第6話 テイマー同士の戦い

 使役獣――人の心に巣くう怪物。宿主となる人間の欲望が満たされた瞬間に発せられる満足エネルギーを糧にし生きている。


 容姿や形態は様々なれど、ある一定以上のエサを喰らい成長した使役獣たちは皆、虚狭空間と呼ばれる、現実と虚構の狭間の世界を創り出すことができるようになる。そこで使役獣たちは本来持ち合わせていないはずの肉体(実体とも言う)を具現化させ、人知を超えた超常の力を駆使し、さらに宿主の欲望を満たさせる。


 すべては自身の腹を満たすため、使役獣はさらなる強い力を得る……


「あれが奴の使役獣か」


 具現化したレオの使役獣は所々、自身の体を炙る青紫色の炎を纏っており、斧が頭に刺さったようなヘルムと呼ばれる防具と下半身を隠す腰巻、腕と足を守る軽装の鎧を付けた肌の色が青い、西洋風の青年のような見た目をしていた。


(どこからどうみても、戦士(えいゆう)、だね)

(だな)


 多種多様な姿形を持つ使役獣だが、ある程度なら大ざっぱな分類分けができる。


 レオの使役獣は人間の姿に酷似、というかまんま人間である。そして見るからに肉体系。これらの特徴を持つ使役獣はテイマーたちの間で戦士、エイユウと呼ばれている。


(戦士(えいゆう)かぁ、相性最悪)


「行け、アキレス。奴の使役獣をぶっ飛ばせ」


 アキレスと呼ばれた古代ローマ風の戦士はレオの指示を受けると瞬時に地を蹴り、瞬きする間もなくウィズとの間合いを詰めてきた。


「かわせっ、ウィズ」

「はいよ、って、おわ」


 間一髪、ユウトの指示が間に合い、ウィズはアキレスの目にもとまらぬ高速の突きをかわした。しかし――


「うえっ、ちょ、まっ――」


 息を吐く間もなく、ウィズにアキレスの高速インファイトが襲い掛かった。


「まってっ、まってっ」


 的が小さいのと、空中を縦横無尽に移動できる機動力を使ってなんとかアキレスの間髪入れぬ連続攻撃をかわすウィズだが、それが精一杯だった。


(まずいな)


 世間一般のイメージ通り魔術師――ウィザードの使役獣は基本肉体派ではなく頭脳派。肉弾戦が得意ではない。ウィズもその例に漏れず、基本一対一の肉弾戦は大の苦手。


(なんとか敵の隙を突いて渾身の一発を撃ち込まないと、このままじゃこっちがじりじり追い込まれていくだけだな)


 このまま防戦一方に躱し続けていれば確実にユウトたちの方がジリ貧。いずれウィズの方が先にスタミナ切れになる。


 根源をその身に宿す使役獣とその宿主であるテイマーは心の奥深くで強く繋がっている。


 ユウトの思考も、徐々に大きくなっていく心の揺らぎも、何のフィルターも介さず直にウィズへと伝達されていく。


 ユウトの心の動き、それにつられウィズの動きからだんだん精彩さが欠けていく…………


 その隙を見逃すレオたちではなかった。


 今まで的確に、正確無比に最速最短距離で放たれていたアキレスの拳がほんのわずかだがその照準をずらした。


((っ――))


 アキレスの拳が盛大に空を切った。何もしていないのに、千載一遇のチャンスがウィズたちの目の前に転がって来た。


(今っ)


 そのチャンスにウィズは飛びついた。


 まさかそれがレオたちの用意したよくできた疑似餌であると気づかずに――


(待て、ウィズっ。そいつは罠だ)


ユウトの声が届くよりも速く、ウィズはアキレスに向かい杖を振った。ついさっきとレオを吹き飛ばしたのと同じ、目に見えない透明な爆発をアキレスの懐深くで起こし大ダメージを狙った、のだが――


パァァァン


「「なっ――」」

(こいつ…………)


 アキレスは自身の懐で目に見えない爆弾が破裂する直前、杖を振るウィズの動きから爆心地を予測、そこに向かって渾身のアッパーカットを繰り出し、ウィズの攻撃を相殺してみせた。


 ウィズの攻撃をやり過ごした直後、アキレスはカウンターとなる重い一撃を今までよりもさらに速いスピードで、的の小さいウィズ目掛けて寸分たがわず放った。


「うわっ」


 なんとか手に持った杖でガードすることに成功したウィズだが、魔術師(ウィザード)であるウィズが戦士(えいゆう)であるアキレスの力に抗えるはずもなく、十メートル以上先まで吹き飛ばされてしまった。


「ぐぁはっ」


 直後、ユウトは腹を押さえ、吐血した。


 ウィズと普段その根源を宿主として取り込んでいるユウトはお互い、密接に繋がっている。ウィズの負ったダメージはそのまま繋がりのあるユウトに伝わり体全体に波及する。


 ウィズがアキレスの拳を杖越しに受けた瞬間、直径一メートルほどの鉄球をぶつけられたような衝撃にユウトは襲われた。


(っ、まずい――)


 この好機、ユウトにとっては最大の窮地をレオとアキレスが見逃してくれるわけもなく、アスファルトを穿つほどの脚力でもってアキレスは瞬く間にユウトとの距離を一メートル近くにまで詰め、肉薄した。


「これで終わりだ」


 コンクリートの壁にすら容易く穴を開けられるアキレスの拳。テイマーといっても肉体はただの人間であるユウト。まともに喰らえば当然、一発KOどころか即、死である。


 視覚、聴覚、皮膚感覚、すべての感覚を置き去りにして、ユウトの意識はスローモーションの世界に捕らわれた。


「っ――――――」


 目で追う事すら難しいアキレスの拳がゆっくりと自身の顔面に迫って来る様を真正面から見据えながら、ユウトはスローな時に縛られる自身の体を必死に、時の流れに抗うようにアキレスの拳が届くよりも早く自身の右手をアキレスに向けて突き出した。


ドガァァァァン


 到底拳がぶつかったとは思えない轟音。もしここが現実と精神世界の狭間である虚狭空間でなければ今頃街中はパニックに陥っていただろうが、レオは静かに立ち昇る土煙が晴れるのをじっと待っていた。


「やったか」


 マンガやアニメに疎いレオは知らなかった。そういうことを言うと大抵、敵はまだやられていないというお約束があることを。


「何っ」


 お約束通り、ユウトはまだやられていなかった。


「グルルルルルル」


 煙が晴れるとそこには飼い主を守る犬のように低い唸り声を上げながら金色に輝く体毛を持つ四足歩行の使役獣、飛竜――ワイバーンがユウトの前に立っていた。


「助かったぜ。ありがとな、ワイバーン」

「ガウッ」


 主人(テイマー)であるユウトに褒められワイバーンは嬉しそうに巨大な尻尾をばたばた振った。


「あいつの仲間(バケモン)はあのチンチクリンだけじゃなかったのかよ」


 テイマーとして目覚めたばかりのレオは知らないが、テイマーが虚狭空間で顕現、使役できるのは自身の使役獣のみだけでない。己の身に根源を取り込んだ使役獣なら他の誰かから生まれた使役獣であっても同様に顕現、使役することができるのだ。


「行け、ワイバーン」

「ガァウッ」


 ユウトの指示を受け、ワイバーンは周囲の壁を足場にしながらアキレスとの距離を詰めていった。


「ちっ、そのキモイ奴を叩きのめせ、アキレス」


 数秒遅れて、レオもアキレスに指示を出した。


 しかし、周囲の壁を足場にトリッキーな動きでかく乱してくるワイバーンを容易に捉えることができずアキレスの攻撃はことごとく空を切った。


「ちょこまかちょこまかと動きやがって。これじゃ、アキレスが狙いを定めらねえ」


 アキレスに攻撃の指示を出したまま、俊敏にアキレスの攻撃をかわし続けるワイバーンの動きを観察しつづけ、レオはある事に気づいた。


(こいつ、周囲の建物の壁を足場に少しずつ上に上がっていってやがる)


 ユウトの使役獣(ワイバーン)が徐々に徐々に、それこそ注意して観察していなければ気づけないほど少しずつ、アキレスの攻撃をかわしながら建物の壁と壁を飛び移り徐々に上の方に昇っていたのである。


 改めてユウトの使役獣をよく見てみると、ヒラヒラした何か――折りたたまれた翼のようなものが使役獣(ワイバーン)の両腕からひらめいているのがわかった。


(翼……奴の狙いは空中戦か)


「アキレス、上だ。上をとれ、奴を空に近づけるな」


 レオの指示を受け、アキレスは攻撃を中断。ワイバーンと同じく建物の壁を足場に、ワイバーンとは違い一直線に、建物に囲まれていない広々とした建物より上の十メートル上空を目指した。


(気づいたか)


「ワイバーン、お前はそのまま上に行け」


 今度はユウトがレオに少し遅れてワイバーンに指示を出した。


 ここまで壁と壁と使って少しづつ、ばれないよう上を目指していたワイバーンだったが、アキレスに続いて一直線に上を目指し、跳躍した。


「「いっけええええええええええええええええええええええええ」」


 単純な距離のアドバンテージは先に上を目指していたワイバーンにあった。それは主人であるテイマーの指示が多少遅れても結果が覆るような差ではなかったはずなのだが――


「よし、抜いたっ」


 先に建物の壁を上り、上空へと達したのはアキレスの方だった。


 俊敏性、機動性という意味で優っているのはワイバーンの方だが単純な直線勝負で物を言うのは単純な足の力、脚力だ。そしてそれがより強いのはアキレスの方だった。


 真っすぐ上を目指すただのかけっこになった瞬間、アキレスは自慢の脚力でみるみるうちに当初あったワイバーンとのアドバンテージを詰め、最後は抜き去ってしまった。


 アキレスの方がワイバーンよりも先に上空へ到達した。


 全速力で上空を目指していたワイバーンに急激な方向転換はできない。


 いくら俊敏性能が高かろうが一直線に来るとわかっていれば、たとえ相手が音速で動いていたとしてもアキレスなら容易に拳で捉え、撃ち落とすことが出来る。


(この勝負、俺の勝ちだ)


 使役獣同士の戦いは、アキレスに軍配が上がった……………………………………


「やっぱりお前、テイマーとしては未熟者(トーシロー)だよ」

「なっ」


 突然レオの目の前に拳を振り上げるユウトが現れた、ようにレオには見えた。


 実はレオがアキレスとワイバーンの競争に見入っている間にユウトは少しずつ少しずつ、レオに気づかないようにしながらちょっとずつレオとの間の距離、約五メートルほどの距離を徐々に縮めていった。


 不意を突きレオの本体に直接物理攻撃(ダイレクトアタック)を仕掛けられるように――


「てめぇええ」


 あからさまに自分を殴りに来たユウトを見て、レオは瞬時に本能で反応、返り討ちにするため拳を握り、振りかぶった。


 それを見たユウトはすぐさま自身の体を後ろに引いた。


「な、何っ」


 俗に言う、フェイントである。


 ユウトはレオの目を盗み、視界の端からゆっくりゆっくり距離を詰め、アキレスがワイバーンを直線で抜き去り、自身の勝利を確信した瞬間、視界の中央に現れ、殴り掛かるふりをしてみせた。


 自身への不意打ちを認識したレオがつい本能で反応して、ユウトを返り討ちにしようとしてみせたのを見てユウトはさっと自身の体をレオの拳が届かない位置まで引いた。


 テイマーとしての技量で勝っているのは誰がどう見てもユウトの方なのだが、殊殴り合いにおいては話が別。テイマーとしての素質を除けばただの普通の高校生であるユウトと日常的に不良にケンカを売られ、それらをすべて返り討ちにしてきたレオでは話にならない。天秤に掛ける価値もない。


 無駄なあがき、何の意味もないように見えるこの行動だが、実はこれがこの勝負の決め手となることをレオが知るのは自身の敗北を知った後の事だった。


ガッシャアアアアアアアアアアアアアン


 ユウトとレオの間に巨大な何かが勢いよく降って来た。


「ガッハッ」


 そして、レオは全身に痛烈な痛みを受け、その場に崩れ落ちた。


「な、ん、で」


 ユウトのワイバーンよりも先に建物の壁を上り、上を取ったはずのレオのアキレスが猛烈な勢いで地面にたたきつけられていた。


 凄まじいスピードで地面にたたきつけられたアキレスが舗装された硬いアスファルトの地面にちょっとしたクレーターを作り上げた数秒後、優雅ともいえる静かな動作で壁ジャンプを繰り返し、ワイバーンは主人(ユウト)の前に降り立った。


 ユウトと違いテイマーなりたてのレオにもう出せる使役獣はいない。いくら腕っぷしが強かろうと使役獣相手に生身の人間が太刀打ちできるはずもなく、この勝負、ユウトとワイバーンの勝利である。

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