第9話 奇襲
午後の授業が終わり放課後――
「ユウトっ」
「どうした、シオン」
いつも通り、速攻で帰り支度を済ませ教室を出ようとしたユウトをシオンが呼び止めた。
「せっかくだから途中まで一緒に帰らないかい」
「えっ、俺と」
予想だにしてなかったシオンの申し出に周りでこっそり聞き耳を立てていたクラスメートたちがざわざわとし始めた。
「迎えの車とかあるんじゃないのか」
「確かにいつもは爺やが車で送ってくれることになってるけど、今日ぐらいは、ね」
見回してみると昼間に見たジイヤの姿がいつの間にかどこにもなくなっていた。
「ジイヤならついさっき帰ったよ。若い者は若い者同士って言ってね」
(セキュリティ的に大丈夫なのかよ)
断る理由も体のいい理由も思いつかなかったため、ユウトはシオンの提案を受け入れることにした。
「俺でいいのか」
「君が良いんだよ」
状況を呑み込めないクラスメートたちを余所目に二人は一緒に教室を出た。
★★★
ユウトとシオンが共に校舎の門をくぐり近くの大通りを並び歩いていた頃、絶賛停学期間中のレオはバイトまでの時間の暇潰しに人気(ひとけ)のない入り組んだ裏路地を一人、当てもなくブラブラ歩いていた。
「……本当にいつも通りなんだな」
なんとなくふらふらと歩いていたレオがたどり着いたのは入り組んだ裏路地の奥深くにある先が行き止まりの薄暗い通り。
傍から見れば何の変哲もないただの通りなのだが――実際レオにとってもこの間までは本当に何でもないただの通りだったのだが今となっては因縁深い、ある意味では想い出深いと言ってもいい場所となっていた。
(不思議な気分だぜ。目の前にある景色は何も変わってねえのに、全然違うものに見えちまってる。同じ場所のはずなのに)
先日、レオは偶然使役獣――カゲロウヤンマの創り出した虚狭空間に迷い込み、ここであのトンボの怪物の頭を拳で打ち砕いた。己の内に秘めるテイマーの力を覚醒させて……
「テイマー、使役獣……」
(お前が知る必要はないことだ)
「っ――」
人間の業、その権化ともいえる使役獣、その深淵へと不用意に踏み込もうとするレオの意識を、先日聞いたユウトの言葉が釘を刺した。
(素質があるからって必ずテイマーにならなきゃいけないわけじゃない。死ぬまでテイマーの才能が目覚めない奴だっているわけだからな)
この場所に来る前にレオは初めてカゲロウヤンマと出会った場所にも立ち寄っていた。ある事を確かめるために。
レオがカゲロウヤンマと邂逅したとき、彼の怪物は人間の頭をまるでフルーツを皮ごと丸かじりしているかのようにむしゃむしゃと喰らっていた。
あの人はどうなったのか、結末はすでにわかっていたが、確かめずにはいられなかった。
結果――そこには乾いた血の後だけが残っていた。
死体は騒ぎになることを恐れ、ソウマがすでに処理していたのだが、レオはそれを知らない。凄惨な事件が起きた現場を見た瞬間、レオは強烈な眩暈に襲われた。
まるで今までの出来事全てが嘘偽り幻であるような錯覚、そうだと思い込みたい弱い心、逃げることを許さずすべて現実であると突き付ける非常な血だまりの乾いた跡……
「俺は一体、どうすりゃいいんだよ」
その問いに誰も答えてはくれない。
「……バイト行くか」
結局、答えが出ることはなく、それでもレオの日々は続いていく。
レオはその場を後にすることに決めた。
★★★
シオンの誘いで一緒に下校することになったユウトだが、普段ウィズとソウマ以外に話し相手のいない陰キャボッチ高校生ユウトと毎日毎日画面越しにスーツを着た大人と打算まみれの話しかしてこなかった若手社長シオンの会話が盛り上がるわけもなく――
「ユウトはどうしてあの高校に」
ユウトは面接を受けているような気分でソウマと会話をしながら、隣を肩を並べながら歩いていた。
「どうしてって言われてもな」
二人の会話の基本(スタンダード)は、まずシオンがユウトに質問する。
「たまたま近くにあったのがあの高校だった、としか」
それにユウトが答える。
「そういうシオンはこそどうして俺たちの高校に転校してきたんだ、何か理由があるんだろ」
そしてユウトが自分にされたものと全く同じ質問をシオンに投げかける。
「それこそたまたまだよ。本業と両立するのにこの高校は都合が良かったんだよ」
「学生の本業は勉強じゃないのかよ」
「あはははは、確かに」
コミュ力はなくとも効率の良いやり方を無意識の内に見出してしまう似た者同士の効率厨二人。
二人は会話のスタンスを崩さず、タイパの良い会話のやり方というのを見つけ出し互いにそれを共有してしまっていた。
「つまり僕たちは出会ったのはたまたまの偶然。正真正銘、運命ってことだね」
「運命、ねぇ」
この後も二人はこのシステマティックにブラッシュアップされた(言葉の)キャッチボールを続けていき、二人の会話が弾むことは最後までなかった。
★★★
バイトへ向かうため、裏路地から表通りへ出ようとすいすい入り組んだ道を進んでいくレオだったが途中で、その足を突然止めた。
「そろそろ姿を現したらどうだ」
「…………」
あと少しで人通りの多い大通りに抜けられる直前で、レオは足を止め後ろに向かってそう言い放った。
「バレてねえって思ってるんなら、それは大間違いだぜ。とっとと正体見せやがれ」
「…………」
誰もレオの言葉に返答するものはなく、レオの投げ掛けた言の葉は空気中に溶け霧散した。
「ちっ、無視かよ」
何の確証もなくただ思い付きでレオは鎌をかけにいったわけではない。
日頃、チンピラたちからケンカを売られることが多く、不意打ちで突然奇襲されることも少なくないレオは人の視線や足音に常時敏感になっているのだ。
それこそ日々死と隣り合わせで生きるサバンナの動物並みに……
(こっちから仕掛けるか)
そして、レオの勘は当たっていた。裏路地奥から表通りへ向かう途中、レオはずっと何者かに尾行されていた。
その何者かが隠れているであろう建物の影へ向けレオが足を一歩踏み出した瞬間、追跡者がその姿をレオの前に現した
「これはこれは、まさか追跡に気づいておられたとは。さすがは、腐ってもテイマー。御見それいたしました」
レオの前に姿を現したのは全身を黒いレインコートで隠した謎の男。
「誰だてめぇは」
くぐもってはいるが声音で男だということだけはわかる。だが、それ以外は目深に被った明らかにサイズの合っていないぶかぶかのコートに隠され定かではない。
「言葉で言うより、実際に見てもらった方が早いでしょう」
パチンッ
コートの男は指を鳴らすと同時に、周囲の景色が一変。真夜中のような漆黒の空間が追跡者を中心にして展開された。
「これは――」
(あの時と同じ――)
展開されるところを見るのは初めてだが、この得も言えぬ不気味な雰囲気と鉛のように重くなる空気、これをレオが味わうのはこれで二度目である。
(虚狭空間)
「これでご理解いただけましたかな」
本来使役獣しか顕現させることのできない精神と現実の狭間にある虚ろな世界。
それを目の前の追跡者はいとも容易く、レオの目の前で展開して見せた。
この事象が示すことはただ一つ――
「こいつも俺と同じ」
謎の追跡者もレオと同じ使役獣を操る一握りの選ばれし人間――テイマーであるということだ。
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