第12話 奇襲×奇襲
「ママぁ、あの人何でこんなお天気のいい日に雨合羽着てるの」
「見ちゃいけません」
街中に突如として現れた怪しげな黒いレインコートを羽織った不審な人物に普段は平穏なはずの昼時が人々のざわめきで緊張感漂う非日常的な空間へと変貌していた。
カツカツカツカツ
しかし、男は自身に向けられる奇異の視線など一切意に介さず、目的地に向かって足早に歩いて行った。
「ここか」
ようやく足を止めた男の視線の先にはレオが入院する病院――
「……………………」
しばらく病院の外装を眺めていた男だが、やがて腕を挙げ、指をパチンと鳴らした。
「虚狭空間、展開」
突然、時がものすごいスピードで流れたように男を中心として辺り一帯が真夜中のような暗闇で支配された。
男はおどろおどろしい雰囲気に様変わりした病院の中へ、やり損なった目的を果たすため侵入した。
(まさかあそこから生きて生還してくるとは、敵ながらあっぱれと賞賛いたしましょう。ですが……)
男はある部屋の前まで迷わず向かった。
扉に埋め込まれた、部屋の奥に入院している患者の名前が記されたプレート。その中にある夢見玲雄(ゆめみれお)という名前を確認して、男は部屋の扉を静かに開いた。
「あなたの命運もここで終わりですっ、どうかご覚悟を――」
扉を開いたその先、四人まで入院できる大部屋でただ一人中央に佇んでいたのはオレンジがかった朱色の髪をした目つきも柄も素行も悪い不良青年、ではなく、どこにでもいるようなパッとしたところのない普通の――若干陰(かげ)のある陰よりの雰囲気がある――髪だけは明るい金髪碧眼の一般学生(いっぱんピーポー)だった。
本来ここに居るはずのない人間を目の当りにして、二人の反応は対照的だった。
「あんたがレオを襲ったテイマーの正体だったのか、シオンの執事の森谷日辻(もりやひつじ)さん」
「あなたが、どうしてここに」
いるはずのない人間を見て驚くヒツジ。
予期していなかった来客にも全く動揺することなく、むしろ得心したような顔で相対するユウト。
「レオならここにはいないぜ。というか今この病院にいるのは俺とあんたの二人だけだ」
ユウトはヒツジが来る前に先んじて病院の火災報知機を鳴らし、事前に病院内にいた職員と患者を全員非難させていた。
(虚狭空間が無くなった瞬間、通報を受けた警察官と消防隊が病院内に雪崩れ込んでくる。駆け込んできた警官たちにこいつを突き出せばここ最近の連続襲撃事件は、解決だ)
「どうやら私は物の見事に罠に嵌められたようですね」
おおよそ自分がどんな状況に陥れたのかを察し、ヒツジは思わずフッと笑みをこぼした。
(よもやこの私がここまで追いつめられるとは)
「おとなしく降伏してくれるとありがたいんだが」
「ふふ、まさか」
二人は同時に動いた。
「ウィズ」
「スピリッツオブゴート」
事前の心構え、準備の差が如実に出たのか、それとも単に名前の長さの差か、スピリッツオブゴートが目の前のユウトを引き裂くよりも早く、ウィズはヒツジの死角となるベッドの陰から飛び出し、ヒツジ自身に直接魔法攻撃を叩き込もうとした。
「しまっ――」
しかし、ウィズが魔法の杖を振り下ろす直前スピリッツオブゴートのリングがウィズとヒツジの間に割って入り、ウィズの攻撃を吸収、もう一つのリングで吸収した攻撃をユウトに向かって放出した。
バリィィン
ユウトはその攻撃を必要最低限の動きで躱した。空を切ったウィズの魔法攻撃は背後の窓ガラス一枚を容易く吹き飛ばした。
「やりますな」
「あんたもな」
間髪入れずウィズに連続でスピリッツオブゴートを攻撃するよう指示を出したユウトだが、その悉くを浮遊する金色のリングで吸収、テイマーであるユウトに向かって返していった。
(レオから聞いてはいたが、厄介な能力だな)
(どうするユウト。これじゃいくら攻撃してもキリがないよ)
リングで返される攻撃をかわしながら、ユウトは注意深く相手のスピリッツオブゴートを観察していた。
(見た目からしてどうみても悪魔(イビルス)だな。動きの俊敏さやなめらかさから見て、あいつ自身の使役獣とみて間違いなさそうだ)
元々自身の体内にあった根源より生まれた使役獣と他者の根源を取り込んで生まれた使役獣とでは使役獣の動きや発揮できる力に大きな差が生まれることがある。
それはテイマーとその使役獣の相性やつながりの浅さに起因し、テイマーの技量や経験、使役獣との信頼関係向上により改善していくのだが、テイマーとの信頼関係に基づく息の合ったスピリッツオブゴートの動きは、長年連れ添ってきた使役獣でないと出せない熟成された動きだった。
(浮遊するリングは全部で八つ。一つが入り口、一つが出口の役割を果たすとすると一度に四つの攻撃までなら吸収して防ぐことができるってことか)
相手に聞かれないよう心の中で想い、伝えたスピリッツオブゴートの情報に今なお攻撃を続けるウィズは心の中で首を傾げた。
(リングが八つなら防げる攻撃も八つなんじゃないの)
単純に考えればウィズの言う通り、リングが八つあるのだから防げる攻撃も八つのように思えるだが――
リングから返されるウィズの攻撃をかわしながら、ユウトは心の中でウィズの言葉を否定した。
(いや、レオから聞いた話だとあのリングは二つの能力を有してるみたいだ。一つは敵の攻撃を吸収して跳ね返す四次元トンネルのような能力、そしてもう一つはリングの中に物質を収納して好きなタイミングで取り出せる四次元クローゼットみたいな能力)
今ウィズの攻撃を吸収してユウト目掛けて返しているのはスピリッツオブゴートの一つ目の能力、もう一つはレオをがれきの下敷きにして生き埋めにしようとした能力。
スピリッツオブゴートのリングにはこの二つの能力が備わっているとユウトは看破した。
(なんか、どこぞの未来型ロボットみたいな能力だね。見た目ヤギだけど)
(恐らく奴の使役獣は同時に二つの能力を使うことは出来ない。使えるのはどちらか一方の能力だけだ)
前者の能力は入り口と出口の役割を担う一対のリングが必ず必要になる。故に防げる攻撃は四つまで。後者の能力なら確かにウィズの言う通り八つまでの攻撃を防ぐことは可能だが…………
(どちらか一方の能力しか使えないということはおそらく能力を切り替えて使用する際に若干のラグが生じるはず。だが、ウィズに息つく暇もなく攻撃をされている今の状況で一瞬とはいえ何もできない時間を生じさせてしまう能力の切り替えをするのはあまりにもリスクが高すぎる)
この状況でスピリッツオブゴートが能力の切り替えを行うことは不可能だと断言できた。
(じゃあ、このまま攻撃し続けてれば向こうは防戦一方ってこと)
(ああ、その通りだが――)
パリィィン
返されたウィズの魔法攻撃をユウトが躱した。
瞬間、再び後ろの窓ガラスの一枚が勢いよく割れた。
(埒が明かねぇな)
息も吐かせぬウィズの連続魔法攻撃に対しスピリッツオブゴートの反撃はリングによる反射(リフレクション)攻撃のみ。
事実、金色のリングを除けばスピリッツオブゴートに残された攻撃手段は鋭い爪でのひっかく攻撃のみ。どうみても肉体派ではなく頭脳派のスピリッツオブゴートがただでさえ的が小さいかつ宙を自由に動けるウィズをその爪で捉えることなどほぼ不可能。
例え捉らえられたとしても冒険始まって次の街に行く前に誰も使わなくなってしまうような初期わざではいくら紙耐久で有名な魔術師(ウィザード)が相手でも即致命傷を与えられるほどではない。むしろ攻撃のために隙を作ってしまうため、やるだけ損な攻撃と言えた。
(奴の使役獣にウィズを直接攻撃する手段はない)
(そろそろ、こちらの能力についてある程度考察できたところでしょうか)
ユウトのスピリッツオブゴートに対する分析は間違っていない。だが、そのスピリッツオブゴートの能力を分析し終えるまでの時間はヒツジがあえてユウトに与えた時間だということにユウトはこの時まだ気づいていなかった。
(先手必勝。これはどんな勝負においてにも定石ですからね。先手を打たれる前に、こちらが先に先手を打たせてもいましょうか)
「アー――」
「ウィルオウィスプ」
ユウトが右手を出した瞬間、それよりも早くヒツジは右手をユウトに向け突き出し叫んだ。自身の内に根源を宿す、もう一体の使役獣の名を……
ヒツジの狙いはユウトの注意をスピリッツオブゴートに集中させること。
テイマーであれば自身の使役獣の他にもう一体、同時に計二体までの使役獣を顕現、使役することができる。
レオのようななりたてほやほやのテイマーでもない限り、自身の他に他者の使役獣の根源を二、三個は取り込んでいると考えるのが普通だ。
スピリッツオブゴートの能力は明らかに支援(サポート)系の能力。その真価はもう一体の使役獣がいて初めて発揮される。
いつの間にかユウトの背後に金色のリングが忍び寄っていた。
「っ、何」
リングの中から飛び出てきたのは人の頭ほどの大きさがある炎の球体。燃え盛る火の玉がユウトを焼き尽くそうと猛スピードで迫って来た。
「ユウトっ――」
相棒を守ろうとユウトの元へ向かおうとするウィズだが、間に合わない。
「終わりです」
どうみても摂氏百度は優に超えている火の玉に火傷はおろか全身丸焦げにされる直前――青い炎がユウトの目の前に湧き上がり、火の壁を作り出した。
(青い炎、ですと……)
火の玉はユウトを守るように現れた青い炎の壁に呑み込まれあっさり鎮火させられてしまった。
(一体何が――)
「ギョエッ」
「ウィルオウィスプッ」
突然、リングの向こうから謎の腕が伸びてきてヒツジの傍にいた使役獣――ウィルオウィスプの喉元を掴むとリングの中へ引きずり込んでしまった。
「ふむ、こいつがさっき火の玉を飛ばしてきた使役獣か」
気づくとユウト隣には新たな使役獣が顕現していた。
「あなたは……」
ぱっと見ユウトより少し年上の二十代前半くらいの青年に見えなくもないが、その見た目は異質そのもの。
ヒツジと同じ仕立ての良いスーツのような黒服に身を包んでいるが、髪の毛は右半分が赤、左半分は青。目の色はその逆で右が青、左が赤のオッドアイ。頭にはスピリッツオブゴートと同じように動物の角を模したような悪魔の角が生えているのだが、それも左右で異なり右がヤギ、左がヒツジである。まさにアシンメトリーを体現したようなその使役獣の手には、ウィズと同じ二頭身の手にランタンを持ったかぼちゃ頭の使役獣――ウィルオウィスプが逃げられないようしっかり握られていた。
「アーク」
ユウトが出したもう一体の使役獣――アーク。スピリッツオブゴートと同じ悪魔(イビルス)である。
「たく油断しやがって。それでもてめえは俺様のマスターかよ」
「わ、悪い」
テイマーであるユウトに悪態を吐きながらアークは敵であるヒツジを苛立たし気な目で睨みつけた。
「ちっ、じじいか。本当は若い女の魂が好みなんだが、仕方ねえ」
そう言うとアークはウィルオウィスプの喉元をがっちり掴んだまま、腕にギュっと力を込めた。
「ぎょっ」
(まずい)
「戻れ、ウィルオウィスプ――」
アークのしようとしていることを察し、ヒツジは慌ててウィルオウィスプを、その根源を自身の中にエスケープさせようとしたが、一歩遅かった。
「ぎょえええええええええええええええええええええええええ」
悲痛な叫びを上げながら、ウィルオウィスプはアークに容易く握りつぶされた。
「ぐおっ」
ウィルオウィスプが握りつぶされた瞬間、ヒツジの全身を強烈な痛みが襲った。
アークは手に残ったウィルオウィスプの残滓――オレンジ色の火の玉のような形をしたウィルオウィスプの根源をしばらく見つめると、ナッツでも食べるかのように自身の口の中にポイッと放り込んだ。
「悪くねえな」
(あれが彼のもう一体の使役獣、ですか)
アークは頬張った根源を何度かモグモグ、口の中で咀嚼した後、ウィルオウィスプの根源をゴクッと呑み込んだ。ウィルオウィスプという存在を完全に自身の中に取り込み、消失させたのだ。
根源とその根源を内に宿す宿主さえいれば使役獣は何度倒されても蘇ることが出来る。だが、その根源を砕かれるか他の使役獣に食べられてしまえば話は別である。
ウィルオウィスプはアークの手によりこの世から完全に抹消されたのだ。
「おいじじい、早く次を出しな。てめえの魂も、てめえみたいな死に損ないに従う下賤な輩の根源も、全部この俺様が喰らいつくしてやるぜ」
これぞ悪魔という獰猛な笑みを浮かべるアーク。
その姿にヒツジはひんやりとした冷たい汗を額からこぼした。
(中々に凶暴そうですが、品性はあまり感じられませんね。ここは一つ、戦いとは力ではなく知略で決まるという事をお見せして差し上げましょう)
ヒツジは新たな使役獣を顕現させた。
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