第11話 聴聞
「いっっっっっっっっっっってえええええええええええええええええええええええ」
建物中に響き渡るやかましい男の情けない叫び声。
(うわっ、なになに手榴弾でも爆発したの)
(相変わらず騒がしい奴だな)
『院内ではお静かに』と壁に書かれた貼り紙のすぐ隣、今し方男の叫び声が聞こえた大部屋のドアをユウトは鬱屈とした気分でノックした。
「病院でくらい静かにしやがれ、叩きだすぞ」
「怪我人に掛ける言葉じゃねえ」
何かしらの処置を終え部屋を出る看護師と入れ代わりにユウトはレオのいる四人までの患者が入院できる大部屋へと入っていった。
「また、ケンカか」
「俺から売ったわけじゃねえよ……押し売りだ」
「そりゃあ、だいぶぼられたな」
絶賛停学中のレオが入院したという情報をユウトはレオの妹――リナからメールで知らされた。
また大好きなお兄ちゃんが変な事件に巻き込まれているのではと心配になったのだろう。正直、気乗りは全くしなかったのだが一度は乗り掛かった船。
もうすでに下船したような気もしなくはないが……
使役獣・テイマー関連の事件ならば見過ごすわけにもいかず、ユウトは嫌々、事態把握とついでにレオの見舞いのためリナから聞いたレオの入院した病院へと足を運んだのだ。
「まあでもその調子なら、怪我は大したことなさそうだな」
「全身包帯でぐるぐる巻きなんだけど。全身あざだらけなんですけど」
「だから――その程度なら大したことないんだよ」
「……まじかよ」
リナから聞いた話ではどこぞの誰かが積み上げた瓦礫の山の傍を通りかかったところ偶然その瓦礫の山が崩れ、下敷きになりかけるがたまたま近くに人一人が入れるほどの穴がアスファルトの地面に開いており、瓦礫に埋められる直前そこにすぽっとキレイにハマり瓦礫の雪崩を回避、ただならぬ物音を聞きつけ駆けつけた警察官に穴から引きずり出されてこの病院に運ばれたらしい。
(どんな状況だよ)
「で、敵はどんな奴だった」
リナから聞いた時はまだ半信半疑だったが、レオの状態を見て確信した。レオは使役獣、もしくは好戦的なテイマーの襲撃を受けたのだ。
「使役獣は山羊の骨みたいな頭してた、まんま悪魔みたいなやつだ。テイマーの方はレインコートを目深に来てたからわからねえが、たぶん男だ」
「男、か」
停学期間中のレオは知らないが、レオの襲撃事件以降、ユウトたちの学校の生徒が謎の襲撃者に襲われる事件が連日発生している。
(確か襲われた生徒たちが全員レインコートを着た人間がいつの間にか自分の前に立っていたって言ってたな)
被害者は誰も自分がいつ誰にどうやって襲われたのか覚えていないという不可解な事件。
(十中八九レオを襲ったテイマーと同一人物だな。狙いは、自分と同じテイマーの炙り出しとその抹殺か……)
その後、ユウトはレオから襲撃者が使っていた使役獣の能力、スピリッツオブゴートという名前を聞きだし、謎の襲撃者に関する情報収集を一通り終えた。
「そういえば、お前のクラスに転校生が来たらしいな」
これ以上有用な情報は得られないと判断し、早々にこの場を立ち去ろうとしたユウトだが、その前にレオに話題を振られてしまった。
「お前も同じクラスだろ」
「停学期間が長すぎて、実感ねえよ」
ただの世間話ならとっとと切り上げて部屋を退出したかったユウトだが、そうではなかった。
「そいつ、怪しくないか」
「…………」
時期外れの転校生、その直後起こった謎のテイマーによる連続襲撃事件。時系列を考えると出来すぎなくらい出来すぎている。
(ユウトの友達ってそういう人多いよね。類は友を呼ぶってやつ)
(やめろ。気が重くなる)
『テイマー同士は引かれ合う』
いつしかの自分の言葉が脳裏を掠めた。
「怪しいといえば、怪しさは天元突破してるが、お前が襲われたのは昨日の夕方なんだろ」
「そうだけど、それがどうかしいたか」
「その時、シオンは俺と一緒にいた」
「え、なんで」
あまりのレオの驚きようにユウトは少しイラッとした。
「誘われたんだよ。シオンから、一緒に帰って親交を深めようって」
(親交は全然深まらなかったけどね。何あれ、面接。どこかの企業のレセプションパーティ)
(やかましい。レセプションパーティなんて行ったことないだろ。俺もだけど)
「ユウトと一緒にいた……余計怪しい」
(なんでだよ)
怪しいと言えば怪しさ満点だが、今のところ証拠は何もない。
ユウトたちのいるこの国は法治国家。そして、法治国家の基本理念は疑わしきは罰せず。
どんな怪しかろうと今のユウトにシオンをどうこうしようという意思は欠片もない。
「とりあえず、情報提供感謝する。体の方も大丈夫そうでよかったな。じゃあ」
これ以上話し合っても時間の浪費にしかならないと結論付けユウトは手早く部屋を後にしようとした。
「ええ、もう帰るのかよ」
「用はもう済んだからな」
部屋を出る直前、ユウトはレオに最後の助言を投げ掛けた。
「これに懲りたらこれ以上不用意に足つっこむんじゃねぞ」
「わあってるよ、んなこと」
ユウトが部屋を出た後、レオはしばらく一人でこれまでの、テイマーとしての才覚が芽を出してからの鮮烈かつ苛烈な日々について思いを馳せた。
痛感するのは自分のテイマーとしての圧倒的な実力不足。
本来レオはすでに二度、死んでいるはずだった。
一度目は初めてテイマーとしての才能が目覚めた夜、ソウマと使役獣のリッチーによって。あの時はレオの使役獣であるアキレスがまだ虚狭空間を創り出せるほどに成長しておらず、アキレスを手に入れたかったソウマはレオに怨霊を憑りつかせて、逃した。
もしソウマの狙いが強力な使役獣を手に入れることではなくテイマーの抹殺だったら……
今回レオが無事だったのは本当にただの偶然、相手が自分を対等な敵と認識していなかったからこそ生まれた相手の油断によるものだ。
もし、今回の襲撃者の相手が自分ではなくユウトだったらあのコート男はこんなへまをしただろうか……
以前ユウトはレオにテイマーとしての才があるからといってテイマーとして生きなくてはいけないわけではないと言った。今まで通りテイマーではなくただの高校生、夢見玲雄(ゆめみれお)として生きる道もちゃんと残っていると。
レオはあの日からこの問題に対してずっと目を背けてきた。
だが、レオを曲がりなりにもテイマーとして認識して襲ってくるテイマーが現れた今、もう見て見ぬふりをすることは許されない。
向き合わなくては――自分のためにも、大切な妹のためにも。
自分自身と、これからの自分の未来に……
「わかってはいるんだけどよ……」
レオはこの後しばらく、頭から布団をかぶって自分の将来という正解のない問題についての答えを出すため、悶々と過ごすことになった。
★★★
(これからどうするの、ユウト)
(……帰るよ、必要な情報は手に入ったしな)
病院を出た後、ユウトは寄り道せず真っすぐ自分の家に向かって歩き出した。
(謎のコート男はいいの)
(良くはないけど、情報がな)
いくつかレオから有益な情報を聞くことは出来たが、あくまでそれは襲撃者といざ自分が対峙することになった際に役立つ情報であって、それだけで襲撃者を特定、追跡するのは不可能だった。
(もしそいつの目的がテイマー――俺の抹殺ならいずれ俺たちの前に現れるだろう。現にレオをヤった後も俺たちの学校の生徒を襲ってるんだからな)
(ユウトを探してるの)
ウィズの言葉にユウトは心の中で頷いた。
(たぶんな。どこで知ったのか分からないが、レオ以外にテイマーがもう一人、うちの高校の生徒の中にいる。そのことは確定情報として知っている。だが、それが誰なのかはわからない)
(だからユウトと同じ高校の人たちを片っ端から襲って確認してるの。虚狭空間を顕現させて、テイマーなら虚狭空間の中でも自由に動けるし襲われたら嫌でも反撃しなくちゃいけないから)
(大方そんなところだろうな)
ここ最近行われている襲撃者の蛮行、その意図を知りウィズは苦虫を嚙み潰したような声を上げた。
(傍迷惑な話だね)
(全くだ)
(…………………)
(どうしたウィズ、体調でも悪いのか)
(別に)
急に黙りこくってしまったウィズを心配していると、突然背後からユウトは名前を呼ばれた。
「ユウトじゃないか奇遇だね、こんなところで何をしてるの」
「シオン……」
先ほどレオとの会話で挙がった完璧なアリバイがあるにも関わらず襲撃事件の最有力容疑者筆頭、逢魔紫苑(おうましおん)がユウトに話しかけていた。
「ちょっと病院に用があってな」
「病院に、どこか体の具合でも悪いのかい」
「ただの見舞いだよ。夢見玲雄(ゆめみれお)っているだろう。停学中の」
「うん、まだ会ったことなくて僕はよく知らないんだけど」
「そいつが最近この近くの病院に入院したって話を聞いてな。知らない仲でもないから見舞いくらいはって思って――今はその帰りだ」
「へえ、そうだったんだ……」
(………………)
ユウトの性格上、レオがテイマー絡みの事件に巻き込まれてなければ面倒くさくて絶対見舞いになど行ってないと断言できるウィズだが、シオンに平然と友人想いの好青年を装う相棒(ユウト)の姿にドン引きして口を動かすことができなかった。
「ユウトも気を付けた方がいいよ。最近僕たちの高校の生徒が襲われる事件が連日で起こってるって話は当然知ってるだろう」
「知ってるよ。俺もその高校の生徒だからな。でも襲われるのは決まって日の落ちる夕方か落ちきった夜中だろ。まだ昼間だぜ」
「それでもだよ。今までがそうだったからって、次もそうとは限らないだろう」
シオンの至極真っ当な言葉にユウトは首を縦に振らざるを得なかった。
「確かにシオンの言う通りだな。じゃあ、俺はおとなしくこのまま帰らせてもらうよ。お前はこれからどうするんだ」
「僕はこれから人と会う約束があってね」
よく見ると、いやよく見なくてもシオンが着ているのはビジネスの必需品青みがかかった黒色のスーツだった。
朝早く学校に行く時によくすれ違う疲れた顔をしたサラリーマンが着ているものより遥かに質の良さそうなサイズぴったりのぴっちりスーツ。
(オーダーメイドってやつか)
「さすが大財閥の社長様ともなると毎日大変だな」
ユウトの言葉にシオンは肩をすくめてみせた。
「からかうなよ、それより、これから一緒に会う人と食事をする予定があるんだけど良かったらユウトもどうだい」
大財閥の実質トップであるシオンとの食事、恐らくこれから先一生ユウトが入ることはないであろう高級料理店で行われるのだろう。
だがしかし、ユウトはシオンの誘いを即座に断った。
「遠慮しとく。お前とは話できても、これからお前が会う相手と俺が、馬が合う保証はどこにもないからな」
どんなに高い料理でも一緒に食べる相手次第ではカップ麺の方がうまく感じる時がある。
合うかどうかも分からない相手と一緒に食事をするくらいならこのまま家に帰って冷蔵庫の余り物で何か適当に作った方がましだとユウトは考えたのだ。
「はは、ユウトらしいね」
自身の誘いをあっさり断れてもシオンは笑顔だった。
ここで、ユウトはシオンと会ってからずっと気になっていたことを質問した。
「そういえば、森谷さんはどうしたんだ。さっきからどこにも見当たらないんだが」
いつもシオンの傍でシオンのサポートをしている爺やこと執事の森谷日辻(もりやひつじ)。学校の中でさえトイレ以外はほとんどシオンの傍を離れず、一歩後ろで常に控えている執事の鏡のような老人だが、今はどこにもその姿が見当たらなかった。
「じいや。じいやにはちょっとおつかいを頼んでいてね。もうしばらくしたら戻ってくるんじゃないかな」
「そうか」
(いくら頼まれたからと言っても大財閥の将来を担う御曹司を街のど真ん中に一人ぼっちにしていいのかよ)
おもむろに時間を確認するとすでに病院を出てからかなりの時間が経過していた。
貴重な休日、これ以上おしゃべりで時間を浪費したくないユウトは多少強引に会話を打ち切った。
「じゃあ俺はここで、シオンも人の心配ばかりしてないでしっかり自分の身の安全のことも考えておくんだぞ」
「わかったよ。今度夢見(ゆめみ)君のお見舞いに行くときは僕も誘ってくれよ。何か早く退院できるようになりそうな物を差し入れに持っていくから」
最後慌ただしくなりながらもユウトとシオンは互いに別れた。
別れて数秒後、ユウトとシオンは互いに背を向けたまま同時に、顔に張り付けていた嘘という名の仮面を引っぺがした。
((なん、だと))
両者は振り返りたい気持ちをギュッと押し殺し、そのまま歩いて行った………………
★★★
現(うつつ)と虚ろの狭間にある不定な世界。虚狭空間。
「うぁあああああああああああああ」
空間を囲う黒い幕が取り払われた瞬間、男の悲痛な叫び声が辺り一帯に響き渡った。
「ああああ、ああ、あ」
叫び声を上げた男は肩から血を流しながら、強烈な激痛に意識を呑み込まれまいと必死に抗っていたが結局、数瞬の内に音を上げ、目の前に立つコートを目深に被った男に跪くような形で意識を完全に消失させた。
「またしても違いましたか」
襲った相手がお目当ての人物ではないと知り、落胆する男の懐に忍ばせていた携帯が静かに振動した。
(メール……っ、これは)
薄暗い液晶に映し出された文面を見て、男は衝撃を受けると共に激しい羞恥に襲われた。
それは何事も完璧であることを追及して来た男にとって何事にも耐えがたい事実であり、男の人生初めての大失敗だった。
「私としたことが少々相手を甘く見過ぎていたようですね」
男はすぐさま行動を起こす決意を固めた。
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