第58話 ガルガンチュア
《レーダーコンタクト。方位005より敵航空要塞が接近中。スラスト、スラッシュ両中隊は戦闘準備》
《
レッドロータスの空挺降下を下に見ながら西へ飛ぶと、巨大な飛行物体をレーダーに捉えたスカイ・ギャンビットが警告を発した。
第19仮設空軍基地を目指して侵攻してきたセルケトヘティトと同型の空飛ぶ要塞“ガルガンチュア”がこの空を守っている事は、すでに作戦に織り込まれている。
《締めて掛かれよ。
1機のバラクーダが3機のスティングレイを従えて、16機編成だった第54飛行隊は計64機の大所帯になっている。
以前はアッセンブル―――ジャグのコントロールに任せるためのミサイルを、撃っては引き返すだけの単なる「
それが今度は、自分たちがこの怪物を食い止める役を仰せつかって、かつてのルーキーたちは張り切っている。
赤いカラーリングだったセルケトに対して、黒く塗装されたガルガンチュアは、マドレグの山々の上に大きな影を落としながら進んでくる。
機体全体が翼である全翼機の各所から多数の空戦無人機を吐き出しながら、同時に無数の対空ミサイルを打ち上げている。
54飛行隊の各機は、一定の距離を保ってそれを
それは彼らが初めて目にしたアッセンブル―――トルノの空戦と酷似していた。
味方を追う無人機をその背後の者が喰う、全幅1kmを超える空の要塞の周囲に、54飛行隊が鉄の
《無理に攻撃を仕掛けるな》
機動性では劣るものの、エンジンのパワーに優れるバラクーダが敵を引っ張る。敵からの攻撃を回避するのに重きを置いた機動で、攻撃はもっぱらスティングレイに任せている。
それでも、交戦開始から10分足らずで30機のスティングレイが
《くっそ! これじゃ長くは……》
誰かが苦しげに呟いたその時、ギャンビットからの通信が入った。
《クラウドブレイカーを確認! 弾着まで5……4……》
スカイ・ギャンビットからの警告が、パイロットたちの顔を引き
北から猛スピードで飛来する物体をレーダーが捉え、そうでなくてもけたたましいロックオン
《―――降下! 回避!》
高速旋回のGに耐えながら、編隊長が指示を飛ばした。レーダー画面にはクラウドブレイカーが撒き散らすであろう誘導弾の攻撃範囲が表示されている。その間合いから逃れそびれれば、どう足掻いても撃墜は避けられない。
54飛行隊の全機が
その時、音速の約9倍の速度で冬の薄雲を切り裂いて、弾頭が飛来した。
◆ ◆ ◆
《
重量バランスを失って自壊したランバージャックは、波に洗われる砂の城のようにうずくまっている。
王国軍の負傷者と捕虜を送り届けた巡洋艦アーチボルドとミサイル駆逐艦ファーレインが護衛に付くなかで、夜を徹しての作業を行った工兵部隊は、傾いた甲板にそそり立つ大型ランチャーの周辺から大急ぎで退避した。
「こんな細工で上手く行ったら奇跡だぜ」
「馬鹿野郎、そうでなくちゃ困るんだよ!」
アストック海軍による狂乱の攻撃にも耐え抜いた分厚い装甲板の下には、あの恐るべき極超音速対空ミサイル“クラウドブレイカー”が残されていた。
それを利用可能にして、この作戦に組み込むというクルカルニの計画のために、工兵たちは昼夜を問わずの突貫作業に駆り出されていた。
専用のランチャーは破壊された上に甲板は傾斜し、巨大な動力を必要とする装填システムも作動不能となっている。
規格の異なる王国製の部品は自作せざるを得なかった。大型輸送艦を引っ張り出して、その発電機を動力部に直結した。傾いた甲板はどうにもならず、
ミサイルが飛び出しさえすれば、その後の誘導はスカイ・ギャンビットがしてくれる。
ともかく射出して次弾を装填し、また発射する事が可能であれば文句はない。しかし、そのためのテストの時間は与えられていない。
丸太のような電力ケーブルをハードルのように飛び越えて、積まれた
「細工は流々、後は仕上げを
―――ランチャーが爆発した。
ある者はそう思った。それほどの轟音と衝撃だった。噴き出した噴射煙が一瞬で視界を真っ白に染め、爆風が土嚢の上を吹き抜けて行った。
しかし、強力な固体燃料ロケットはミサイルを宙へと押し上げていた。75°の角度で打ち上げられた大型ミサイルはみるみる内に加速して、南の空へ遠ざかっていく。
「やりゃあどうにかなるもんだな……」
総勢50名を超える工兵たちがそれを見上げる。だが、作戦はこれで終わりではない。
「次弾装填不能。ギアが
「馬鹿野郎、バールでも何でも突っ込んで回せ!」
最終的には人の手で押し込んででも、次を撃たなければ空軍の連中が全滅する。その隊長の怒鳴り声に、工具を手に手に持った兵たちはランチャーの元へ走り出した。
◆ ◆ ◆
《弾着……
超高速でガルガンチュアの上空に飛来したクラウドブレイカーが、展開した外装自体をエアブレーキとして減速する。四角錐の弾頭が、その一面につき30発の誘導弾を発射すると、計120のミサイルが紺碧の空に拡散した。
無人機が誇る機動性能も、その面的な制圧攻撃の前には無力だった。スラスト・スラッシュの両隊に引き回された数十機の
それと同じく、人工知能に制御された空中要塞の対空システムも、一度に襲い掛かる大量のミサイルに対処するのは不可能だった。
黒い機体の上面に林立する対空兵装が爆発し、何かに伸し掛かられるように
《
《イカれた兵器を作りやがって。
《無駄口を叩く暇は無いわよ。次弾5……4……》
クラウドブレイカーの凄まじい破壊力は、敵に回せば脅威以外の何者でもないが、味方になればこれほど心強い物もない。
常識外れの威力に興奮したパイロットが上げる感嘆と
キルシュ・コーエンの美声がカウントダウンを刻む。
ゼロの発声と同時に飛来した2発目のミサイルが、航空要塞の直上で炸裂する。カーニバルを知らせる花火のように拡散した小型誘導弾が、炎と黒煙に包まれた巨体に降り注いだ。
《これが本当のトドメだ。全機、攻撃開始!》
無数のミサイルをその身に受けたガルガンチュアは、まだ辛うじて自力で飛行を続けている。そこへ、第54飛行隊に残ったミサイルの全弾が叩き込まれた。
推進力を喪失した全幅1kmの全翼機の高度が下がる。有害な黒煙を吹き出しながら、岩と低木しか無い山々の上をかすめ飛び、ついにひとつの岩山に接触して、その山頂を削り取った。
爆発が起こった。つんのめるように岩肌の急斜面を滑りながら、さらに数度の大爆発を繰り返し、そして止まった。
《
スカイ・ギャンビットの撃墜コールが高らかに響いた。第54飛行隊のパイロットたちは勿論、ランバージャックの甲板で奮闘した工兵隊も、声の限りに
《やるじゃねーか。もうルーキーとは呼べねえな》
その場にはいないトルノの祝辞は、彼らの涙腺を刺激せずにはいなかった。あの“ブレイクショット作戦”以降、最も欲した勲章を彼らは勝ち取った。
スラッシュ01。あの“ブレイクショット作戦”のブリーフィングでクルカルニに抗弁した編隊長は、マスクから送り込まれる乾燥した酸素を深く吸い込んだ。
トルノへの感謝の言葉が口をついたが、それをぐっと飲み込む。涙で湿った声を聞かれれば、からかわれるのは目に見えていた。
《01より各機。反転して超低空で戦域を離脱》
ガルガンチュアを失ったとなれば、今度は敵のクラウドブレイカーが飛んでくる。
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