第59話 チューブライディング

 空挺降下のアトラクションを終えたレッドロータスは、全速力で行軍を続けていた。


 緑の少ない乾燥した山肌。速乾性コンクリートで固めただけの道は、採掘用の大型重機を通すために作られただけあって道幅も広く、戦車の全力走行にも耐えるほどの耐久性を備えている。

 戦車が走ればアスファルトが砕けて剥がれる市街地の道路では体験できないドライブを、マニング少佐と部下たちは堪能していた。


 しかし、これはレジャーではない。降下地点から隊列を組んだ戦車隊は、下りの最速を競っているのでもない。

 アルファ、ブラボー、チャーリー、そしてデルタと設定されたポイントは、山腹を貫くトンネルだった。

 道幅と同様に大型の採掘機械を運搬するトンネルはその幅も高さも大きい。そこに陣取る防衛部隊を排除し、通行の安全を確保するのが、この作戦で彼らに課された任務だった。


《前方にポイントΔデルタを視認。人馬型と無人戦車がお出迎えだ》


 半径25mほどの半円形が岩の壁に口を開けている。その手前に築かれたバリケードを、多数の無人陸戦兵器が守っていた。

 重火器を搭載した四足歩行の馬のような“ホースマン”と、105mmライフル砲を装備した“ゼーリック”中戦車。どちらも人工知能によって操作される無人兵器だ。その高い射撃精度と火力は、ベテラン戦車兵にとっても厄介な相手だった。


 ここまで3箇所のポイントでも、激しい戦闘によって損害を出したレッドロータスは、既に半数以上の車両を失っている。

 しかし、マニング少佐と部下たちの戦意は1mmすらも衰えていなかった。


《このまま突っ込んで撃ちまくれ、もたもた・・・・してたら連中が来ちまうぞ!》


 上官から命令に部下たちが威勢の良い返事を返した。先頭を並んで走る2両が、速度を殺さずに先制攻撃を仕掛ける。

 走行しながらの射撃、しかも初弾で2機の人馬型を仕留めるのは並の技量うでではない。

 アッセンブルのパイロットたちがそうであるように、クルカルニが作戦に引き入れたこの戦車隊もまた、並の戦車乗りではなかった。


 輸送機に積載するため、砲身の長い120mm滑腔砲から換装した短砲身の152mmガンランチャーが、その大口径から榴弾と対戦車ミサイルを吐き出す。

 二列縦隊が左右に別れ、斜面を利用してトンネル入口のバリケードを包囲すると、その後は足を止めての撃ち合いになる。崩れやすい砂岩質の斜面での機動戦は不可能だった。


《ロボット風情が。道を開けろや!》


 連続する砲声と衝撃波に舞い上がる砂塵。砲弾が空を斬り、装甲が穿うがたれる音。目の前の敵を破壊すると、次の獲物を求める砲塔が、モーターの音と共に旋回する。

 それらに掻き消されて、燃え上がる車両から逃げ出す兵の悲鳴は、誰の耳にも届かなかった。


 短いが苛烈な砲火の応酬の後で、その残響だけがマドレグの山々の間にこだましている。

 残ったのはマニングの隊長車を含めてわずか5両。その目の前には、コンクリートブロックのバリケードと、無人兵器の残骸が転がっている。


《生き残った奴は道を塞いだガラクタを始末しろ。俺らの戦争はそれで終わりだ》


 砲塔のハッチから身を乗り出したマニングが、我慢していたタバコに火をつけた。

 損耗率87.5%。戦車の替えは効いても、失われた歴戦の戦車兵は戻ってこない。停戦前の大立ち回りに、レッドロータスは全てを出し切った。


 カルダーノ戦車に装備された排土板が道を開く頃、ジェットエンジンの唸り声が遠雷のように聴こえてきた。

 道の脇にへたり込んだ者が顔を上げる。負傷者を手当する衛生兵が空を振り仰ぐ。そしてタバコを咥えたマニングは、その音に耳をすました。



◆ ◆ ◆



《作戦はオンタイムで進行中。シエラオスカーSierra-oskerは所定の行動を開始せよ》

了解Roger


 スカイ・ギャンビットを囲んで飛ぶ8機の戦闘機が編隊を解き、次々に機体をひるがえして急降下に入る。

 トルノとジャグがその場でくるりと一回転、余分に回って挨拶をすると、キルシュが《幸運を祈るGoodluck》の言葉で応じた。


 第54飛行隊は航空要塞ガルガンチュアを撃破し、レッドロータス戦車隊も予定通りに進行する中、ついにアッセンブルが動き出す。


《高度を200に保ってポイントΑアルファへ向かう》


 クルカルニの指示に復唱が返る。8機がすれすれを飛ぶ起伏の激しい地表を影が駆け抜け、巻き上がる砂塵がその後を追う。

 眼前に黒い山影が立ちはだかると、その中腹にあるトンネルが“ポイント・アルファ”だった。

 空から見れば壁に空いた針穴のようなその場所へ、ジャグを先頭にしたアッセンブルは一列縦隊で突っ込んでいった。


《こいつは、想像以上におっかねえな》

《引き返しても笑わないぞ》

《嘘だね、お前は絶対笑う。そういう奴だ》

《そうしろと教わった・・・・からな》


 無駄口をやめろ、という意志のもったミラの舌打ちに、トルノとジャグは首をすくめた。しかしその無駄口が、他の者の緊張を幾分ほぐしたのも事実だった。


《ほら怒られた。さっさと行け》

分かりましたよ、1番機    Roger commander    


 200mからさらに高度を下げたジャグは、着陸ランディングとほぼ変わらない体勢でトンネル口へと進入した。

 モルタルで固められた半円形の壁面に、左右の翼か垂直尾翼が接触すれば即座に墜落となる繊細な機体操作も、人工知能であるジャグにとっては造作もない。


 続いてトルノのハリケーンアイズが穴に入る。緩やかにカーブしたトンネルを照らすオレンジ色の照明が、時速500kmで後ろへ流れる。しかし先の言葉に反して、トルノはその景色を楽しんですらいた。

 その後にリナルド、そしてカルアと続いていく。8機の戦闘機は、次々と岩山の腹の中へと消えて行った。


 この狭隘きょうあいな空間を戦闘機が飛ぶことが、まずあり得ない。この作戦を可能にしたアッセンブルのパイロットたちの技量には疑う余地はないが、しかし問題は狭さだけではなかった。


 ジェットウォッシュ―――高温高圧、酸素濃度の低下したジェットエンジンの後流を吸い込めば、後続機のエンジンは充分な燃焼を得られずに失速する。

 そうでなくとも、チューブ状の空間を戦闘機が通過すれば、予測のつかない気流が生まれてコントロールを失う可能性もある。

 それらを考慮して、各機には200mの間隔が義務付けられたが、それが正解であるという保証はない。


 1機で挑む事すらも危うい事を、しかも8機で行うという挑戦。いわばこれは、無理を通して道理を引っ込めるという類の曲芸だった。

 しかし、“やってみねば分からない”というぶっつけ本番の危険を冒さなければ、この作戦は成立しない。


《僕、この作戦が終わったら、しばらく操縦桿を握りたくありませんよ》

《そんな事を言うな。終戦記念の展示飛行もある》

《それはまあ、別腹で……》


 空戦とは異なる緊張感の中で、それでも愚痴を言える余裕がカルアにはあった。リナルドの言葉に現金な応えが返ると、ネリアがクスリと笑った。


 アルファを抜けて再び空の下を飛んだのも束の間、相変わらず脚を出せば着陸できるような高度を保ちつつ、真正面にあるブラボー・トンネルに突入していく。


 直線ながらも距離が長く、わずかに下っているブラボーを抜け、急激な明度の変化に視界を奪われるのに注意しながら、くねるような下り坂をかすめるように飛ぶ。

 今度は入口から出口へ向って上り坂になるポイント・チャーリーを通過すると、そこはもうマドレグ山地の中心部に近い。


 最後の関門となるポイント・デルタの入口では、戦闘を終えた戦車隊の兵たちがアッセンブルの機体を待ち構えていた。


《高速カーブの後はホームストレッチだぜ。クラッシュすんなよ、空軍の》

《ほざくなよ陸軍の。目ぇつむってたって余裕だぜ》


 一足先にコーヒーでくつろぐマニングの前を、トルノの機体が飛び過ぎた。

 サーキットの観覧席よろしく、道のきわの傾斜に座り込んだ戦車兵たちは、ある者は拳を振り上げ、またある者は直立しての敬礼で、味方の最大戦力である空の英雄を見送っている。

 目前を通過する戦闘機の衝撃を受けて吹き飛ばされ、笑い声を上げている。


 誰もが勝利を信じて疑わない。絶対的な信頼感を翼に受けて、1機の人工知能と7人のパイロットは最後の戦場を目指した。

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