第34話 真の切り札

《気色悪い事をさせるな、ポンコツ野郎》

《こっちの台詞だ、野蛮人》


 紫がかった成層圏に望まぬハートを描いたふたりが、絡み合って降下する。地表へ向けて加速すると、そこに水を指したのはクルカルニだった。


《マーシーストロークよりシャークバイト。ここは私に任せて貰おう》


 スカイ・ギャンビットの護衛をミラに託し、機体を捻って下降に入る。その胴体の下には、対地攻撃用の大型爆弾が吊るされていた。


 地中貫通爆弾―――通称バンカーバスターと呼ばれるこの爆弾は、地下壕や装甲に守られた目標をいとも容易く破壊する。

 トリニトロトルエン80%とアルミニウム粉20%とでなるトリトナール爆薬を充填された質量2トンの弾体は、厚さ6mの鉄筋コンクリートを貫いて致命的なダメージを敵に与える。


《そんな奥の手があるなら先に言え!》

《切り札というのは、最後の最後まで取っておくものだろ?》


 トルノの非難に同調の声は上がらなかったが、誰もが同じ気持ちだった。特に「最後の切り札」の言葉に張り切ったマニング大尉率いるレッドロータスの兵士たちは、クルカルニの二枚舌にブーイングしたい気分だった。


 しかし、刻一刻と基地に迫るセルケトを前にして、もはや四の五のと言っていられる場合ではない。

 全員が固唾を呑み、あるいは神に祈りを捧げながら、事の成り行きを見守るしかなかった。



◆ ◆ ◆



《姉上、そこにいらっしゃいますか》


 全幅1,000mの巨体を構成するフレームが悲鳴を上げる。消化装置も脱出装置も機能を失い、司令室を出た部下たちはそのまま戻らない。

 ただひとり、断末魔の司令室で操縦桿を握るアマリエは、回線に割り込んできた男の声に怨嗟えんさの声を上げた。


《クルカルニ! 貴様、よくもぬけぬけと……》


 わずかに生き残ったモニターのひとつが、急接近するクルカルニのストームチェイサーを映し出している。

 国と兄を裏切り、敵にくみする卑劣漢をこの手で絞め殺してやりたいと思うが、しかし今のアマリエには一発の銃弾すら撃つ術がない。


《貴女たちが悪いのですよ。本当ならば私がこの手で八つ裂きにしてやりたいが、残酷なのは性に合わない。だから……》


―――せめて苦しまないよう、木っ端微塵にして差し上げます。


 クルカルニは、アマリエと話をする気はなかった。ただ一方的に死を宣告して、通信は途絶えた。

 モニターに映る機影が、やけに細長い爆弾を切り離した。


 それがアマリエが見た、最後の光景だった。



◆ ◆ ◆



 固定目標に対して使用すべきレーザー誘導爆弾を、飛行物体に対して無誘導で着弾させる。その離れ業を、クルカルニはやってのけた。

 セルケトヘティトの先端から後方50m、幾重もの装甲を貫通したバンカーバスターは司令室で炸裂し、そこに居ないはずのアマリエを跡形もなく粉砕、焼き尽くした。


《目標が、ちます》


 無敵と思われた航空要塞がついに陥落した。


 バランスを崩して左翼の先端が地面をえぐると、叩きつけられるように墜落し、大地を掘り返しながら100m余りの距離を滑った。

 落下の衝撃と慣性を受けたボディがいびつにゆがみ、やがて耐えきれずに幾つかのパーツに断裂し、そして停止した。


 基地までの距離は、ほんの数10m しか残されていなかった。


 ジェット燃料の赤くまばゆい炎が逆巻き、そこに発する毒の煙が渦を巻くのを見て、ヘルメット・バイザーの下のクルカルニの口元は、わらいの形を作っていた。



◆ ◆ ◆



《なあジャグよ》

《何だ》

《俺はいま、恥ずかしい》


 草原に炎上するセルケトとそこからたなびく煙は、高空からでもはっきりと見える。地上では勝利と安堵の歓声が上がっている。

 12,000mの距離のためか、それとも薄い大気のせいか、その熱気も成層圏には届かない。

 振り上げた拳よろしく、決死の覚悟が不発に終わったトルノは、身の置きどころのない気分を味わっていた。


《人工知能に感情がなくて良かった。オレはいま、心底そう思う》

《……汚えぞ》

《シャークバイト。早く降りてきて下さい》


 高度のせいか、帰還をうながすキルシュの声も、少し冷たく感じられた。

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