第45話 Fireworks

 それに最初に気がついたのは、当然というべきかジャグだった。


回避Break! 回避Break!》


 レーダーの範囲レンジ外から飛来する飛翔体は識別信号もなく、戦闘機ともミサイルとも異なる物体のその速度は音速の10倍に近い。悠長に状況を説明している時間は無かった。


 それでも攻撃に反応できたのは、空軍きってのエース集団であるアッセンブルのメンバーだったからに他ならない。

 しかし、雨あられと降り注ぐミサイルの回避の成否は、純粋な運に委ねられた。


《何が――――》


 疑問の声を残して、チェイニーの機体が爆発した。被弾しての墜落ではなく空中で四散し、射出座席を使用する間も無かった。

 急回避のGにかすれた声で、妻子の名を叫ぼうとして、言い切れぬ間にガントが死んだ。

 燃え上がる機体は海辺の町の上を飛び過ぎ、斜面の木々を薙ぎ倒して燃え上がった。


《事前情報にあった極超音速ミサイル   クラウドブレイカー   だ。レーダーを地形追随飛行モードに。来るのが分かってからでは回避できん》


 超高速で飛来する大型の飛翔体そのものがミサイルランチャーであり、目的の上空で120発のミサイルを全方位に向けて撒き散らす。それが謎の攻撃の正体だった。

 その兵器の情報は既にもたらされていた。クルカルニは参謀本部を通じて、その危険性について注意を促していた。

 しかし現実は、知っていれば対処できるようなものではなかった。

 幸運にもそれをかわせたのは、旋回をせず地面へ向けてダイブした者だけだった。


畜生ガッデム!》というトルノの罵声に応じる者はいない。次の攻撃がいつ来るとも分からなかった。

 リナルドとカルアは黙りこくり、ネリアの荒い息遣いと弟を失ったマーフィーの噛み殺した嗚咽おえつだけが聞こえる。

 アッセンブルの生き残りは基地へ向って地を這うように飛んだ。



◆ ◆ ◆



 ソルベラミの司令室では、被害を報告する通信が渦を巻くようだった。しかし、報告が入ればまだましで、交信する間もなく消息を断った隊もかなりの数に及んでいる。

 戦域全体をカバーするレーダー画面から、味方を表すマーカーがひとつ、またひとつと消える度に、壁面で各飛行隊の状態を表示しているフライトインフォメーションボードの表示は、次々とLOSTの文字に変わっていった。


「これは……何だ、大佐」


 マーロン少将の顔が汗塗れなのは、空調が暑すぎたからではない。

 領空内のあちこちに現れた敵無人機を迎撃するため、ソルベラミもそれ以外の基地も、全力出撃に近い状態だった。そのほとんどが全てが、一瞬の内に撃墜されたのだ。

 突然に飛来した敵の極超音速兵器の数は54機。それによって失われた戦闘機は、有人無人を合わせて200機に近い。


 その状況で眉ひとつ動かさないクルカルニを見て、マーロンはその神経を疑った。

 乾いた喉を潤すためにコーヒーを含んでも、何の味も感じなかった。


「“ランバージャック”が動きましたね。使用された兵器は“クラウドブレイカー”です」


 マーロンもその情報には目を通した。しかし、何らの対応策も思い浮かばなかった。

 マッハ10で飛来する回避不能の攻撃があるからといって、侵入してくる無人機を放置する事などできはしない。

 参謀本部に、そして自分に何か打てる手があったかと自問しても、改めて「対処不能」の言葉を突きつけられるだけだった。


「これでは我が軍は……」


 負ける、という言葉をマーロンは呑み込んだ。指揮官が、部下の見ている前で口にして良い言葉では無かった。


「いいえ少将。これには我々スピアオレンジが対応します。お願いした準備を進めて頂きたい」

「……分かった」


 クルカルニは平然としている。

 やはり、この男はどこかのネジ・・が外れているのではないか。そういぶかるマーロンに向って、ゆるりと敬礼をして見せた空軍大佐は、ミラを伴って司令室を後にした。



◆ ◆ ◆



 司令室の廊下は、急ぎ足で行き交う士官や兵でごった返していた。

 墜落機の捜索をすべきか否か。この基地への直接攻撃があればどうするのか。様々な部署が報告を携え、指示を求めて司令室へ出入りを繰り返すたび、切迫した声が響いている。


「どのように、いたしますか……」


 人の流れを避けてリノリウム張りの通路の端を進むクルカルニは、歩みを止めず顔だけを向けた。

 ミラが殊更に淡々とした口調で話すのは、周囲の騒がしい雰囲気に言葉を紛らわすためだ。


「“ランバージャック”が叩ける位置に来るまでは待機になる」


 アストック軍は“クラウドブレイカー”を警戒して迎撃機を上げられなくなる。

 既存の地対空ミサイルが通用しない以上、敵の対地攻撃ドローンに対しては、こちらも無人機スティングレイを向かわせるしかない。

 しかし、量産体制が整ったとは言え、未だ少数のスティングレイのみで敵の攻撃の全てに対処するのは難しい。軍事施設への被害には、ある程度目をつむる必要があるだろう。


 そう話すクルカルニはしかし、自分へ向く視線に非難の色を感じて言葉を切った。

 途中で遮られたミラからの問いは、戦略や戦術、今後の作戦行動に対する事ではなかった。


「いえ、ガント大尉とチェイニー大尉の事で……」


 クルカルニが足を止めた。ほんの一瞬だけ呆けたようにミラの目を見ると「ああ……」と呟き、また歩き出した。


「それの件は、君に任せる」


 それは当然の事だ。戦死した者の事より、仲間を失った部下の事より、作戦の成否に心を砕くのが司令官の務めだ。

 頭では理解しながらも、その態度に心が納得しない。それは自分が甘いのだ。

 そう自分に言い聞かせるミラは、ぐっと奥歯を噛みしめた。

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