第46話 Lunberjack

 出港から2日目の朝には、水平線の先に陸地が見え始めた。

 低気圧が接近中との報告は受けてもその気配は感じられず、穏やかな冬の海は晴天の光を水面に映し、風に乗った海鳥が魚影に群がるのが見える。


 予定通りの速度で進む“ランバージャック”の姿を司令塔から見下ろせば、些細な不安や苛立ちなどが首をもたげる事もない。

 潜水艦隊が攻撃を受けたのは予想外の事だったが、豪胆なガルグドレンはそれを些事さじと笑い飛ばし、丹念に整えたヒゲを不敵に歪ませた。


「待っていろよアストックの俗物ども」


 3500mの滑走路を中心にして、格納庫や各種兵装を収める構造物が整然と配置された、海に浮かぶ巨大な正六角形。

 いわゆる艦船ではない。その構造は20階建てのビルディングを束ねて海に浮かべたようなもので、甲板に見える部分は、いわばその屋上部にあたる。

 あらゆる兵器と2万人を超える兵員をその内部に収め、超大出力ジェット推進によって、ひとつの基地を丸ごと移動させている。


 切り出した木を束ねて川に浮かべる木樵きこりに準えて“ランバージャック”と命名されたこの「動く島」は、10ノット―――時速にして約20kmの速度でナレイ半島を迂回し、ゲーリング湾を目指していた。


「そして待っていろよ、クルカルニ。じきに逃げ隠れもできなくしてやる」


 無人機の編隊を同時多発的に投入し、それを総出で迎え撃つであろう敵を“クラウドブレイカー”で一網打尽にする作戦は見事に的中した。

 航空戦力に大きな打撃を被ったアストック軍に、もはや制空権を維持する能力は残されていないだろう。

 開戦時に多くの艦艇を失った艦隊は再建されたという情報がない以上、制海権もこちらのものだ。


「しかし閣下。敵には未だスピアオレンジなる飛行隊が健在です」


 それまでガルグドレンの後ろに控えていた士官がうやうやしく、そして控え目に声を掛けた。

 まだ若く、二十代の前半ほどに見える青年は、貴族然としたデラムロ軍高級士官の軍服に身を包む、子爵家の長男だった。


「無論だ。しかしオーネルよ、そこは貴殿らに期待をして構わないのだろう?」

「はい。このカルマン・オーネル率いる“ハイランダーズ”が必ずや、閣下とイルール・クラム様のお役に立ってみせます」


 そう広言するカルマンが率いる“ハイランダーズ”は、貴族の子弟のみによって編成されたデラムロ空軍のエリートチームだ。


 周辺の一等国として長らく君臨するデラムロ王国は経済的にも外交的にも憂いが無く、また国民の生活水準も総じて高い。

 しかし反面、徴兵制もなく個々の国民の国防意識も低く、自国産の先端兵器を装備はしていても、兵の士気と練度は低い。


 それを補っているのが、王族と貴族だった。古来から領地と領民の守護を権力の裏付けとしてきたエリートたちは、戦う義務を叩き込まれて育つ。

 貧弱な常備軍の中にあって軍人らしい軍人と言えば、カルマンのような貴族と子弟に加え、その縁者たちくらいのものだった。


 武門の子として育てられながら、数世代も戦乱らしい戦乱を得られなかった貴族たちにとって、活躍の機会に飢え、旺盛な戦意をもて余す彼らにとって、無人兵器の大量投入によって兵への負担を減らし、その弱さを補うイルール・クラムの戦略は、隠然とした不満の対象になっていた。


 そうと知って、その受け皿になったのがガルグドレンだ。

 兄に比べて豪快で、人情に厚いのが己の持ち味と自認する弟は、発揮するあてのない戦技を訓練する日々にくすぶる若者たちを、この戦場に伴っていた。


「存分に腕を振るえ。そして王国の戦史にその名を刻め」

「王国のために!」


 一列に並べた自分たちの前に立って談判し、難色を示すイルール・クラムをその熱弁で説き伏せたガルグドレンに、カルマン以下の“ハイランダーズ”の隊員たちは、厚い恩義と忠誠を感じている。


 胸に拳をあてる王国式の敬礼を施し、きびすを返した青年士官が司令室を出る。

 初陣への緊張は、来るべき栄光への高揚感によって隅へと押しやられ、その足取りは軽やかだった。

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