第7話 陰キャ

「どう、して……」


(あれだけのダメージ受けて気絶してないなんて、頑丈な奴だな)


 アキレスが受けたダメージはそっくりそのままそのテイマーであるレオにも伝播する。紙耐久のウィズと違い屈強な肉体を持つアキレスだが、地面に穴ができるほどの勢いで叩きつけられたダメージである、気絶はもちろん、最悪衝撃の勢いで骨が折れていてもおかしくないのだが、立てはしないこそレオの体は無傷、損傷はなかった。


「お前はテイマー同士の戦い、そして使役獣についての知識がなさすぎる。それが今回の勝負の敗因だ」


「ていまー、しえきじゅう……」


 初めて聞く単語に首をかしげるレオ。


 その姿を見たユウトは未だ鼓動がうるさい自身の体を落ち着かせるため、ずっと肺にため込んでいた空気を一気に吐き出し、全身の熱を冷ました。


「お前が知る必要はないことだ。素質があるからって必ずテイマーにならなきゃいけないわけじゃない。死ぬまでテイマーの才能が目覚めない奴だっているわけだからな」


 テイマーになるにはテイマーとしての素質に加え、テイマーとしての才能を目覚めさせるための衝撃、きっかけが必要になる。


 そもそもテイマーとしての素質を持つ者が少ないのに、さらに才能が目覚めるきっかけに偶発的に出会う人間などほんのわずか、故にテイマーの総数はどこぞの海外の少数民族の総人口と大して変わらない。


 出会うことはおろか、テイマーと道端とすれ違うことすらなくほとんどの人はその一生を終えるのだ。


(まあ、類は友を呼ぶようにテイマー同士は互いに引かれ合うっていう噂もあるけどな)


 本音を言うとユウトはレオにテイマーになってほしくはない。テイマーとしての才能はすでに目覚めてしまっているが、本人がこれからの生活に細心の注意を払い、テイマーや使役獣関係の事件に積極的に関わろうとしなければ、今まで通り平穏、とはいえなかもしれないが、普通の、人間らしい生活を送れるはずだとユウトは考えていた。


「………………」


 ユウトはそう思いたかった。


 なぜ突然レオがテイマーとして覚醒したのか、なぜテイマーとして覚醒しただけでレオの様子がおかしくなったのか――当初、ここ最近のレオの様子がおかしくなったのはレオの中の使役獣が目覚めかけていることによるものと考えていたユウトだが、実際は目覚めかけていたのはレオの中に潜む使役獣ではなくレオ自身のテイマーとしての才能の方だった。ただの人間と違いテイマーには使役獣に対してある種の耐性を持っている。故によほど強力な使役獣でもない限り、テイマー自身が使役獣に使役されることなどそうそうある話ではないのだが…………


(今この話について考えるのはやめよう)


 わかっていないことはたくさんあるがユウトはこれ以上この事件に深入りするつもりはなかった。


(これ以上、この兄妹を使役獣関連の事件に関わらせるわけにはいかないしな)


この世にたった一人しかいない家族の帰りを、瞼を擦りながら今も家で待っているであろう健気な妹のためにも――ユウトはこれで事件は解決したのだとそう結論付けた


「夜も遅いし、運んでやるからお前の家の場所教えろ」

「…………妹はやらねえぞ」

「何の話だよ」


 事件は終わり、レオの纏っていた不穏なオーラも今や跡形もなく消失していた。後はレオを依頼主であるリナの元まで送り届けて万事解決。


 明日からまたユウトはユウトの、レオはレオのいつもの日常が始まる、はずだった――


「くふふふふふ、あはははははははははははは」


 ユウトの想いをあざ笑うかのように今回の事件の、本当の黒幕が深い闇の中より二人の前に現れた。


「てめぇは」


 黒幕の姿を見た瞬間、レオは忘れていた記憶を思い出した。


 レオは黒幕の顔を知っていた。虚狭空間で会う以前すでにレオは黒幕と邂逅していた。


 事件の黒幕、先日レオが自身の内に秘めたテイマーとしての才を目覚めさせるきっかけとなった、偶然迷い込んだ虚狭空間で出会ったもう一人のテイマー。


「どうしてお前が、ここにいるんだ」


 レオ以上にユウトは黒幕の顔に見覚えがあった。


「久しぶり、ユウト。いや、ついさっき会ったばかりだったね。この空間の中だとついつい、時間間隔がおかしくなっちゃって、困っちゃうよね」


 内気でコミュ障な彼は髪を切りに行くことさえ他の人より敷居(ハードル)が高かった。美容院はおしゃれ過ぎて足がすくみ、床屋は店主のおっちゃんの度が過ぎるフレンドリーさに足がすくむと言っていた。


 高校で出来た唯一の友人と家族以外まともに会話ができる相手がいない彼はいつも前髪を目元まで伸ばし、気が向いたら工作用のはさみで自分で髪を切っていた。


目元を隠す特徴的な灰色の髪………………


「ソウマ」


 人懐っこい微笑を浮かべながら、灰谷壮馬(はいたにそうま)は今朝もそうだったように気さくな調子でユウトに話しかけてきた。


「ユウト――」


 この事件の黒幕は絆優人(きずなゆうと)唯一の友達にして親友の灰谷壮馬(はいたにそうま)だった。

「お前が、今回の事件の黒幕だったのか」

「そうだよ」


 ソウマはあっけらかんとした口調で答えた。


「どうしてこんなことを」

「どうして……は、あはははははは」


 ソウマはまるでユウトとの今までの日々、そのすべてを笑い飛ばすかのように大きな声で腹を抱えながら笑った。


「そんなの決まりきってることでしょ――僕もテイマーだからだよ」

「っ――」


(ソウマも俺と同じ……)


 薄々そういう感じはしていた。すでにソウマはレオの展開した虚狭空間をさらに上から覆う形で虚狭空間を顕現させている。だが、レオの顕現させた虚狭空間は未だその存在を維持している。レオの展開している虚狭空間に足を踏み入れられている時点ですでに答えは示されていたのだ。


 ただユウトがそれを、目の前の現実を受け入れることを無意識の内に拒んでいただけで………………


「飛竜(ワイバーン)に戦士(えいゆう)の使役獣。どっちも使役獣の中じゃかなりのレアキャラだよ。大体は虫か獣種(ビースト)だからね。そこの不良君を見つけた時はツイてるって思ったけど、今日の僕はさらにツイてる。今までいろんな人の使役獣を育てて使役獣ガチャしてきた甲斐があったよ」


「他人の使役獣を育てただと……」


 ソウマの言葉に目を見開き驚くユウト。


「どういうことだ」

「何だ、おかしいのか、それ」


 使役獣についての知識が一般人並みのレオにはわからないが、使役獣とは宿主の欲望が満たされた瞬間に放出される満足エネルギーをエサに育つ心の怪物。エサに出来る満足エネルギーは自身の根源を取り込んだ宿主が放出したものに限られる。例外的に他の使役獣の根源を取り込むことで腹を満たさせる方法もあるが、基本他人の内に根源がある使役獣を育てることはできない。


 直接的には――


「ユウトと僕の仲だからね、特別に見せてあげるよ」


 そう言うとソウマは指をパチンッと鳴らし、自身の使役獣を顕現させた。


「来い、僕の使役獣――死霊王リッチー」


 一瞬にしてユウトたちの周囲を密度の高い濃霧が包み込んだ。


「これがソウマの、使役獣」

「間違いねえ、こいつが俺を襲った怪物だ」


 手には錫杖、頭には古びた王冠を被った骸骨の姿を模した霧の怪物――死霊王リッチーがユウトたちの前に現れた。


「ガッハハハハハハハハ」


 野太い声で笑う死霊の王。


 王に追従するかのようにユウトたちを取り囲む霧の籠からいくつもの死霊たちが現れた。


「この死霊たちは僕が一からコツコツ集めたんだ。すごいでしょ」

「これを、お前が」

「そうだよ。自殺の名所とか、大きな病院とかに忍び込んだりしてね」

「薄気味悪いぜ」


 濃い霧のドームで囲まれていたユウトたちだが、気づけば霧の内側からさらにソウマたちの集めた死霊たちに囲まれていた。


「ぱっと見だけでも三十はいるな」

「死霊といってもこいつらに記憶とか意思とかそういうのはないんだ。無念のうちに死んだ人たちの残り香。その人の満たされなかった欲望があの世に渡れず、この世界に残ったものだよ」

「残留思念みたいなものってことか」

「そういうこと」


 生前の記憶は何もない。ただ生前に満たさされなかった欲求、未練によってのみ突き動かされる実体(かたち)なき亡者の軍勢。それがリッチーの従える死霊たちの正体。


「こいつら、結構使えるんだよ。攻撃もそうだけど他人に憑りつかせれば、その人の欲望を暴走させて潜在する使役獣を育てさせることができるんだ」

「死霊たちの欲望を無理やり生きた人間に植え付けさせることができるってことか」

「てめえ、俺にその薄気味悪い死霊どもを憑りつかせたのか」

「そうだよ、やっと気づいたの」


 これが、ソウマの言っていた他人の使役獣を育てるカラクリ。


 他人の使役獣であっても、その根源を取り込みさえすればユウトのワイバーンのように使役することができる。だが、それはあくまである程度育成された、虚狭空間を創りだせるほどに成長した使役獣の話で、エサが足りず未成熟な使役獣の場合、テイマーがその使役獣の根源を取り込むことはできない。


 なぜなら、テイマーが使役獣の根源に触れられるのは虚狭空間の中だけの話だからだ。


 だがソウマの死霊王リッチーの操る死霊たちは人間に憑りつく能力がある。そして憑りつかれた人間は自身の欲望を暴走させる。要するに自分の内に秘めた欲望に歯止めが効かなくなる。


 そうして、死霊に憑りつかれた人間は自分の欲望の思うままに行動をし、満足エネルギーを放出、半強制的に自身に宿る使役獣を育てさせ、虚狭空間を創り出せるほどに成長したところで根源を回収していったのだ。


(ここ最近使役獣絡みの事件が多かったのは、こいつのせいだったのか)


 以前ユウトが倒した緑色の悪魔(イビルス)、グレムリンの宿主もまたソウマに死霊を憑りつかせられた人間の一人だった。


「まあ、テイマーの人たちに僕の死霊を憑りつかせることはできないんだけどね。耐性があるみたいなんだ」

(こいつ、俺にも何度か死霊が憑りつかないか試したことがあるな)


 心を許していた親友が自分の知らない所で自分の体を使い良からぬ実験をしていた。毎日楽しく笑って過ごした日々の裏側で自分に笑顔を向けていた相手はずっと自分のことを実験ネズミを見るような目で日々を過ごしていたのだ。


ソウマの裏の顔を知り、ユウトの背筋を冷たい何かが走り抜けた。


「君はまだテイマーになる直前だったからね。ちょうどよかったよ」


「ちょうどよかったって、てめえ」


 悪びれる素振りも一切なく、あっさりと言い切ったソウマをレオは渾身の力目いっぱい込めて殴り飛ばしてやりたい気持ちに駆り立てられたが、すでにそれを行う体力はレオの中に残されていなかった。


 接着剤で固定されたかのように地べたに尻餅ついて動かせないレオに代わり、ユウトが一歩足を前に出した。


「えらくぺちゃくちゃ自分の使役獣の能力について話してくれるな。お前、普段そんなおしゃべりだったか」


「僕、本当はすごくおしゃべりなんだよ。特に好きなことに関する話題にはね。知らなかった」


 確かにソウマは自分の好きなアニメや漫画について話すとき周りが見えなくなることがあった。正直早口になりすぎて何を話しているのかわからないことも何度かあったが、その時のソウマの顔は心の底から楽しそうで見ているだけで温かい気持ちになった。


 少なくともこんな邪悪な笑みで笑うソウマをユウトは今まで見たことがなかった。


「俺たち、友達じゃなったんだな」

「友達の定義にもよるけど、僕は今でもユウトは世界で一番大事な親友だったって思ってるよ」

「どうしてこんなことをしたんだな」

「どうしてって――ぷっ」


 ユウトの問いをソウマは鼻で笑った。


「そんなの決まってるでしょ。僕がテイマーだからだよ」


 ソウマの言っている意味が分からず言葉を失うユウトに、ソウマはやれやれと首を横に振った。


「ユウトは人間の本質って何だと思う」

「本質……」

「僕はね、闘争こそ人間の本質だと思ってるんだ」


 今までソウマとは好きなアニメや漫画、嫌いな教科や食べ物などいろいろな話をしてきた。だが、お互い真にプライベートに立ち入った話は極力避けてきた。自分もあまり立ち入ってきてほしくなかったから相手のプライベートにも立ち入らないようにしていたという理由もあるが、なんとなくソウマもそれを避けている節があった。


初めてユウトはここでソウマという人間、その核に近い部分に触れることになる。


「誰かの人生を支配したい、誰かの心を独占したい、自分なしじゃ生きていけないようにしたい、一秒でも多く優越感に浸っていたい、負けたくない、惨めな思いをしたくない、すべて人間の闘争心から端を発してできた二次創作物にすぎないのさ」


 正直に言うと、ソウマの話をユウトは三割ほども理解できなかった。だが、それも仕方のないことなのかもしれない。所詮ユウトとソウマは違う人間、別の生き物なのだから。


「仮にお前の話がそうだったとして、だからなんだっていうんだよ」

「わからないの」


 ソウマは親友と言ったユウトのことを心底バカにしたような顔で見下した。


「人間の本質は闘争、つまり争いを好むのが人間の本質。そしてそれが人一倍強いのがテイマーの素質を持つ者なんだ、つまり――」


 ソウマの瞳が爛々と揺れ始めた。


「テイマー同士は争い合う運命(さだめ)にあるんだ。今は大丈夫でもいずれ、必ず、テイマー同士の激しい戦争が起こる。そしてその勝者こそ、この世界の真の王になるのさ。正真正銘、この世界を手にすることが出来るんだよ」


 自分でも気づかぬうちにソウマは自分の顔を狂気で歪ませていた。ユウトも初めて見るソウマの裏の顔。ソウマという人間のもう一つの側面。


「僕はいずれやってくるその未来のために、今は先手を打って力を溜めている最中なんだよ」


 ソウマはテイマー同士の戦争という来るかどうかも分からない未来のために死霊たちを使い、多くの人たちを暴走、欲望を増幅させ無理やり使役獣を覚醒させていたのだ。


 より強い使役獣の根源を自身に取り込み、配下に加える。ただそれだけのために………………


「たった、それだけの理由で大勢の人たちを巻き込んだのか。その人たちの人生を大きく狂わせてまで」

「それだけ、僕にとってはこの世で一番重要なことだよ。少なくとも次の総理大臣が誰になるのかよりはずっとね」


 二人の話は平行しており、決して交わることはない。


「……………………これ以上話し合っても無駄なんだな」

「そうだね。残念だよ。ユウト」


 ユウトはソウマに向けゆっくり手を差しだした。


 手を取り合うためではなく、相手を否定するために。


「行け、ワイバーン」

「迎え撃て、死霊王リッチー」


 ユウトの声に合わせ、ワイバーンは瞬時に突貫――


 と見せかけて、途中でほぼ垂直に真横へ跳躍。


「へえ、面白い動きだね」


 そのまま真っすぐ突進してくると思っていたリッチーは手にしたボロボロの錫杖でワイバーンを迎え撃とうとしていたのだが、足場もない空中で突然軌道を真横に変えるという曲芸(あらわざ)に大きく空を切らされた。


「そこだっ」


 攻撃をかわされ、リッチーは無防備な姿をワイバーンの前に晒すことになった。


「奴のわき腹を引き裂いてやれ」


 ワイバーンの鋭利なかぎづめが、リッチーの無防備な腹に突き立てられ――霧散した。


「なっ――」


 今度はワイバーンがリッチーの前に無防備な姿をさらすことになった。


「やれっ、リッチー」

「ギャウッ」


 腹にぽっかり穴が開いたまま、リッチーの錫杖が空中で何もできない無防備なワイバーンを思いっきり上からたたきつけた。


「がっ」


 ワイバーンの受けたダメージがユウトにも伝播し、背中から強烈な痛みが発生した。


「大丈夫か」

「だいじょうぶなわけないだろっ」


 一瞬だがユウトは肺を極限までぺしゃんこにされた、錯覚を見せられた。


「大丈夫か、ワイバーン」

「が、ガウ」


 声に覇気がない。明らかにワイバーンは疲弊していた。


(さすがに連戦はキツイか、アキレスとの戦いでだいぶ体力を消耗してしまっている。なるべく早めに決着をつけたいところだが……)


「僕のリッチーは全身霧状の細かい灰でできている。だから殴る蹴るみたいな野蛮な物理攻撃は僕のリッチーには効かないよ」


(相性最悪)


 ワイバーンは身体能力こそ高いが魔術師(ウィザード)のウィズと違い攻撃手段が殴る蹴る、ひっかくといった物理攻撃しかできない。


 つまり、リッチーにダメージを与える手段がワイバーンにはない。


(これ以上ダメージを受けるとワイバーンが大丈夫でも俺の体が持たない可能性もある。ここは一度ワイバーンを戻して他の使役獣を――)


 ユウトは一度ワイバーンを自身の中へ戻し、リッチーにダメージを与えられそうな使役獣を新たに繰り出そうとした。しかし、ソウマが先回りしてそれを止めた。


「使役獣の中では最強と謳われてる龍種(ドラゴン)でも、さすがにワイバーンじゃこの程度か。ちょっと期待しすぎたみたいだね」


「ガウゥゥゥゥ」


 ウィズと違いワイバーンには人の言葉を理解するほどの知能指数はないが、卓越した皮膚感覚から相手がどういう感情を抱いているのかは自分に向けられる視線から察することが出来る。


(落ち着け、奴のペースに乗せられるな)

(…………ガウ)


 今にもソウマの挑発に乗り、食らいつきそうになるワイバーンをユウトはなだめ、押しとどめた。


(ソウマの奴、余計な事いいやがって)


 思い返してみれば、ソウマはよくゲームでこういう心理戦をよく仕掛けてきていた。恐らく今のも、感情に任せて突っ込んできたところをカウンターする腹積もりだったのだろう。


 ユウトがソウマの戦術や思考回路をよく知っているのと同じようにソウマもまたユウトの思考パターンをよく理解していた。


(ユウトはどんなに自分が馬鹿にされても熱くなることはない。常にクールにその場その場で一番最適な最適解をだせるすごい奴だ。でも……)


(お前のせいで俺は意地でもワイバーンを戻すわけにはいかなくなったぜ)


(友達が馬鹿にされたときは違う。誰よりも熱く、誰よりも怒る、友達想いないい奴だ。それは馬鹿にされた相手が使役獣であっても変わらない)


 自分の仲間(ワイバーン)を馬鹿にされ、ワイバーンを交代させるという選択肢がユウトの頭の中から完全に消滅した。


「ワイバーン、ソウマの周りの壁を使って奴と奴の使役獣をかく乱しろ」

「ガウッ」


(やっぱり、そう来たか)


 ユウトの指示に従い、ワイバーンはちょうどリッチーの攻撃が届かない距離を保ちながら壁を足場にソウマの周りをぐるぐる回転し始めた。


「うわ、ちょ、やめてよ、煙(けむ)たいじゃん」


 ワイバーンの高速移動で土埃が巻き上がり、視界が悪くなる。


「いつまでそうしてるつもり、そんなんじゃ僕のリッチーには勝てないよ」


「確かにな。でもお前もその貧弱な使役獣じゃ俺の高速で移動するワイバーンを捉えることはできないだろ」


 ソウマの使役獣は確かに物理無効というチート級の特殊能力を持っているがあくまでそれは防御面の話。攻撃の方に視点を移せば、リッチー自体の攻撃力は大したことがなく、動きも鈍い。ユウトの言う通り、ソウマのリッチーでは高速で移動するワイバーンを捉える術はなかった。


「時間稼ぎってやつ」


「ふっ」


 ソウマの言葉にユウトは無言の笑みで応えた。


 しばらくの間、主人の周りを喜んで駆け回る飼い犬のように高速で回っていたワイバーンだが、やがてワイバーンの脅威的な脚力に経年劣化激しい建物の壁が耐え切れなくなってしまった。


「ガウッ」

「そこだ、狙えリッチー」


 壁が崩れ、足こそ取られなかったが一瞬足場が不安定になったことでワイバーンのスピードがほんのわずかな間だがガタッと落ちた。当然、ソウマがその隙逃すわけもなく、リッチーに攻撃するよう指示を出した。


(――かかった)


 だがそれこそ、ユウトの考えた作戦だった。


ガシャァァン


 リッチーがワイバーンに向け手に持った錫杖を思いっきり叩きつけた瞬間、ものすごい量の土煙が舞い上がり一瞬二人の視界が完全に巻き上がる砂の色、一色で埋め尽くされ見えなくなった。


 数秒の時を経て、晴れた視界の中では、


「消えた」


 そこにいるはずのワイバーンの姿がどこにもなくなってしまっていた。


「どこだ、どこにいったんだ」


 慌てて辺りを見渡すソウマに対し、ユウトは視線をただある一点に集めていた。


 攻撃のため自身の使役獣を傍から離れさせ、ガラ空きとしてしまったソウマの背後へと…………


(……そこだっ)


 土煙で一瞬その場の全員の視界が完全にシャットアウトされた瞬間、ワイバーンはその卓越した皮膚感覚と方向感覚を頼りにさきほどまでソウマに見せていた移動速度よりもさらに速い速度で壁を足場に移動、見事ソウマの背後を取ってみせた。


「しまった」


(視覚を持たないワイバーンの特性がここで活きたな)


「使役獣が倒せないならテイマーであるお前を直接攻撃すればいい。テイマーさえ倒してしまえばその使役獣も勝手に自然消滅するからな」


 さきほどレオに仕掛けた戦術と内容は全く同じ戦術。


 レオに仕掛けた際は、レオの注意を引き、レオの使役獣であるアキレスの動きを一瞬止めさせるためのものだったが、今回はそのまんま、使役獣に有効な攻撃手段がないためその使役獣のテイマーを攻撃することにした。


 テイマーと使役獣は心の奥深い所で繋がっている、使役獣の受けたダメージはテイマーにも伝わる。当然、その逆もしかり。テイマーを戦闘不能にすることでその使役獣も戦闘不能にすることができるのだ。


「うわああああああやられるぅぅぅぅぅ」


 テイマーの意識さえ刈り取ってしまえば、そのテイマーの使役獣は虚狭空間での実体を維持できなくなり宿主であるテイマーの中に自然と戻される。


 テイマーといっても肉体はただの人間とほぼ同じ。加減はしろと言ってはいるがワイバーンの攻撃をまともにくらえば、間違いなく即入院生活である。


 迫りくる鋭い鉤爪を前にソウマはわざとらしい悲鳴を上げながら、ニヤッと厭らしい笑みをユウトに作って見せた。


「なぁんてね」


 突如、ソウマとワイバーンの間にユウトたちを取り囲んでいた死霊の一匹が割って入ってきた。死霊の手にはいつの間にか死神が持っていそうな大鎌が握られており、それでワイバーンを攻撃し、ワイバーンのわき腹を引き裂いた。


「ガウッ」

「ぐはっ」


 とてつもない激痛がユウトのわき腹を襲った。


「ばかな、死霊が攻撃してきただと」


「言ったでしょ。この死霊たちは結構使えるって。他人に憑依させるだけじゃなく、こうやって攻撃にも運用できるんだよ」


「そんな能力が……」


(まあ、憑りつけないのと一緒でテイマーに死霊が直接攻撃することもできないんだけどね)


 完全にユウトは意表を突かれた。


 テイマー同士の戦いでは使役獣自体の性能やテイマー同士の駆け引きも当然勝敗を決める重要なファクターだが、個性の強い使役獣をどう上手く使えるかも重要なポイントになってくる。


 自身の使役獣についての深い理解、強み弱みをしっかり理解しているか。その点においてはソウマの方がユウトよりも上だった。


「それにしても僕のリッチーに勝てないからって僕自身を狙うなんて。野蛮だな。ユウトらしくない。そんなに僕に負けるのが嫌だったの、やっぱりテイマー同士は争う運命にあるんだね」


「ぐっ……」


 今の一撃、死霊からユウトが受けたダメージはかなり深い。


 反論できずにお腹を押さえてなんとか痛みに耐えるユウトに代わり、何とか立てるほどには回復したレオがソウマに向かって声を上げた。


「最初にケンカを吹っかけてきたのはそっちだろ」


「君には聞いてないよ、不良君」


「ぐあっ」


 少しでもユウトが回復する時間を稼ぎたかったレオだが、立って話すのが精一杯だった。いとも容易くリッチーの錫杖で殴り飛ばされ、再び地に膝をつくことになった。


「心配しなくても君の使役獣も後でしっかり頂くから」


 ユウトの中にある使役獣の根源を奪い取るため、リッチーがユウトの前に寄って来た。


「本当に残念だよ。ユウト。君とだったら、誰も疑いようのない正真正銘の大親友になれると思っていたのに。僕と同じテイマーだったなんてね。本当に、残念だよ」


「ああ、俺も残念だぜ。ソウマ」


 自身の勝利を確信し疑わないソウマだが、決して奢っているわけではない。今の、勝利ほぼ確実、勝利一歩手前の状況でもソウマは自身の頭をフル回転させて、ユウトに何かこの状況を逆転する一手はないかと考えていた。


 そして出した結論は――なし。


 ソウマの出した結論は間違いではない。この状況でユウトがソウマに一矢報いる手段はない…………ソウマが知っている情報のみがすべてであったなら――


「お前がこんなにあっさり、俺に勝てると思ってるなんてな」


「それって、どういう」


 他者の使役獣を自身のモノにするにはその使役獣の根源を自分の体内に取り込む必要があるが、その方法はおおむね二つ。


 一つは根源を取り込みたい使役獣自身に実体を維持できなくなるほどの大ダメージを与え、根源である火の玉に戻す方法。


 虚狭空間で使役獣が実体を得て顕現する際、テイマーの中にある根源は体の外に飛び出し、実体の核としての役割を果たすのだがある一定以上のダメージを受けると実体を維持できなくなりその場に核となる根源のみが残り、それを自身の体内に取り込めば、その使役獣を使役することが可能になる。


もう一つがその使役獣のテイマー自身の命を亡き者にする方法。宿主であるテイマーが死ねば、使役獣たちは行き場を失い根源がテイマーの体外へ弾き飛ばされる。この方法をとれば目的の使役獣のみならずそのテイマーが身に宿す全ての使役獣の根源を手に入れることが出来る。


 シオンが選んだのは後者。


 リッチーがユウトの胸に向かって灰でできた腕を伸ばしたその時、突然リッチーの懐深くで巨大な爆発が起きた。


「ギャァァァァ」

「がはっ」


 物理攻撃が一切聞かないはずのリッチーが勢いよく吹き飛ばされた。


「ど、どうして」


 当然、リッチーのテイマーであるソウマも大きなダメージを受けた。


 ソウマは知らない。いや、知るチャンスはいくつもあったのだが、ユウトとのテイマー同士の戦いを心の底から楽しみたいと思っていたソウマはあえて知ろうとしなかった。好きな映画や漫画のネタバレを避けるようにソウマは知る事を避けたのだ。


 ユウト自身の欲望より生まれた使役獣、ユウトの使役獣(あいぼう)が誰なのかを――


「残念だが、ワイバーンは俺原産(オリジナル)の使役獣じゃないぜ。他の奴から根源を取り込んだ野生(ワイルド)産だ。俺本来の使役獣は――」


デンッという音が聞こえてきそうなほどに満を持して、アキレスに吹き飛ばされたウィズはユウトの元へ帰還した。


「魔術師(ウィザード)」


 多種多様な使役獣の中で最も知能が高く知性のある種族と言われている魔術師(ウィザード)。


 その魔術師(ウィザード)のウィズこそユウト自身の使役獣であり、かつユウトが最も信頼を置く仲間(あいぼう)である。


「むっふぅ」


 ウィズは頬を目一杯膨らませながら、ソウマの前に現れた。


「ずっとユウトに嘘ついてたの」


 頬を膨らませながら、ウィズはソウマをキッと睨みつけた。


 マスコットじみた見た目のため迫力こそないが、付き合いの長いユウトでも見たことがないほどウィズは怒っていた。


「隠し事してたのはそっちも同じでしょ」


 ソウマは自身に向けられるウィズの怒りを真っ向からいなした。


「ユウトは友達じゃなかったの。親友って言ってたのは嘘だったの」

「残念だけどテイマー同士は友達にはなれない。そういうものなんだ」


 口はソウマの方が上手。それでもウィズは言わずにはいられなかった。たとえ、相手に届かないとわかっていても――


「謝ってよ。ユウト傷ついちゃったでしょ。こう見えてユウトすごく繊細なんだからっ」


 ウィズの言葉を聞いて、ユウトは死霊から受けた傷よりもさらにもっと深い所が疼き始めたのを感じた。


「ユウト、あなたのことを本当の友達だって心の底から思ってたんだよ。それなのにこんな仕打ちするなんて、ユウトにちゃんと謝って」


 ユウトはたまらず、ウィズの話を止めた。


(ウィズ、やめろ。それ以上言うと俺が先に倒れる)


 ユウトの、親友に裏切られ傷ついた心を代弁して言ってくれるウィズの優しさはとてもうれしく、心に温かく染みわたるほどなのだが…………さすがにこの状況は、いたたまれなさすぎる。


 もしこれが、誰もいないウィズと二人っきりの場所でこういうことをされたらユウトは思わず目頭を熱くして、ウィズを抱きしめていたかもしれない。


 だが、いる。ソウマだけでなく、この件についてはほぼ無関係と言っても過言ではない第三者(レオ)までもが――


 ウィズのソウマに向けて発した言葉は全てブーメランのように跳ね返ってきて、ユウトの心に深く、深くめり込んでいった。


「あははははははははは」


 二人のやり取りを見て、声を上げて笑うソウマ。


 てっきりユウトの心の内を見透かして笑っているのかと思ったが違う。


「今日の僕は本当にツイてる。最高だ。今なら簡単に宝くじで一等が当てられそうだよ。使役獣の中でも特にレアな龍(ドラゴン)、魔術師(ウィザード)、戦士(えいゆう)が目の前に揃い踏みだなんて」


「うぇ、なんかこの人気持ち悪い」


 使役獣の中でも最強と言われる種族の龍(ドラゴン)、使役獣の中で最も知性のある魔術師(ウィザード)、個性の強い使役獣の中で一番マシ、オールマイティな性能を持っていると言われる戦士(えいゆう)。この三種族が数ある使役獣の中でも特に優秀有能と言われているアタリ使役獣たちであるのだが、それと同時に他の使役獣に比べ出現率が極端に低く、滅多にお目にかかれる種族ではない。


「ぜったい、ぜぇぇぇぇたいみんな僕のモノにしてやる」


 レアな使役獣を前に目をキラキラ輝かせるソウマ。


 もう一撃も喰らえない状況だが、ソウマを迎え撃とうとするユウト。


 しばらくの間にらみ合いを続けた二人だが、やがてソウマがユウトに背を向け、踵を返した。


「と、言いたいところだけど、今回の所は、僕は引かせてもらうよ。今の一撃で結構ダメージ受けちゃったからね」


 そう言うとソウマは足を深い闇の中へと向け、来た道を戻っていた。


「今度会ったら僕たちは敵同士だ。手加減なしで、全力でヤリ合おう」


 最後の言葉を残し、ソウマは闇の中へと消えていった。同時にユウトたちを囲んでいた霧のドームが晴れ、ソウマが展開していた虚狭空間も跡形もなく消え去ってしまった。


「終わった、のか」

「ああ、一応な」


 その後、レオをリナの待つ家まで送り届ける体力はユウトになく、レオには自力で家まで帰ってもらい、自分は虚狭空間を顕現させ実態を得たウィズに家まで引きずってもらって今回の事件は終わった。


 翌日、担任の先生よりレオの停学期間が先日起こした不良との暴力事件で延長になったこと、そしてソウマが家の都合でしばらく休学することが生徒たちに知らされた。


 結局、ソウマがあの時なぜ身を引いたのか、本当にウィズの攻撃で致命になるような手痛いダメージを受けるのか、それともユウトと心の奥深くで繋がっているウィズがユウトの気持ちを察して手加減したのがばれ、仕切り直しにしたかったのか………………


『今度会ったら僕たちは敵同士だ。手加減なしで、全力で殺し合おう』


 真相は誰にもわからない、闇の中だ。

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