第57話 セレナ・マイニングベース
「共和国の部隊がマドレグに進入したか」
執務室で報告を受けたイルール・クラムは、開いていた軍服の襟を閉じた。
共和国との間には、停戦に向けた非公式の会合をすでに2度行ったが、苦境にあるはずの相手がそれに飛びつかないのは、これを狙っての事だろう。
つまり共和国は、停戦間際に軍事的な成果を上げて、交渉のイニシアティブを手に入れようと画策している。
あの小心者のヘイスティングにそのような胆の座った外交はできない。するとやはり、裏で糸を引くのはクルカルニとセレンディル老辺りだろうと察しがついた。
「想定内だ。所定のシナリオに従って迎撃せよ」
デスクの上のインターフォンに指示を出したクラムは、革張りの椅子から立ち上がる。
マホガニーのパネルが四方を覆う、いかにも王宮然とした執務室で、そこだけが無機的なアイボリーのスライドドアが開くと、そこは金属フレームと樹脂で構成された近代的な施設だった。
白い光に照らされる
そこに挿入された耐熱パイプが吸い上げる1300℃のマグマと、豊富な地下水脈を利用して莫大な電力を生み出す。
その発電システムを心臓部とした、マドレグ山地におけるデラムロ王国の採掘拠点が、この“セレナ・マイニングベース”だった。
三千年の昔から聖地と呼ばれ、人の手の入らなかった山岳地帯の中央部に鎮座する、標高4000mのセレナ山。その腹の中をくり抜いて建造された、採掘基地であると同時に王国最大の軍事拠点。
クラムはその戦力に絶対の自信を置いている。
アストックがここを目標にするならばいっそ都合がよい。
敵が注ぎ込んできた大戦力をここで一蹴してやれば、セルケトヘティトやランバージャックの撃破に味を占めた日和見主義の共和国首脳も、図々しい権利の主張など引っ込めざるを得ないだろう。
クラムが司令室に入ると、士官たちが敬礼で出迎えた。
「民間の技術者は所定に従ってシェルターへ退避を始めました」
「現在、敵の航空部隊が山地エリアの東側から越境しています。密集しているため機数は不明ですが、大部隊です」
「同じく東側に開通済のトンネルが、空挺降下した敵部隊の攻撃を受けています」
次々と上がる報告を聞きながら、正面の大型ディスプレイをじっと見詰めると、矢継ぎ早に指示を返していく。
クラムにとってはどれもこれも、想定した範囲を逸脱しない凡庸な作戦行動だった。これならば欲をかいた共和国に手痛い教訓を与えてやれると、クラムは余裕の笑みを浮かべる。
「敵の航空部隊にはガルガンチュアを差し向けろ。こちらの対応が遅れたと見せて敵を引き付け、一気に
命令は直ちに実行された。戦域図に表示された大きな矢印が、描いている円軌道を離れてゆっくりと移動を始める。セルケトヘティトと対をなして山地の防空を担う無人航空要塞“ガルガンチュア”が、その巨体を緩やかにバンクさせて東へ進路をとった。
◆ ◆ ◆
マニング少佐とレッドロータス戦車大隊の隊員たちは、狭苦しい戦車の座席で息を詰めていた。
自分たちを腹に収めた輸送機が、風を受けてふわりと揺れる感覚。暗い
「作戦開始だ。各員、降下準備!」
耳障りなブザーに続いて、待ちに待ったアナウンスが機内に響いた。高度1500m。機体後部のハッチが開くと、そこには朝の光に深く陰影を刻んだマドレグの峰々が、時速500kmで流れていく。
「
重量60tのカルダーノ主力戦車を乗せたトレーが床のレールを滑り降りる。数秒置きに空へと躍り出る鋼鉄の塊は、次々に暗灰色の落下傘を開いていく。
V字隊形を組んだ10機の輸送機の遥か上を、第54飛行隊のバラクーダとスティングレイの大編隊が追い越していった。
パラシュートからトレーの四隅に繋がれたワイヤーが、車体を水平に保ったまま滑空していく。胃が持ち上がるような落下感に、隊の誰かが奇声とも歓声ともつかない叫び声を上げている。
地表が近づくとワイヤーに装備されたロケットモーターが作動して速度を殺し、轟音と土煙を上げながら接地する。
「全車、接地確認!」
「オーケー、大隊前進。
車体をトレーに固定していた爆砕ボルトが弾け飛ぶと、マニングの号令で一斉に始動したガスタービンエンジンの雄叫びが山々の間に反響する。
35両の戦車と5両の装甲輸送車が、目標へ向けて進軍を始めた。
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