔(イビルス)は使役獣の中でも油断できぬ潜在能力と並々ならぬ伸びしろを持った種族なのである。


「出番です、クラーケン」


 ウィルオウィスプを倒され、ヒツジはスピリッツオブゴートを入れると三体目となる使役獣を顕現させた。


(あれが奴の二体目の使役獣)


 ヒツジの目の前に現れたのは、首から下がワンピースを着た幼い少女の姿をした首から上がぶよぶよしたクラゲの怪物。まるで宇宙から来たクラゲ型の宇宙人に少女が頭から丸呑みにされたようなシュールなビジュアル。これこそヒツジの呼び出した三体目の使役獣――クラーケン。


(ち、また悪魔(イビルス)か。俺様を前にいい度胸だぜ。このじじぃ)


「ほほほ、戦いとはただ単に力の強さだけで決まるモノではありません。知略や戦略、戦いを自分の思い通りに運ぶ計略や戦う者同士の相性など様々な要因が折り重なり互いに影響し合って戦いの結果というのは決まっていくのです」


 テイマー同士の戦いの場合、使役獣の強さはもちろん、使役する使役獣とテイマーの相性の良さや同時に顕現する使役獣同士の相性補完なども重要となってくる。


(話の長いじじぃだぜ)

(油断するな、こうしてる間にも何か策を弄してるのかもしれないぞ)

(ふんっ)


 こうしている間も、ウィズは一人スピリッツオブゴート足止めのため孤軍奮闘していた。


「だったら――」

「お、おい、アーク」


 アークはユウトの指示を無視してヒツジに向かって攻撃を開始した。


「策を張り巡らせる前に、決着をつけてやればいい話だろ」


 アークは先ほどのウィルオウィスプがユウトに向かって投げつけた火の玉よりも一回り程大きい青い炎の玉をクラーケン、ひいてはその後ろにいるヒツジに向かって投げつけた。


 当然、ヒツジはそれを黙って受けるわけなく、跳ね返そうとスピリッツオブゴートのリングを飛んでくる火球の先に金のリングを滑り込ませてきた。


(まずい、あのリングに吸い込まれたら火の玉の軌道が変わって、こっちに向かってくるぞ)


 「気を付けろ」と言おうとしたユウトだったが、それよりも早くアークが不敵に笑った。


(俺様がそんなへまするわけないだろ)


 青い火の玉が金色のリングに吸い込まれる直前、ヒツジたち目掛けて一直線に飛んでいた火球が突如爆発。いくつもの小さな火の玉に分裂すると器用にスピリッツオブゴートのリングを避けてヒツジの前に立つクラーケンに向かって一斉に襲い掛かった。


「なんとっ」


 凄まじい爆発音と共にクラーケンは青い炎に飲み込まれた。


「ぎゃあああああああああああああああああ」


 青い豪炎に飲み込まれ、クラーケンは耳をつんざくような悲鳴を上げた。


(やったか)

(当然だろ)


 並大抵の使役獣ならひとたまりもないアークの青い炎の玉だが、その炎でクラーケンが跡形もなく消し炭になるということはなかった。


「何っ」

「耐えた、だと。この俺様の炎を」


 驚くユウトとアークを見て、ヒツジはニヤッと笑った。


「残念でしたね。私のクラーケンは体の表面が特殊な粘液で覆われておりましてね、元々は彼女の潤いボディを維持するためのモノなのですが炎攻撃に強い耐性があるんですよ」


 ヒツジの話を聞いてユウトが一番最初に思ったことは――


(コイツ、女だったのか)


 だった。


(見たらわかるだろ)

(…………)


 アークの言葉にユウトはノーコメントで返した。


(アークの炎攻撃が効かないとなるとこいつに炎系の攻撃は無効と考えた方がよさそうだな)


「言ったでしょ、戦いというのはただ力が強いモノが勝つのではないと」


 炎による攻撃を封じられたアークだが、アークの攻撃手段は炎だけではない。


 ユウトが指示するよりも早くアークはすでにその攻撃を敢行していた。


「ぎょええええええええええええええええええええええええ」

(何ですっ)


「炎がダメなら、電撃で攻撃すればいいだけの話だろ」


 次にアークが繰り出したのは赤い電撃による攻撃。


 アークは威力の高い青い炎による攻撃とスピードの速い赤い電撃による攻撃、二種類の攻撃方法を持つ悪魔(イビルス)である。


(念のためスピリッツオブゴートに警戒はさせてましたが、まさか炎以外にこれほど速い電撃攻撃を使えるとは)


 アークの空気中を目にもとまらぬスピードで駆ける赤い電撃攻撃の異常なスピードもスピリッツオブゴートが反応できなかった原因の一つではあるが、それ以上に今なお休みなく攻撃を続けるウィズの存在が大きかった。


 ウィズは自身の体格の小ささを活かしてスピリッツオブゴートの周りをちょこまかちょこまかと飛び回り、時にはフェイントを交えてスピリッツオブゴートの意識を主人であるヒツジへ向かわないようかく乱し続けていたのである。


 おかげでアークの電撃攻撃に対しスピリッツオブゴートは一歩も反応することが出来なかった。


「ぎょええええええええええええええええええええええええ」


 再び喉が裂けそうなほど大きな悲鳴を上げるクラーケン。


(今度こそやったか)

(当然だろ)


 しかし、クラーケンが倒れることはなかった


「何、だと」


 驚くアークを見て、ヒツジは再びニコッと顔の皺を深めた。


「言い忘れておりましたが、クラーケンの表面を覆っている粘液は絶縁体でしてね。電気を通さないんですよ」

(電撃も無効なのかよ)


 アークとユウトの無駄な足掻きに満足したヒツジは手をパンッと鳴らした。


「中々楽しいショーでありましたがそろそろ幕引きとさせていただきましょうか」


 そう言った瞬間、いつの間にか忍び寄っていたリングから気色の悪い触手が現れ、すぐさまユウトとウィズ、アークの全身に巻きついた。


「うぇえ、何これ、気持ち悪い」

「…………」

「これは――」


 スピリッツオブゴートのリングから現れたのはクラーケンの髪の毛――特殊な粘液まみれのドロドロの触手だった。


「これで勝負ありましたね」


 ユウト、ウィズ、アークの三人はクラーケンの触手により捕縛されてしまった。


「アーク」

「………………」


 絶体絶命。この中で一番この状況を打破できる可能性のあるアークに声を掛けるユウトだが、アークは俯いたまま、主であるユウトの声に反応することはなかった。


「どうやら何もできなかったことに相当ショックを受けておられるようですね。仕方ありません。若気の至りというモノは誰にでもあることです」

「アーク」

「……………」

「ちょっとあんた何黙ってんのよ。何か返事しなさいよ」


 それでもアークが答えることはない。


「恥じることはありません。敵の力量を見誤ることは、誰しもあることです。たとえ相手が歴戦の戦士であってもね」

「ちょっとあんたうるさいわよ」

「これは失敬」


 ヒツジは完全に自身の勝利を確信していた。


(仕方ない。一旦アークを下げて他の使役獣に)

「させません」


 何とか状況を打開しようとしたユウトだが、その心の内はヒツジにバレバレだった。


「ぐああああああああああ」

「ユウトっ」


 触手の締め付けがさらに一層強くなった。


「誠に残念ですが、あなたたちはここで終わりです」


 徐々に強くなる触手の締め付け、このままでは恐らくあと数分もしないうちに肋骨が折られ、肺がつぶれてしまうだろう。


 勝負あり。


 この場にいる誰もがそう思った。


 ただ一体を除いては――


「ふざけるな」

「っ――」


 突如増す室内を満たす空気の密度。まるで一瞬のうちにその重さが十数倍になったような錯覚――


「この俺様がこの程度の奴に手も足も出ずに負けるだと、ふざけるなあああああああああああああああ」


 獣のような咆哮と共にアークは唯一動かすことが出来る肩から上、自分の体に巻き付く触手になんの躊躇いもなく齧り付いた。


「何とっ」


「ぎょえっ」


 まさかの攻撃に、クラーケンはアークのみならずウィズ、ユウトに巻きつく触手の締め付けも弱めてしまった。


 その隙を逃す二人なわけもなく、アークとウィズはクラーケンの触手からの脱出に成功した。


「チビっ、マスターを頼む」

「誰がチビだ」


 ウィズはユウトに巻きつく触手に向け魔法の杖を振り下ろし、巻きついている触手をバラバラに吹き飛ばした。


(クラーケン、スピリッツオブゴート警戒を――)


 思いもよらぬ事態にクラーケンとスピリッツオブゴートへ警戒の指示をだすヒツジだったがそれよりも早く、アークは自身に巻き付いていた触手を強引に引っ張った。


「クラーケンっ」

(なんという怪力)


 リングを通じてクラーケン本体を自分の手元へと引き寄せるとアークはそのままクラーケンをヒツジとスピリッツオブゴート目掛けて投げ飛ばした。


「がっはっ」


 リングによる空間転移はあくまでリングの中を通るサイズのモノにしか働かない。二人はクラーケンの伸びきった触手に巻き込まれ勢いよく壁に激突した。


「何が強い奴が勝つわけじゃないだ。しょうもねえ理屈こねて、強くなろうとみっともなく足掻く勇気のないてめえらが強者になれるわけねえだろ」


 全身を強く強打したヒツジにもう立ちあがる力は残されていない。


「なるほど、そうかもしれませんね」


 その言葉を最後に先に体力が尽きたクラーケンがヒツジの中へと戻っていった。


「力づくにもほどがあるだろう」

「強引な男は嫌われるよ」

「うるせえ」


 あまりにも力業すぎるやり方に呆れるユウトとウィズ。


 そんな二人に悪態を吐くアーク。


 最近ユウトと同じ学校の生徒を狙って襲っていた事件の犯人、ヒツジとユウトの戦いはユウトの勝利で幕を閉じた。


「さてと」

「ユウト」


 勝負はついた。だが、今回の事件、これで万事解決というわけではなかった


 事件はまだ終わっていない。


「いるんだろう、出て来いよ」


 もうすでに正体がバレていることを相手も薄々感づいていたのか、それとももう隠す必要がないと判断したのか、ユウトの言葉に呼応するように今回の事件の真の首謀者が扉の奥から姿を現した。


 パチパチパチ


「コングラッチュレイション、ミスターユウト」

「シオン」


 機械的な拍手をユウトに送りながら、今回の事件の真の黒幕――逢魔紫苑(おうましおん)がユウトたちの前に現れた。


「坊ちゃん」

「てめえが今回の事件の黒幕だな」


 ユウトの言葉にシオンは無言で笑った。

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