第56話 ストレリチア作戦

「以上がこの“ストレリチア作戦”の概要となる」


 何か質問は、というクルカルニの問いに、ブリーフィングルームの中は静まり返っている。


 窓の外、滑走路の先ではセルケトヘティトの解体作業が行われているのが見える。

 トルノたちアッセンブル・スピアオレンジのメンバーは、再び第19仮設空軍基地へ戻っていた。


 第54飛行隊のパイロットたちも、キルシュ・コーエンと早期警戒管制機AWACS“スカイギャンビット”の乗組員たちもいる。

 この“ストレリチア作戦”に際して、アッセンブルだけでなく“ブレイクショット作戦”を共に戦った部隊が再び顔を揃えていた。

 この場には居ないが、マニング少佐の率いる“レッドロータス”―――昇進によって中隊から大隊規模となった―――は、すでに作戦行動に入っている。


「相変わらず、大佐の立てる作戦は奇想天外というか、無茶苦茶ですね」

「そうだろうか?」

「どうしてそこで不服そうな顔ができるのか、そっちの方が分かりませんよ」


 明け透けな批判にクルカルニが首を傾げると、トルノはやれやれと天を仰いだ。

 これでも言葉は選んだつもりで、率直に言えばこの白髪の司令官は頭がどうかしていると思うしかない。

 そのトルノの意見には他の者も揃って同意を示し、クルカルニは肩をすくめる。


「無理だ……と、そういう事かな?」

「誰も無理だとは言いませんがね。簡単じゃないのは確かですよ」

「そうだな。だが、これまでに容易な任務などひとつでもあったか?」


 そう言葉を向けられたリナルドは「参りました」と首を振った。


「そう、諸君は私がその技量うでを見込んだ一流のパイロットだ。よって、そこいらの連中と同じレベルで作戦を立てる必要はない。違うか?」

「困るなぁ。おだてれば何でもやるってわけじゃないですよ、僕らは」

「これが成功すれば、さぞかしモテるだろうな」

「今すぐやりましょう」

「おバカ……」


 いとも容易くカルアが乗ると、心底軽蔑したように、そして苦し気にネリアが呟く。クルカルニがしようとしている事は、ノリや勢いでこなせるような曲芸ではない。


「俺は構いませんよ。これで戦争が終わるってんなら、ここで借りを精算してやる……」

「そういう事だ。化け物飛行機や海のデカブツをぶっ壊した程度じゃあ、この借りはとても返し切れねえ」


 虚ろでありながら妙にギラついた目のマーフィがボソボソと言うと、それにトルノが賛同した。


 黒鰐―――あの黒いナバレスとだけは、決着をつける必要がある。

 敵の前線基地での遭遇以来、セルケト戦でもランバージャック戦でも顔を見せなかった敵のエースパイロット。ハイランダーズとかいうノロマ共とは次元の違うあの相手を、次こそ叩き落とすのがトルノの目的だった。


「しかし隊長ボス。ひとつ訂正してもらおう」

「何だジャグ?」

「オレたちは一流じゃない。超一流だ」

「これは失敬」


 その超一流に期待する、とクルカルニが笑うと、言うじゃねえかとトルノも笑った。やはりこの人たちは半端じゃないと54飛行隊の若者たちも声を上げ、キルシュは男ってアホだよね、と首を振った。


「よろしい。それでは作戦を開始する」


 最後の作戦を前にして、恐怖よりも高揚感が勝っている。多分そのまま生きて帰れない者もいる。

 しかしこの場の誰もが、自分だけは生き残ると信じて疑わなかった。

 皆が続々と席を立ち、それぞれの持ち場へ向って歩き出す。

 その中で唯ひとり、戦う心を持たないソニアだけが、座ったままでうつむいていた。


「心配するな。オレは今度も必ず戻る」

「…………」

「ソニア……」


 ジャグの呼び掛けにも答えないソニアの肩をトルノが叩いた。その力によろけた天才少女は、涙の滲む目で天才パイロットを自称する男を睨んだ。


「心配すんな。なんたって俺がついてる」

「だから心配なんじゃないですか!」


 久し振りの剣幕に降参のポーズをして、トルノが歩み去る。その背中とその腕に抱えられた黒い水筒 ジャグ を、ソニアはじっと見詰めていた。



◆ ◆ ◆



全部隊傾注Attention all unit'sこちらはスカイギャンビット》


 上空にある早期警戒管制機から、作戦に参加する全ての部隊へ無線が飛ぶ。

 アッセンブルと第54飛行隊、レッドロータス以外にも、この作戦に編入された多くの者が心待ちにしていた号令が、通信回線を疾走はしった。


“ストレリチア”作戦開始  Operation STRELIZIA start  。作戦開始》


 先発する54飛行隊の次々とバラクーダmk-3MRF-17Cとその僚機であるスティングレイUAV-1が、誘導路から滑走路へタキシングしていく。

 つい先日の“ブレイクショット作戦”の時には丸出しのルーキーだった彼らも、ロミナ回廊方面での激戦を戦い抜いて、もはや一端のパイロットに成長していた。


《お先に失礼します。バンクロイド大尉   Captain ,Bankroid   

《俺は少佐だ、アホタレ》

《いいえ、あなたはずっと大将Captainですよ。俺らにとってはね》

《気色の悪い事を言ってねえで、さっさと行け》


 無線越しの、相変わらず口の悪いトルノの声は笑っている。これから死ぬかもしれないと言う時に、人におべっかを使っている場合ではない。


《せめて足は引っ張らないようにしますよ》

《いいや、頼りにしてるぜ兄弟Bro


 管制塔から離陸を促されて、スラスト小隊の1番機が飛び立っていく。それに続いて、54飛行隊が次々と空に上がって言った。

 その姿をコックピットの風防キャノピー越しに見ているトルノの機体の前を、クルカルニのストームチェイサーが通り過ぎる。


《そう言えば大佐》

《何だ?》

《この“ストレリチア”って作戦名。何なんです》

《ストレリチアは花の名だ。別名は“極楽鳥花ごくらくちょうか”》


 その疑問にジャグが解説を挟むと、クルカルニは「そういう事だ」と言って自嘲気味に笑った。


《母親が好きな花だった。それだけだ》


 クルカルニの素性を知る者は、この隊はおろか軍の中にも殆ど存在しない。リアナの事も、この戦争が私怨に端を発している事も、全ては秘匿ひとくされている。

 しかし、クルカルニの言葉の調子。その裏にある何かを感じないほど、トルノは鈍感では無かった。


《まったく、マザコンはイヤだね》

《そう悪しざまに言ってくれるな。最後まで付き合ってくれよ、少佐殿》

《勿論お付き合いしますとも、大佐殿。こっちにもこっちの都合があります》


 誘導路から進入した滑走路に、朝の陽が機体の影を長く落とす。

 トルノの操作に応じて回転数を上げたエンジン音のトーンが高まり、前へ進もうとする機体をブレーキが食い止める。


《19管制塔コントロールよりスピアオレンジ   Sierra oscar   離陸を許可する Cleared for takeoff 幸運をGoodluck

《そっちもな!シャークバイト01。離陸Takeoff!》


 ブレーキを解放されたストームチェイサー  NFX-23  が滑走路を疾走する。その斜め後方には、ジャグが駆るハリケーンアイズ NFX-23-3ADV が付き従う。

 磨き上げられた翼を陽光に煌めかせて空へ舞い上がった2機は、機体を一捻りして地上の仲間に挨拶をした。19基地の兵たちは、歓声と指笛でそれを見送る。


 固く握った手を胸に当てたソニアは、滑走路の端から飛び去るジャグを見詰めていた。耳をつんざくエンジン音も、風に混じるジェット燃料のきつい臭いも、いまは全く気にならなかった。


 一騎当千のパイロット集団“アッセンブル・スピアオレンジ”。その最後の作戦がいま、始まった。

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