第61話 仇敵

 要塞化されたセレナ山から雲霞うんかの如く湧き出す無人機と、無数に飛来する地対空ミサイルSAMの全てを相手にはしていられない。


《シャークバイトとバイパーバイトで敵を引きつけろ。他の者は私に続け》


 復唱を返したシャークバイト トルノとジャグ バイパーバイト リナルドとカルア の4機が突っ込んでいく。

 敵の群れがそこに食らいつくのを確認した後に、マーシーストローク  クルカルニとミラ  と即席の分隊エレメントを組んだネリアとマーフィは、高度を下げつつ迂回する進路をとった。


《また撃墜記録を更新しちまうぜ!》


 目の前の敵を蹴散らして飛ぶトルノを無人機が追う。それも1機や2機ではなく、10機は下らない空戦トンボの群れが、亜音速の高速旋回で逃げるストームチェイサーに追いすがる。


《これも豊かな老後のためだ》


 そのさらに背後から、ジャグのハリケーンアイズが喰らいついた。

 翼に装備したウェポンパックが連射する短誘導弾AAMが、曲がりくねる軌道を描いて瞬時に敵を粉砕する。高速回転する銃身が20mm砲弾を吐き出し、数百発の弾幕がひと塊なった獲物に降り注ぐ。


《老後を迎えられるかどうかが……問題、だな!》

《死ぬ! 死ぬ死ぬ死ぬぅー!》


 リナルドとカルアのバラクーダMarkⅢも、両手の指に余るほどの敵を引き付けていた。

 最高速度は空戦無人機ドラゴンフライまさっていても、ミサイルが発射されれば一瞬の後には火だるまになる。

 鳴り続けるロックオン警報アラートに、ベテランらしい落ち着きを見せるリナルドに比べて、逆境に弱いカルアは半狂乱だった。


《やかましいぞカルア。舌があったら舌打ちしたいぜ》

《酷い!》


 ハリケーンアイズが2機のポッドを切り離し、翼を展開して独立飛行を始めた“ドローンパック”が急機動でリナルドとカルアの援護へ向かう。

 全長8m弱の機体に搭載された30mm機関砲が、一撃必中の単発撃ちで敵の急所を狙い、10機以上の敵をたちまちの内に平らげた。


《助かったぜ》

《何だよそれズルくない?》

どういたしましてWelcome。また手が足りなければ言って下さい。後、ズルくはありません》


 リナルドの感謝とカルアの不平不満を受けて、ジャグの分身が離脱していく。多くの燃料を搭載できない小型機は、ハリケーンアイズと再ドッキングして補給を受けた。


《子供の方は礼儀正しいんだな》

《コイツらはソニアのしつけだ》

《道理で》


 そんな無駄口を叩きながらも、トルノは既に相当数の撃墜数スコアを稼いでいる。

 戦闘機がたった4機で3桁に近い無人機を相手取り、互角どころか優勢に戦闘を進めている。

 それをモニターしているスカイ・ギャンビットのキルシュは、やはり彼ら―――特にトルノとジャグのコンビは、怪物なのだと改めて実感した。


 しかし、そのシャークバイトを目掛けて一直線に向う敵機がいる。

 レーダーに映る単なる記号のひとつに過ぎないその表示を見て、キルシュの腕に鳥肌が立った。


―――デラムロ軍制空戦闘機FFR-11“ナバレス”


 これは以前、自軍の前線基地を燃料気化爆弾で破壊し、スカイ・ギャンビットを撃墜しようと迫って来た機体ではないか。

 2機の護衛を瞬殺され、トルノとジャグの二人掛かりで追い払った、あの敵のエースではないか。

 撃墜の恐怖を味わったキルシュの直感が、そう告げていた。


 トルノとジャグが、そしてリナルドとカルアがいかに凄腕と言っても、無数の無人機を相手にしながらあの強敵と渡り合うのは不可能だ。

 彼等が撃墜されてしまえば、引き付けていた無人機群はクルカルニらに矛先を変え、要塞への攻撃は失敗に終わるだろう。

 そしてクラウドブレイカーの破壊に失敗した時点で、共和国軍に打てる手は無くなる。


 冷静さを旨とするオペレーターが、声の上擦るのも構わずに叫んだ。


《シャークバイト、2時方向よりナバレス‼》



◆ ◆ ◆



《待っていたぜこの野郎……》


 緊迫したキルシュの声を聴いた時、トルノに湧き上がった感情は歓喜だった。

 アイクの仇を討てないままで、この戦争は終われない。この戦場で再びまみえる事を信じながらそれでも不安は拭いきれず、苛烈な戦闘の中にあってなお、常にその事が頭の中を占めていた。


《ここでケリをつけてやる‼》


 トルノが叫んだ。作戦の成否も戦争の行方も遥か彼方へ追いやり、操縦桿スティックを倒し、スロットルを全開にした。


 その激しい感情が、戦場全体を動かした。

 後先を無視したトルノの機動に、それ追う無人機の群れが引きずられる。

 よじれた帯が細くなるように無人機が密集するその一点に、リナルドとカルア、そしてジャグの攻撃が集中した。


 狙いを定める必要もない。密集隊形の空戦トンボドラゴンフライが、3機の放つ弾幕に吸い込まれるように被弾し、爆発した機体に後続機が巻き込まれる。

 バランスを崩した機体同士が接触する。撒き散らされた破片をエンジンが吸い込み、失速した機体は銃弾の餌食になった。


 人には不可能な密集状態での空戦機動。その高度な機体制御が、この時は致命的な結果をもたらした。

 100機に近い無人機とそれを操る人工知能は悲鳴を上げる事もなく、荒涼とした盆地に瓦礫となって降り注いだ。



◆ ◆ ◆



《隊長!》

《駄目だ》


 トルノが仇と狙う“黒鰐”の出現は、クルカルニが率いる攻撃隊でも確認していた。

 多数の無人機と同時にあの強敵を相手にするのは、さすがのトルノでも荷が重い。応援すべきと考えたネリアの言葉を、しかしクルカルニは遮った。


《こちらももう爆撃コースに入っている。自分の任務に集中しろ》

《大丈夫よ、あの男なら多分ね》


 ミラが小さく呟いたのは、ネリアの不安を取り除くためだけでは無かった。


 セレナ山の威容はもう目の前にある。距離が近づくにつれて細部が視認できるようになると、そのおぞましさと圧力は、さらにその度合いを増していく。


 斜面のそこかしこから照射される射撃管制レーダーが全身を串刺しにするのを感じながら、次の瞬間には放たれるミサイルを回避する。

 ポンポンと花火のように打ち上がる高射砲の炸裂から身をかわし、対空機銃の弾幕の前をかすめ飛ぶ。

 クルカルニもネリアも、そしてミラもマーフィも、味方の心配をしていられるような状況ではなかった。


《第1目標。爆弾投下Bombs-away


 身を捻ってミサイルを回避しながら、文字通り針の穴を通すような精密爆撃。マーフィの機体から切り離された爆弾が、クラウドブレイカーのランチャーを木っ端微塵に破壊した。


 レーザー誘導爆弾では敵の妨害を受け、高い高度からの投下では爆弾を迎撃される恐れがある。

 故にクルカルニがメンバーに課したのは、最も原始的で確実な無誘導爆弾による低高度からの爆撃だった。

 そしてこのメンバーには、それをやってのけるだけの射爆技術がある。


《ざまあみろ》


 狂ったように応射してくる機銃を尻目に、4機は次の目標へと狙いを定めた。

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