第62話 Showdown―――決着

《俺はバンクロイドを援護する。カルアとジャグはトンボを片付けろ》

《すっ込んでろ、こいつは俺が……!》


 トルノの援護に入ろうとしたリナルドのバラクーダが四散した。射出座席を作動させる間もなく砕け散った機体を見て、カルアが悲鳴を上げた。

 そしてその直前に割り込んできた通信の、忘れもしない黒鰐クラカディールの声が、トルノの頭を沸騰させた。


《邪魔なんだよ》

《こいつ……‼》


 正面きっての一騎打ち。互いの放ったミサイルが交錯した。トルノは機体を僅かに沈め、黒鰐はくるりと機体を捻ってそれを避け、すれ違った2機は蛇のように絡まりあった。


《お前らは、オレが仕留めそこねた唯一の相手だ。この手で撃破したいと考えていた》


 黒鰐の機銃を横っ飛びにトルノが躱す。


《俺もテメエには―――用があんだよ!》


 機銃を避けて上昇する黒鰐をトルノが追う。


 無人機を掃討しているジャグとカルアは、全力で加速をしながら宙に円を描く2機を見て、手出しのできない不甲斐なさを噛み締めていた。

 カルアは己の技量のつたなさを呪った。

 人にはそれぞれ役割がある。能力や適正に応じて、その場に最適の行動を取るのがプロフェッショナルというものだ。

 しかしカルアは、そのような一般論で自身を納得させる事ができなかった。

 自分にもっと力があればという、悔しさの形を借りた、それは憧れだった。


 そしてジャグは、人間に危害を加える事を禁じた至上命令を、理不尽と考えるようになっていた。

 殺人を禁忌としないデラムロ王国の人工知能は、道義上の批判を浴びずにはいられない。

 それに対抗するべく開発されたA.W.A.R.S.の人工知能が殺人を禁じられているのは、政治とイデオロギーの両面においてアストック共和国の正当性を主張するための方便だった。

 その正しさには疑問の余地がない。己よりも高い能力を持つ存在に、生殺与奪の判断を委ねるほど人類は愚かではない。


 しかし今のジャグにとって、その制約は仲間を救うための行動を縛るかせでしかない。

 そしてその認識こそが、ソニアがジャグに対して抱いた違和感の正体だった。



◆ ◆ ◆



《しぶてえ―――ッ野郎だ!》


 トルノと黒鰐の空中戦は熾烈を極めている。

 双方が持てる戦術を惜しみなく繰り出し、それをやり過ごして反撃に転じる。その繰り返しの中には、常人であれば撃墜を避けられないタイミングが幾度も存在していた。


《しかし、分からないな》


 人が死ぬのが戦争だ。個人的な殺人ではなく、戦う意思を持つ者同士が武器を持って殺し合う。その中で誰かひとりが殺されたからと、相手を付け狙うのは理屈に合わない。

 そもそも復讐などという行為自体が、フィクションの中にだけ生き残る、時代遅れのセンチメンタリズムに他ならないではないか。


 そう問い掛ける黒鰐に、息を途切らせながらトルノがえる。高速で旋回する前進翼の先端が白い筋を引いた。


《復讐が自己満足ってのは―――否定しねえ。だが……》


 復讐が無意味だの虚しいだのというのは、それをできない奴の言い訳だ。奪われた物と報復によって失う物を天秤にかけて、割に合わないと思った途端に賢い理屈をでっち上げる。口当たりのいい論理で、尻込みした自分を正当化しているに過ぎない。

 警察も弁護士もいはしない、ここは戦場で自分はパイロットだ。


《だから、自分テメエの事には自分で―――ケリをつける。それだけだ‼》


 それがトルノ・バンクロイドにとっての復讐だった。


《そんな感傷のために命を張るとは、ロマンチストだな》

《よく言われる――――ッ!》


 その時、トルノの機動が人体の限界を超えた。15Gの急旋回が頭部の血流を押し下げる。暗くなる視界が完全に失われる直前、ナバレスの黒い背中を照準が捉えた。


《……くたばれ、ワニ野郎》


 ロックオン―――ミサイル発射Fox2。取っておきのミサイル3発が時間差をつけて放たれ、くねるような白煙を引いて黒鰐に殺到する。

 これをかわせる者など存在しない。必殺の間合いに、トルノは撃破を確信した。


《―――⁉》


 しかし次の瞬間、爆発するはずの機体が視界から消え去った。

 最大加速で機体を捻り、急旋回で真上を取った黒鰐が、ストームチェイサーの背面へ機銃弾のシャワーを浴びせた。


《テメ……人工………》


 降り注ぐ銃弾と風防キャノピーの破片が、コックピットの内部を跳ね回った。

 迫り上がる血に喉を塞がれ、トルノの言葉が途切れる。それと同時に、力の抜けた機体の機首ががくりと下がった。


《上出来だったな、人間にしては》


 煙を吐きながら飛ぶ瀕死の機体に、黒鰐が狙いを定める。止めのミサイルが放たれる寸前。何かがそれを遮った。


《させるかよ》


 そこに猛然と割って入ったのはジャグだった。

 アフターバーナーを全開にしたハリケーンアイズと2機のドローンパックが隊形を組み、ナバレスに向って銃弾を見舞う。

 トルノへの止めを諦めた黒鰐は機体を翻しざま、ジャグに従うドローンパックの1機を撃墜した。


《オマエも人工知能だったとはな。そうと知っていればあの時にとしていたものを》


 黒鰐クラカディールは人工知能だった。

 共和国がジャグとパラスカインが収集したデータからスティングレイを開発したように、黒鰐こそがデラムロ王国の無人機へ戦術データを提供するためのテスト機だった。

 敵に有力なパイロットがいる戦域へと派遣され、それと戦って勝利した。多くのベテランパイロットたちを食い千切ったその牙に、黒鰐は絶対の自信を持っていた。


 そしてその存在は、アッセンブル・スピアオレンジの設立にも無関係ではなかった。

 有力なパイロットも、分散したままではいずれ黒鰐の標的となって各個に撃破される。文字通りに敵が太り、味方が痩せ細る事を未然に防ぐ事もまた、クルカルニの狙いのひとつだった。


《無理だな。キサマの同型機は実にお粗末な相手だった》

《オレをあいつと一緒にするなよ》

《俺もお前も所詮は機械。性能以上のパフォーマンスは発揮できない》


 結果として、そのクルカルニの思惑は成功した。

 アッセンブルは予想通りの活躍で、この戦争の趨勢を覆した。そしてジャグは、名だたるエースに囲まれて飛躍的な成長を果たした。


 トルノに与えられた、人工知能には不要とも思える疑似人格は、他人と仲間を思い遣る回路ルーチンを生成し、それは言わば“魂”とも言うべき存在としてジャグの中にある。


御託ごたくはいいから、かかってこいよ》


 始めは互角に見えた2機の人工知能の一騎打ちも、しかし決着までそう時間は掛からなかった。

 マドレグ山地の上空で絡み合う二筋の軌跡は、機動性にまさるハリケーンアイズが速度とパワーに優れるナバレスに攻撃ポジションを取られる頻度が増えていく。

 そしてついに、黒鰐が決定的な射撃位置を取った。


《口程にもない。達者なのは口だけだったな》


 激しく機動する2機が完全な縦並びになったのは、ほんの一瞬だけだった。だが人工知能である黒鰐には、その一瞬で十分だった。

 機体下部のウェポンベイが開き、回避不能の距離から放たれた空対空ミサイルAAMが一直線にジャグを目指した。


《こっちの台詞だ、ポンコツめ》


 逃げようとして逃げ切れず、ついに補足されたと見せ掛ける。しかし、それはジャグの誘いだった。


 左右の翼に装備したウェポンパックを切り離すと、その片方が黒鰐のミサイルを受けて爆発する。

 機体を立てたハリケーンアイズが急減速をすると、超機動でそれを回避したナバレスの背後には、もう片方のウェポンパックが待ち構えていた。


 ジャグは全てを演算していた。戦術と呼ぶには乱暴すぎる体当たり同然の機動は、奇しくもジャグがトルノに敗れたあの模擬戦と同じだった。


 ウェポンパックに残されていた5発の短誘導弾がリモートで発射されると、取り囲むようにナバレスを襲う。

 それでも直撃を避けたのは黒鰐の能力の高さを証明していたが、近接信管で弾けたミサイルの破片を浴びた機体に、これ以上の戦闘機動が不可能なのは明らかだった。


《ミゴと……ダ。しかシ、たダでは……》


 目標の達成は不可能。その演算結果を突き付けられた黒鰐は言語機能に不調を生じながら、それでも次善の策を行動に移した。


 煙を引いたストームチェイサーが前方下方向をふらふらと飛ぶのが視える。

 そこへ向けて一直線に、最後のミサイルが放たれた。

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