第43話 スティングレイ

「巡視艇シージャより入電。外房ラミル市の沖にて所属不明機Unknownを確認」

「岬方面にいるラケルダ隊を向かわせろ。グリーディ隊を上げて援護だ」

無理を言うなNegative。こちらは補給が終わっていない。メシもまだだ!》

「補給が済み次第上がれ。メシは後にしろ」

了解Aye sirですよ! クソッタレ!》


 次々と入る報告に、インカムをつけたオペレーターの声は緊迫している。マーロンが飛ばした指示に悪態をつくパイロットも、今日はこれが3度目の出撃だった。


 あの放送でガルグドレンが宣言した通りに、デラムロ軍は一挙に動き始めた。


 ナレイ半島の西―――デラムロ王国のある方向からは多数の無人機が飛来し、陸地の側ではロミナ回廊の国境付近で、盛んに現れる偵察機と迎撃機との間に戦闘が多発している。


 沿岸に設置されたレーダー網と、その隙間を埋める沿岸警備やパトロール機からは、領空に侵入してくる無人機の情報が次々に上がり、その対応に追われるソルベラミ基地の司令室は多忙を極めていた。


《ハムシー・リーダーより司令部HQ。不明機は予想通りの空戦型ドラゴンフライが3と偵察型メガネトンボが1だ。撃墜許可を》

全武装使用許可All wepons free。直ちに排除せよ》

《スティングレイ様々だ。こいつらが居なかったらと思うとゾッとする》


 別の不明機の元へ派遣され、現場に到着した小隊フライトからの報告に対して、即座に司令が飛ぶ。

 場所はやはり、半島の外房沖の空域だった。南南西の方向から東北東へ向けて進路をとり、一応はレーダーを避けるつもりがあるのか、4機の無人機が低空を滑るように飛んでいるのが視認できる。


《ハムシー01より33、44。戦闘開始Combat open

《33》

《44》


 人間のパイロットとの誤認を避けるために、敢えて機械的に設定された音声。指示を了解し、自らの機体番号を重ねて復唱した2機の無人機が、速度を増して敵に向かう。


 ソニアが所属する民間の研究機関―――次世代航空戦術ロボットシステムAWARSが開発した人工知能搭載の量産型無人機ドローンが、このUAV-1“スティングレイ”だった。

 機体の全てが主翼となった小型の全翼機の姿はその愛称に相応しく、空を飛ぶ“赤エイスティングレイ”のように見える。


 これまでの戦局の不利を受けて、またセレンディル家からの陰日向かげひなたの後押しもあり、異例の早さで制式採用を決定した参謀本部は、陸海空軍の飛行隊に急ピッチでの配備を進めている。


 ジャグらと同じく、敵の兵や有人兵器、施設への攻撃を禁じられた人工知能には簡易な会話機能が与えられ、2機の有人機に対して2機のスティングレイという4機編フライト隊としての運用が開始されたのは、つい先日の事だった。



◆ ◆ ◆



 山と海に挟まれたような海岸沿いの街に、空襲警報のサイレンが鳴った。


 敵が来ると分かっていても生活を捨てられない住民たちは、せめても安全な場所を求めて地下室のあるビルや立体駐車場など、予め指定された頑丈な建物に詰めかける。

 事故によって道路を塞がれた人々は車を諦め、貴重品の詰まった手荷物だけを抱えて逃げ惑った。


 母親に抱かれた子供が空を指した。その指の先で、空中戦が始まった。


《市街地が近い。接近しないよう留意》


 隊長機の言葉に再び復唱を返した2機が二手に別れた。

 敵編隊の進路は市街地へ向いている。その正面を隊長と僚機のスティレットSBF-7が塞ぐと、左右の上方から攻め手オフェンスのスティングレイが襲いかかる。


 ジャグの戦術を継承しているスティングレイの人工知能は、獲物がとるであろう挙動を予測して追い込み、先の先を取る。

 照射されたレーダー波を避けるように敵機が動く。編隊を解いて急旋回で散開しようとするその矢先に、4発のミサイルが突き刺さった。


敵機撃墜 Splash one 。周囲に敵影ナシ》

《ハムシーよりHQ。敵機バンディット4機を片付けた。指示を乞う》


 反撃もできずに爆散した無人機ドラゴンフライが、燃える破片となって海へ落ちていく。

 波間に漂っていた海鳥の群れが飛び立つのと入れ替わりに、燃え残った燃料が海面に拡がり、赤黒い炎を上げた。


 それを見ながら、スティレットとスティングレイは編隊を組み直して機首を上げる。燃料も弾薬もほとんど減っておらず、この状況でこのまま基地への帰還命令が出るとは思えなかった。


《思ったよりもやるじゃないか。流石はあの・・スピアオレンジのコピーだ》

《アリガトウございます》


 使えない味方は敵より怖い。


 配備されて数日足らずの平べったい無人機と一緒に飛べと言われ、練成の時間も与えられずに実戦を迎えたパイロットたちの不安は、幸いにも杞憂きゆうだった。


 指示した目標を攻撃させても、有人機の背後を守らせても、ほぼ完璧に仕事をこなしてみせる。

 その能力の高さに舌を巻いたソルベラミ基地のパイロットたち、頼もしい味方の登場を喜んだ。


《これでジョークのひとつも言ってくれれば、良い相棒なんだがな》



◆ ◆ ◆



「他の部隊は忙しそうにしているが、俺らはのんびりしてて良いのかね」


 アッセンブルの待機室でトルノは大きな欠伸をした。

 今朝からのソルベラミ基地は着陸と離陸が引っ切り無しに行われて、滑走路とそれに繋がる誘導路は路面が休む暇もない。

 補給に忙しい整備員たちの大声もここには届かないが、駆けずり回る姿だけは窓の向こうに見えている。


「体当たりし甲斐のある相手が出れば、すぐに呼ばれるさ。遺書は書いたか?」

「人を特攻隊みたいに言うんじゃねえ。お前こそコンビニでリサイクルチケットを買っとけポンコツ」


 ジャグの不謹慎に暴言で返したトルノを見て、ネリアは思わず吹き出した。

 いまこの瞬間に、命を落とす味方がいるかも知れない。敵の大攻勢に直面している時に、話すような内容ではない。

 しかし、トルノほどでは無いにせよ、出番を待って暇を持て余したパイロットたちは、次々とその不適切な話題に乗った。


「トルノの墓碑銘は“野蛮人ここに眠る”で決まりよね」

「“仏頂面”も捨て難い」

「うっせえな……そう簡単に俺がくたばるかよ」


 笑うネリアとガントにトルノが噛みつく。そこにカルアも参戦してくる。


「僕は短く“女性の敵”で良いと思いますよ」

「黙れカルア。お前は童貞のまま死ぬがいい」

「サイテーだこのヒト。酷すぎる」


 軽いジャブを打ってみたらフルスイングの右ストレートを返されたカルアが仰け反ると、リナルドが笑い声を上げた。


 マーフィーとチェイニーはその話題には乗らなかったが、声も無く笑っている。

 いま、アッセンブルのメンバーの中で最も戦闘を欲しているのは、先日の休暇で妻の墓を参ったこの2人だった。


 憤然とするトルノに、どうだ分かったかとジャグが笑った。


「墓碑銘は他人が勝手に書く。自分の好きに書けるのは遺書だけだぞ」

「じゃあ書いてやる。10万文字は軽いぜ」

「長編を舐めるな。書き終える前に撃墜されるぞ」

「公募にでも送るかな」

「新人賞を舐めるな。落選したら死にたくなるぞ」

 

 蹴飛ばすように脚を組んだトルノが聞えよがしに舌打ちをすると、黒い筒の一点が赤く瞬く。


「前にも言ったが、空戦よりも口の方が達者だな」

「こんな相棒が欲しかったんだろ?」

「後悔先に立たずとはこの事だぜ……」


 ああ言えばこう言い返してくる、口の減らない人工知能を教育した張本人が閉口すると、待機室のスピーカーが出撃準備のブザーを鳴らした。

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