第8話 怪しげな転校生

 レオの事件が終わってから一週間の月日が経過した。


 その間、ユウトの周りでおかしな事件などは一切発生することなく、平穏な日々がゆるやかに流れていった。


(……あいつがいないことにもだいぶ慣れた自分がいるな)


 事件の当事者――夢見玲雄(ゆめみれお)は停学中に起こした暴力事件で停学期間延長され、今も停学中。そして、事件の黒幕――ユウトの唯一無二の友人にして親友である灰谷壮馬(はいたにそうま)は家の事情でしばらく休学すると学校に連絡があり、今も休学中。


 虚狭空間内で起こった出来事をテイマーではない人間が認知する術はない。唯一認知できるのは虚狭空間内で起こった出来事がもたらす結果のみ。


 故にユウトたち以外誰もソウマが表舞台から消えた本当の理由を知らないし、闇の中に消えたソウマの次の蛮行を止められるのも、闇の中にいるソウマに再び光を差し表舞台へ引きずりあげられるのもユウトたちテイマーだけなのだが…………


 あれから一度もユウトはソウマの顔を見ていない。


(もうどっか他の街に行っちゃったんじゃない。ユウトに自分がテイマーだってバレちゃったんだし)

(いや、あいつはまだこの街にいる)


 相棒(ウィズ)の言葉をユウトは即座に否定した。


(少なくとも、次に俺と会って、この間の決着をつけるまではあいつがこの街を出ることはない)


 これはソウマを「親友だった」と呼べる程に交流があったユウトだからこそ、確信できることである。


(そ、じゃあ街で偶然すれ違ったりしないよう気を付けなくちゃね)


 徐々に重たくなっていく雰囲気をいち早く察知した相棒の間の抜けた気遣いにユウトは思わずフッと息を漏らした。


(その時は頼りにしてるぜ、相棒)

(まっかせなさい)


 それから数分後、ユウトたちのクラス担任をしている体育教師ともう一人、ユウトたちと同じ制服を着た見知らぬ黒髪の美少年が始業を知らせるチャイムと同時に教室へ入って来た。


「早く席に着け、今日はお前たちに重大発表があるからな」


(重大発表……)


 すでに盛大なネタバレをしてしまっているような気もするが、停学・休学中の二名を除く生徒全員がちゃんと着席したのを確認してから、担任教師は自称・重大発表を精一杯もったいぶってからみんなに発表した。


「うちのクラスに新しく転校生が入ることになった」


 クラスメート全員の視線が黒髪美少年に集まる。


「え、うそっ」

「てか、超イケメン」

「かっこいい」

「モデルさんとかかな」

「ケッ」


 眉目秀麗な美少年転校生の登場に女性陣は色めき立ち、男性陣はひがみ交じりにしらけた。


「じゃあ、早速自己紹介を頼む」


 露骨すぎるクラスメートたちの反応を全く意に介する様子なく転校生は淡々と自己紹介を行った。


「逢魔紫苑(おうましおん)です。よろしく」


(おうま……どっかで聞いたことがあるような)


 ユウトだけではなく、クラスメートのほぼ全員が転校生の名前にひっかかった。


「逢魔って、もしかして、逢魔グループの――」


 逢魔グループとはユウトたちのいる街に本社を構える、世界的大財閥の名前である。


「はい、僕は今そこで父親の代わりに取締代行をさせてもらっています。いわゆる社長代理ですね」


 今度はクラスメート一同騒然とした。



★★★



 午前の授業が終わって昼休み、シオンの周りにはとんでもない量の人だかりができていた。


(まるで動物園のパンダだな)


「ねえねえ、逢魔君って普段何してるの」

「今度俺たちと一緒に遊ぼうぜ、なあいいよな、なあ」


 整った容姿もさることながら、世界でも指折りの大財閥逢魔グループの実質的現トップということが判明して全員目の色が変わった。


(すごい人気だね、ユウトと大違い)

(一言多いぞ)


 シオンの元へは大財閥の御曹司とお近づきになりたい生徒や親しくして何かおこぼれに預かれないかと期待する輩が他のクラスからもひっきりなしに尋ねてきて、シオンは今の今までトイレに引く暇さえなかった。


(人気者は大変だね。まあ、俺には一生わからない世界の話だけどな)


「そうとは限らないんじゃないんかな」


「っ――」


 シオンに代わってトイレに用を足しに行こうとしたユウトだったが、突然背後より渦中の人物から声を掛けられた。


(逢魔、紫苑っ)


「初めまして今日から同じクラスに転校してきました逢魔紫苑です。君は確か――」


 いつの間にか、ユウトの背後に立っていたシオン。だがその背後にはさらに見慣れないモノクルを掛けた白髪の老人が立っていた。


「絆優人(きずなゆうと)様です。坊ちゃま」


((坊ちゃまっ))


 普段絶対聞かないワードに口をそろえて驚くユウトとウィズ。


「ああ、こっちは代々逢魔家の執事をしてくれている――」

「森谷日辻(もりやひつじ)です」


 動揺するユウトの心の内など一切知らず、ヒツジはお手本のような礼儀正しいお辞儀をただの男子高校生であるユウトに対してもして見せた。


「元々社長である父の秘書兼執事だったんだけど、今は社長代理をしてる僕の手伝いをしてもらってるんだ」

「へ、へえ」


 どちらかといえば陰キャよりで目立つことを嫌うユウト。当たり障りのない返事をしてとっととこの場を離脱しようと思っていたのだが、シオンがそうはさせてくれなかった。


「仕事が忙しくてね。あんまり学校には通えないと思うんだけど、せっかくだからいろんな年の近い人たちと友達になりたいと思っているんだ。よかったら君も僕と友達になってくれないかい」

「えっ、俺と……」


 思いもよらぬシオンからのお願いに驚き半分、面倒臭い半分、どうにかやんわり断れないかと半ば無意識の内に思案を巡らせるユウトだったが――


「坊ちゃまは幼少期よりずっと逢魔家でグループの後を継ぐため今まで必死に学んでこられました。そのため同年代のお友達と関わる機会が少なく、このまま若かりし青春時代の大部分を社長室で終えるのではと不肖この森谷とても心配しておりました」


「恥ずかしいだろう、やめてくれよ爺や」


((じいやっ))


「優人様がご迷惑でなければぜひ、坊ちゃまの良きご友人となってはいただけないでしょうか」


 あれよあれよという間に断りにくい状況に追い込まれてしまったユウト。


「それは、全然構わないですけど……」

「ははあ、この爺や心より感謝を申し上げます」


 さっきよりもさらに深く頭を下げるジイヤにユウトはいたたまれなくなり後頭部を掻きながら、ジイヤ――森谷日辻(もりやひつじ)の申し出を了承した。


「大げさだな、ユウトが困っちゃってるだろう」


 心から喜ぶジイヤにシオンは頬を掻きながら苦笑した。


(ユウトの友達第二号だ)


 ユウトの心の中でウィズは喜びを爆発させた。


「これからよろしくね、絆優人君」

「あ、ああ、こちらこそよろしく逢魔紫苑」


 友達ができたことを、諸手を挙げて喜ぶ保護者と相棒を尻目に、ユウトとシオンは照れくさい気持ちを押し殺して互いに手を取り合った。


 この握手が、二人がする一生で最後の握手であることを当人はもちろん、この時は誰も知る由がなかった。

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