第5話 闇夜の闘士

 レオの妹リナより、『大好きなお兄ちゃんの様子が最近おかしいの。そこの優しそうなお兄さん、お願い。どうかうちのお兄ちゃんを前の優しいお兄ちゃんに戻して(誇張増し増し)』という話を聞き、早速調査をしてみることにしたユウトは深夜、大勢の人が寝静まってシンとした街の中を一人、妹に心配をかけるろくでなしアニキを探してあちこち歩きまわっていた。


「どうだウィズ、何か感じるか」

(うーん今のところなんとも)


 そこまで大きい街ではないと言っても、一人の人間をなんの当てもなく街の中から探し出すのは容易な事ではない。


 そこでユウトが頼ったのは古き友人でもあり、自身の欲を糧(エサ)に生まれた使役獣、相棒のウィズである。


 リナの話を聞きレオが変わった原因としてユウトが真っ先に思い付いたのはレオの心の怪物――使役獣の覚醒だった。ここ最近レオの行動がおかしいのは内に潜んでいた使役獣が覚醒しかけている予兆なのではないかとユウトは考えたのだ。


(この辺りはどうだ)

(全然)

(そうか)


 もしユウトの考えた通りだとしたら、同じ使役獣であるウィズなら何かしらレオの心に巣くう怪物の痕跡を感知できるはず。


 そう思いユウトとウィズは街のあちこちをしらみ潰しに探していたのだが、未だレオの面影はおろか使役獣の残滓すら掴めてはいなかった。


(やっぱり俺の考えすぎだったか)

(ユウトは心配性だから)


 正直、ユウト自身この考えについてはかなり懐疑的だった。


 職業病というか、なんというか異変があればなんでもすぐに使役獣の仕業だと考えるのは自分でも少し考えが短絡的な気がする。


 だがそれでも、もし、万が一にもユウトの考えが正しく、レオの使役獣が覚醒間近であるとするなら甚大な被害が出る可能性が多分にある。


 もしそうなれば巻き込まれた人たちはもちろん、優しい兄を信じる健気な妹の信頼を裏切ることになる。


 それはユウト自身、望むところではない。


 たとえ、自身の基本信念(スタンス)を捻じ曲げることになったとしても――


(うんっ)

「どうしたウィズ」


 突然、ウィズの被るトンガリ帽子が電波を受信したアンテナのようにピンッと屹立した。


(今何か、おかしな感じが――)


 ウィズが感じ取った何か、その答えをユウトはウィズから聞き出す前にその身をもって知る事になった。


 人気(ひとけ)のない閑静な街並みが一瞬のうちにゾンビ映画の舞台にされそうなおどろおどろしい廃れた街並みへとその姿を一変させた。


(これって)


 この埃臭い空間に来るのは初めてだが、この現象をテイマーであるユウトは嫌というほどよく知っている。


「虚狭空間」


 誠に残念なことに、ユウトの勘は当たっていた。



★★★



「うおおおおおおおお」


 雄たけびを上げながら、レオは近くにあった鉄筋コンクリート製の強固な壁を力強く殴りつけた。


「むしゃくしゃするぜ、どいつこいつも俺を悪者にしやがって」


 レオに殴りつけられた壁がグシャッと凹んだ――しかし、レオの拳からは血の一滴も流れ落ちていない。無傷だ。


「俺が何したっつうんだ、このクソがぁあああああああ」


 鮮やかだった橙色の髪が艶を失くし、禍々しいオーラが全身からドヨンと垂れ流されていた。


「すごい荒れようだな」


 本来、この空間を創造したレオ以外何人も立ち入ることを許されないこの世界でレオは掛けられるはずのない声を投げ掛けられた。


「ああん、誰だてめぇら」


 振り返るとそこには自分と同じ制服を着たどこにでもいる平凡そうな男子高校生一人とその平凡そうな男子高校生の肩付近でフワフワ浮かぶマスコットのような生物が一匹……


(どうやら、一番当たってほしくない予想が当たっちまったみたいだな)


 現実と精神の狭間にある虚ろで不安定な世界、レオの使役獣が創り出した虚狭空間に絆優人とその相棒使役獣のウィズは我が物顔で足を踏み入れた。


「お前と同じクラスメートの絆優人だ」

「知らねえな」

「この間会っただろ」

「覚えてねえな」

「結構センセーショナルな出会いだったろ」

(ユウト影薄い)

(うるさい)


 中々に強烈な出会いをしたはずなのに「お前誰だ」発言をされユウトは分かりやすくガクッと肩を落とした。そんなユウトの事などレオは一切気にすることなく、ユウトの顔近くでクラゲのようにぷかぷか浮遊しているウィズを指さし一番言ってはいけないことを言った。


「つか、てめぇの肩に浮かんでるそいつはなんだ。虫か」

「むっ」


 悪気なくウィズの地雷を踏みぬくレオ。


「誰が蟲だっ、世界一かわいくて愛らしい癒し系魔術師(ウィザード)のウィズたんだっ」


 レオから蟲呼ばわりされウィズは怒髪天突き抜ける勢いで手にした杖をブンブン振り回しながら怒りを露にした。


「そ、そいつは、すまねぇ」


 そのウィズの姿にどこか既視感を覚えたレオは無意識に、半ば自然とウィズに向かって頭下げていた。


(なんでかわからねえがこのチンチクリンが、一瞬だけアイツと重なって見えちまった。こいつら一体、何者なんだ)


 以前会った時は何も感じなかったパッとしないどこにでもいるようなただの男子高校生と思っていたユウトに今レオの心は震えていた。目の前に立つユウトにただならぬ脅威を感じていたのだ。


「てめぇ、こんなところまで来て一体俺に何の用だ」


 レオの敵意丸出しの視線を受けてもなおユウトは白々しいまでに平然と大嘘をぶっこいた。


「何、近くを歩いてたらたまたまこの異質な空間を見つけてな。ついついこの不穏な雰囲気に誘われて、迷い込んじちまったってわけさ」

「……」

(うわぁ)


 ユウトの話を一ミリも真に受けないレオ。

それを重々理解したうえで平然とものともせず自然体で立ち続けていられるユウト。

ナチュラルにぺらぺらと嘘を吐く相棒(ユウト)の人間性に若干引くウィズ。


 三者三様の反応を示しながら、話は進んでいく。


「お前こそ、こんなところでこんな時間に何してるんだ」

「てめぇには関係ねぇ。痛い目に遭いたくなけりゃ、とっとと俺の前から失せやがれ」

(ふむ、なるほどな)


 ここまでの話を統合して、ユウトはある結論にたどり着いた。


 それはレオが――テイマーとして、超がつくほどのド新人、新参者、超絶ド素人であるということだ。


「妹さんが心配してる。この世でたった一人の家族なんだろ、早く家に帰って安心させてやれ」


「リナ……」


 妹の話を聞き、レオは初めて顔を曇らせた。


(恐らくレオはここ最近もしかするとついさっきテイマーとして覚醒したばかりの赤ん坊だ)

(どうしてそう思うの)


 ユウトがレオをテイマーとして未熟な成りたてほやほやの新参者(ニュービー)と判断した理由は二つ。


(虚狭空間の仕様を知らない。それに使役獣のことも今初めて見た顔だ。テイマーなりたてでもない限り、あり得ないだろ)


 しばらく俯いていたレオが再びユウトたちに向け顔を上げた時、その眼には先ほどとは比べものにならないほど強い怒りの炎を宿していた。


(何だ。急激に俺に対する敵意が増したような)


 元々レオから良いように思われていないのはわかっているが、それでもレオのユウトに対する敵意の増幅幅は尋常ではなかった。


 ある程度話を聞きだすため挑発気味に話していたユウトだが、ここまでレオを感情的にさせた理由に心当たりがなかった。


「何でてめえが妹のことを知ってやがる。妹に何しやがった。てめぇ、まさか」


 レオの纏っていたオーラがその色をさらに濃くした。


「落ち着け、俺はお前の妹にお前の様子がおかしいから調べてほしいって頼まれただけで――」


「うるせぇえええ」


 ユウトの目論見は完全に裏目に出た。


 妹の話題を出すことで無理やりレオを現実と向き合わせ、兄としての冷静さを取り戻させるつもりだったのだが、結果は余計レオを怒らせ我を忘れさせることになってしまった。


「リナに何かしやがったら、この俺が死んでも許さねえ」

「だから何もしてねえって、俺の話を聞けっ」


今のレオにユウトの声は届かず、レオは一歩ユウトの方に向かって足を出した。


(ち、仕方ないな)


 それを見たユウトはすぐにウィズへレオを攻撃するよう指示を出した。


(ウィズっ)

(はいよっ)


 テイマーとしては当然ユウトの方に一日の長がある。だが、あくまでそれはテイマーとしての話。近づかれてテイマー同士の肉弾戦に持ち込まれればユウトに勝ち目はない。


 ユウト自身、レオの妹の頼みを無下にするつもりは毛ほどもないが、こんなことに自分の命をなげうつ気もない。


 何度も言うが、ユウトはアニメや漫画に出てくる颯爽と駆けつけすべてを救って華麗に去るヒーローなどではない。


 ユウトの指示を聞くや否やウィズは手に持ったクリスタルの埋め込まれた魔法の杖をレオに向かって勢いよく振った。


「ぐはっ」


 瞬間、レオの体が後方に向かってものすごいスピードで吹き飛ばされた。まるで、目の前で目に見えない透明な爆弾が破裂したかのように――


「もうちょっと加減してやれよ」


 ウィズの魔法で全身壁に叩きつけられるレオの姿を見て、若干心配になるユウト。


「私がそれ一番苦手なのユウトはよく知ってるでしょ」


 それに対し、あっけらかんとした口調で答えるウィズ。


 大半の使役獣にとって人間など自分の腹を満たすための養分兼宿泊料タダの寄生先。身を潜ませるための隠れ蓑。正直、自身の宿主以外どうなろうがどうでもいいのだ。それ以外の人間はどれも同じ、ただのどこにでもいる野生のホモサピエンスである。


「それよりユウト、来るよ、気を付けて」


 そう言うと同時にウィズは杖を握る腕にグッと力を込めた。


「ああ、やっとおでましみたいだな」


 ユウトもまた全神経を目の前に立つ人の形をした紫色の靄へ集中させた。


「あれが奴の使役獣が」


 レオの全身を覆っていた禍々しいオーラはウィズの目に見えない魔法攻撃により本体であるレオから分離し、ついさっきまでレオが立っていた位置で棒立ちしていた。


「よくもやりやがったな。てめぇら、ただじゃおかねえぞ」


 やがて靄が晴れ、レオの纏っていたオーラの塊、その正体であるレオの使役獣の姿が露になる――


 古代ローマ戦士のような見た目をした、青紫色の炎を纏う筋肉ムキムキの屈強な大男がユウトたちの前に現れた。


「るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 地を揺るがすほどの絶叫が空気を伝い、ユウトの全身をめぐる血液をも揺らした。ユウトの視界を一瞬だけぐらついた。


(こいつは想像以上に大物が釣れちまったみたいだな)


 全身を幾千もの細い針にチクチク刺されている感覚に襲われながら、ユウトはレオの使役獣――戦士(えいゆう)、アキレスと対峙した。

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