第44話 Submarine attack

 アストック共和国の沿岸と内陸部で始まった、デラムロ軍無人機ドローン部隊による文字通りの一斉侵攻。

 その対応に奔走ほんそうする司令部の一角では、クルカルニとミラ、そして基地司令マーロン少将以下の海軍参謀の数名が、額を寄せるようにしてデスクを取り囲んでいた。


 それ自体がディスプレイとなっている机上にはナレイ半島とその近海全域が映し出され、確認されている敵編隊の進路と、味方の飛行隊を示す記号がリアルタイム表示されている。


「味方は善戦していますが、この圧力が長く続けば、支え続けるのは難しいでしょう」

「回廊の方でも似たような状況です」


 少佐と中佐の階級章をつけた二人の参謀が、マーロンを、次いでクルカルニの顔を伺う。

 敵の対応に全力出撃を強いられているのはソルベラミ以外の基地でも同様で、朝から半日足らずの間に早くも兵は疲弊ひへいし始めている。


「敵とて無尽蔵の戦力があるわけでなし、いつかは攻撃も止むだろうが……」

「それまで我が軍が持ち堪えられるかは、難しいところですね」


 希望的観測を封じられたマーロンは、唸ることしかできない。

 しかし彼らは、手をこまねいて状況を座視している訳ではなかった。


「参謀本部の分析が出ました!」

「すぐに出せ」


 航続距離から考えても、敵機の全てがデラムロ領内から飛来しているとは考えられない。となれば、必ずどこかに空母ないしはそれに類する母艦機能を持つ何か・・がある筈だった。

 敵の出現から移動方向などのデータから、それを導き出す。さらに言えば哨戒網に敢えて穴を作り、そこを敵に突かせる形で所在の特定を容易にする工作は、敵の襲来以前から仕掛けられていた。


「カーシャ沖、西120kmの海域が最有力です」

「ではそろそろ刈り取るか。お味方にばかり苦労を掛けては恨まれるからな」


 ミラが指した海域ポイントは、複雑な海底地形と穏やかな潮流のために、普段は豊かな漁場として知られている。

 水深も充分にあるその海域は、つまり潜水艦の隠れ家として理想的な場所だった。


「少将、対潜哨戒機を出してソノブイの檻を作って下さい。曲者くせもの狩りは我が隊にお任せを」


 何処からともなく現れる敵機への場当たり的な対応には参加せず、その本拠地を叩くのがアッセンブルの役目だった。

 クルカルニの指示を受けたミラが、待ちくたびれているであろう仲間の待つ待機室へ連絡を入れると、小気味よく応じるトルノの声は、お預け・・・を食らっている猟犬のように踊っている。


「出番よ。全機、対潜水艦装備」

「待ってました。今夜の晩飯は鯨肉だ」



◆ ◆ ◆



《シーランタン、ソノブイを投下》


 薄雲の隙間から差し込む弱々しい陽に照らされ、穏やかにうねる群青色の水面に、双発のターボプロップ機が白い物体を投下していく。

 ソノブイ―――海中に音波を発し、その反射で潜水艦を探し当てる浮きブイが、広く海域を取り囲むように配置され、アクティブソナーが放つ探信たんしん音波が海中を走った。


 哨戒機に搭載された人工知能が、その反射から水中の様子を映像化すると、それを見たトルノは小さく口笛を吹く。


《1隻や2隻じゃないと思っていたが、大物が5隻と小物が2隻か》

《発見されたのは敵も承知だ。逃げ出す前にケリをつけろ》


 海中の音を拾うパッシブソナーと異なり、アクティブソナーの探信音は、潜水艦の外装をハンマーのように殴りつける。こちらが相手を発見すれば、発見された方もそれが分かる。

 そうなれば、隠密行動が本領である潜水艦は逃げ出すのが定石セオリーだが、クルカルニの予想に反して3隻の艦がその場に踏み止まった。


やっこさんたち、どうやらやる気だな》

《仲間を逃がすその根性は買うけど、逃がさないわよ》


 ガントとネリアのダンシングエッジが先頭トップを取った。バイパーバイトとワスプスティングがその左右につき、高度を下げて攻撃体勢を取る。

 トルノとジャグのシャークバイトは、敵航空機を警戒して高度を取った。

 

《敵潜、浮上!》


 対潜哨戒機シーランタンの無線と同時に、二箇所の水面が小山のように盛り上がる。水飛沫を上げて水面に姿を現したのは、黒い細身の船体だった。

 機動力に優れる2隻の攻撃型潜水艦が、その艦首に備えた発射管からミサイルを発射した。


《回避しろ!》


 リナルドの声に反応して散開したカルアとガント、ネリアの4機は、ミサイルを振り切ろうと加速を始める。


《まどろっこしい》


 しかし、マーフィーとチェイニーのバラクータは、ミサイルへ向かって加速した。

 海面を這うようにして飛ぶ2機の後を、蹴立てられた白波が追う。それは、正面から向かってくるミサイルとのチキンレースだった。


《ワスプスティング、FOX3》


 マーフィとチェイニーは、射程に入ると同時に翼下の対潜ミサイルを切り離した。

 敵弾がレーダー誘導から赤外線追尾に切り替わるタイミングで、フレアを放出しながら機体を浮かせると、高熱を発するおとりを追ったミサイルは、海面で爆発した。


 2機の放った対潜ミサイルは着水し、ブースターを切り離した短魚雷が一直線に潜水艦へ向かう。

 命中した。至近距離から放たれた魚雷をかわす術はなく、艦の真下に潜り込んだ魚雷が炸裂すると、強力な衝撃波が海面を白く波立たせた。


 遮音ゴムに覆われた腹を突き上げられ、し曲げられた2隻の潜水艦は、大量の気泡を噴き出しながら沈んでいく。


敵潜水艦撃沈Enemy submarine sank2》

《グッキル、ワスプ! しっかし、見ているこっちがヒヤヒヤするぜ》

《お前にさんにだけは、言われたくないね》


 称賛の言葉と共にトルノが笑った。

 刃の上を渡るような賭けを成功させたマーフィーとチェイニーも、声を上げて笑っている。

 それを聴いていたシーランタンの乗組員は「こいつら、どうかしてる」と首を振った。


 沈む2隻と入れ替わるように浮上した大型潜水艦が、その甲板を展開した。

 弾道ミサイルの収納部を改造した射出機ランチャーと、サメの歯のように重ねて収納された無人機が、共和国を忙殺した同時多発攻撃の正体だった。


《お次はそちらの出番だ》

《ったく、俺もたまにはトンボじゃなくてクジラの相手がしたいぜ》


 ミサイルを手放して身軽になったマーフィとチェイニーが進路を変えると、潜水艦から射出された20機の空戦型無人機ドラゴンフライがそれを追う。

 その間に割って入ったのは、上空で手ぐすねを引いていたシャークバイトだった。


《ジャグ、殺れ》

《シーカーオープン。攻撃開始》


 モニターの中、味方機に追いすがろうとする全ての標的をマーカーが捉える。

 左右の翼に装備されたアーマーポッドがマシンガンのような連射でミサイルを打ち出し、発射口の脇に開いたスリットからは噴射煙が流れ出た。

 射程距離が短いのと引き換えに小回りが利く、通常よりも小型の空対空ミサイルが、1機の敵に対して数発で群がって追い回し、得意の超機動を封殺する。

 20機の無人機を一瞬にして葬ったジャグは、空になったポッドを投棄した。


《すげぇなそれ、俺にも使わせろよ》

《オマエのオツムじゃ無理だ》

《テメエ……》


 敵機の掃除が終わるやいなや、退避していたアッセンブルの各機は再度の攻撃体勢に入った。

 時間稼ぎの無人機を失った大型潜水艦は再潜航を試みたが、リナルドの魚雷を受けて先の2隻と同じ末路を辿たどった。


 広範囲にバラ撒かれたソノブイは、真っ先に逃げ出した残る4隻も捕捉し続けている。バイパーバイトとダンシングエッジの4機が発射した対潜ミサイル―――魚雷が、酸素推進の水泡を残しながらその後を追う。

 既にロックオンされた以上は潜水艦が得意とする欺瞞行動ぎまんこうどうも役に立たず、魚雷の探知を騙すデコイも通用しない。

 鈍重な潜水艦の至近で水中爆発が起こると、白い飛沫が水面に四つの円を描き、それ次いで巨大な水柱が立ち上がった。


《敵潜、全ての撃沈を確認!》


 シーランタンからの通信を受けて、ソルベラミ基地の司令室には歓声が湧き上がった。

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