第10話 死角からの刺客
「行けっ、アキレス」
先手必勝といわんばかりに謎の黒ずくめテイマーに向け攻撃の指示を出すレオ。
(聞きたいことは山々あるが、んなもんコイツをぶっ倒してからでいい。それより――)
ユウトとの戦いからしばらく時間は経っているがレオの使役獣――アキレスは前回の戦いの傷から完全には回復していなかった。
(アキレスはまだ本調子じゃねえ。戦いが長引けばどんどんこっちが不利になる。あいつの使役獣がなんだかわからないが、テイマーである奴自身をとっと倒してしまえば関係ねえ。悪いが、速攻で決着着けさせてもらうぜ)
いくら消耗しているといっても使役獣、その中でも特に武勇に優れると言われる戦士(えいゆう)の全力の拳、当然生身の人間が捌けるようなものではない。
「おっと」
瞬き一回程度の間に距離を詰めたアキレスの動きに謎のコート男が驚きの声を上げたのも束の間、アキレスの攻撃に応じるようにコート男も自身の使役獣を顕現させた。
「いっけええええええええええええええ」
コート男に襲い掛かるアキレスの超高速の連続マッハパンチ。だが――
「がっ、はっ」
血反吐を吐いて膝から崩れ落ちたのはコート男ではなくレオの方だった。
コート男目掛け嵐のような連撃をアキレスが繰り出した瞬間、レオは全身を鉄球の雨に打たれたような激痛に襲われた。
(な、何だ、何が起こったんだ)
立っているのがやっとのほどの大ダメージを受けたレオだがかろうじて意識だけは何とか繋ぎとめてみせた。
「ほう、これを耐えますか」
その姿にコート男は感嘆とした。
霞む視界の中、それでもレオははっきりと視認した。
コート男の前に立つ、使役獣――山羊か羊の頭蓋骨のような頭部とそれ以外の全身をすべてぼろ布で隠したザ・悪魔といった出で立ちをしたその姿を……
「それがてめえの、使役獣か」
「羊の霊(スピリッツオブゴート)と申します。どうぞ、お見知りおきを」
コート男の使役獣――スピリッツオブゴートの周囲にはいくつもの金色のリングが空中を自由自在に浮遊していた。
(ち、本当は奴の使役獣を出される前に本体を叩きたかったが、でちまったもんは仕方ねぇ。奴の能力が分からねえ以上、不用意に近づくのは危険だ)
「下がれ、アキレス」
レオの指示に従いアキレスは軽やかな足取りで数歩、三メートル後方へと下がった。
この一連の動作を見たコート男はレオを、自身の敵に成り得るほどのテイマーではないと判断を下した。
(テイマーと使役獣は口に出さずとも心で会話ができる。にも関わらず、彼は今自身の使役獣に対して声を出して指示を出した。明らかな経験、知識不足。未熟な証拠ですね)
(奴の能力が分からねえ以上不用意に近づけねえ、てか近づきたくねえ。これ以上奴の攻撃を喰らっちまったら冗談抜きでこっちの体がもたねぇ)
常人に比べてはるかに頑丈かつ体力のあるレオだが、アキレスと同じく先の戦いの傷がまだ完全に癒えていなかった。刻一刻と限界が近づいてきている……
(俺のアキレスはユウトのウィズと違って接近戦特化型、どうやって奴と奴の使役獣に攻撃すれば……)
しばらく考え込んでいたレオだが、やがてある事を思いついた。
「こないのですか。でしたらこちらから――っ」
突然、コート男の顔面目掛けてゴミ箱代わりに使われていたポリバケツが猛烈なスピードで蹴り飛ばされた。
時速百キロに近いスピードで空中を飛来する青いゴミ彗星はコート男の顔面目掛けて一直線に迫り、スピリッツオブゴートの周りを浮遊するリングの中を通った瞬間、跡形もなく消失――浮遊する他のリングの内の一つから今度はレオに向かって消える前と全く同じスピードで飛来してきた。
「それが、てめえの使役獣の能力か」
自身の主に向かってきたポリバケツはアキレスがいとも容易く叩き落した。レオはコート男の使役獣の能力を看破することに成功した。
「ほほう、やりますね」
コート男は先ほどのレオに対する評価を少しだけ改めた。
(直情的で無鉄砲なだけの方だと思っていましたがいやはやどうして、意外と柔軟。勘も良いようですね)
(奴の使役獣の能力はあのリングで通した物を一旦消して、他のリングからまた出す能力。中が繋がってない入り口と出口しかないトンネルみたいなもんか)
先ほどレオが受けた攻撃の正体はコート男の使役獣スピリッツオブゴートの周りに浮遊するリングで転移・反射させられたアキレスの拳だった。
(厄介な能力だが、倒せねえ相手じゃねえ)
ソウマの使役獣――死霊王リッチーと違いコート男の使役獣――スピリッツオブゴートに物理攻撃は効く。
そうでなければ、わざわざアキレスの攻撃を全て空中に浮遊する金色のリングで転移・反射させる必要はない。
レオのアキレスなら、一瞬不意を突くことさえできればスピリッツオブゴートの懐に飛び込み必殺の拳を叩き込むことが出来る。
「何かないか、何か……」
(ほんの少しでいいから、奴の意識を逸らせる突拍子もない何か……)
しかし、肝心のその不意を突く方法がレオには思いつかなった。
(ふむ、伸びしろはあるようですが、やはり実力不足は否めませんね)
次の策を思いつけないレオの姿を見て、コート男はほんの少しだけ肩を落とした。
「もう遅いですし、そろそろ終わりにしましょうか」
「何――っ」
コート男が指を高らかに上げパチンッと鳴らす。
釣られてレオも視線を男の上空へと移動させた。
そこにはコート男の指パッチンを合図にさっきまでバラバラに浮遊していたはずのスピリッツオブゴートの金色のリングが横一列に、レオの視界の端から端まできれいに並んだ。そして一列に並んだ金色のリングたちはレオに向かって一斉に同じあるものを吐き出した。
「しまっ――」
視界を埋め尽くすほどの大量の瓦礫の山。
スピリッツオブゴートのリングは輪から輪へリングの中を潜ったモノを移動させるだけでなく、一時的に輪の中にモノを保管する能力もあったのだ。
(だめだ、避けられねえ――)
覚悟を決めたレオだったが、突然――
(下だっ、ふせろっ)
「ッ」
スピリッツオブゴートが出した瓦礫の山に下敷きにされる寸前、レオは快活な男の透き通るように真っすぐな声を聞いた。
ガッシャャャャャン
(見どころはある方のようでしたが、所詮はこの程度)
「誠に残念です」
近くの建て替え工事の現場から拝借した瓦礫の残骸にレオがしっかり全身見えなくなるまで生き埋めにされたのを確認して、謎のコート男はその場から立ち去って行った。
まさか大量の瓦礫に生き埋めにされる直前、拳でアスファルトの地面を穿ち、人一人が何とか入れるほどの穴を刹那の間に作り一トンにも及ぶ瓦礫の山の確殺圧殺を回避したなどと、さしものコート男も予想だにしていなかった。
この日を境にユウトたちの通う高校の生徒たちが謎の襲撃に遭う不可解な事件が連日起こることになった。被害者たちは全員肩や腕などに大怪我を負っており、襲撃者の人相はおろかいつどうやって襲われたのかもわからず、気づいたら突然、腕や肩から血が噴き出し激痛に襲われたと駆け付けた警察官たちに証言している。このことを警察は突然襲われたことによる一時的な記憶障害と判断し、連続通り魔事件として捜査が開始された。
襲撃者について一切わからないと供述する被害者たちだが一つだけ共通して証言していることがあった。それは、襲われた直後にさっきまでいなかったはずのコートを着た謎の人物がいつの間にか自分の目の前に立っていたということだった……
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