第28話 タリホー
《シャークバイト01。無事ですか、応答せよ》
《こちらは問題なしだ》
トルノの駆るバラクーダは、衝撃に衝き上げられながらもコントロールを失っていない。敵が自ら基地を破壊したのは予想外だったが、ジャグの警告のお陰で命を拾った。
《そんな事より
◆ ◆ ◆
一直線に高度を上げる
失うことが明白となった基地を囮にして、アストック軍の虎の子である
燃料気化爆弾タイミングは完璧だったが、惜しくも鮫には逃げられた。しかし、本命はまだ手が届く位置にいる。
燃料を使い果たしたブースターを切り離し、さらに高度を上げると、標的にに張り付いていた護衛の2機が突っ込んでくる。
正面からのミサイルを軽い
◆ ◆ ◆
《ジャグ、食い止めろ!》
《有人機は撃墜できん!》
高度と速度を失ったトルノでは、ギャンビットに迫る敵機に追いつけない。護衛機が撃墜された今となっては、ギャンビットを守れるのはジャグしかいない。
しかし、デラムロ軍のそれとは異なり、人工知能としてのジャグはその基礎設計の段階から殺人を禁じられている。例えそれが敵対者であったとしても、無人と認定された兵器以外にトリガーを引くことは許されない。
《うるせえ! 何が何でも食い止めろ。それが無理なら時間を稼げ!》
《やかましい! いいからとっとと上がって来い!》
《喧嘩はいいから、早くこいつを何とかして!》
オペレーターの立場を忘れたキルシュが悲鳴を上げる。ジャグは機体を加速させると、急角度で上昇していく敵機の背中に狙いを定めた。
絶好の
威嚇射撃をする状況ではない以上、わざと外せば撃墜の意思のない事が敵に露見する恐れがある。もしそうなれば、この駆け引きは負けだ。
ロックオン。火器管制レーダーを照射して
しかし、捕捉したならすぐにも射撃を行わなければ、これも脅しとバレてしまう。一旦発射されてしまえば、空対空ミサイルが的を外す距離ではない。
当然ジャグはトリガーを引けなかった。
《鬱陶しい……!》
しかし、必殺の位置取りからのロックオン警報は、さすがの黒鰐も無視できなかった。
燃料も弾薬も充分にある。足の遅い標的はそう遠くへは逃げられない。ならば後顧の憂いを断つのが先決と考えた黒鰐は、新型の前進翼機に標的を切り替えた。
《そうこなくっちゃ》
黒鰐は誘いに乗った。下手クソの振りは不本意だったが、時間稼ぎを狙ったジャグは、得体の知れない黒い敵に
《ギャンビット嬢は今のうちに距離を稼げ。コイツは相当の腕っこきだ。無人機とは機体性能が異なるのは当然として、トルノとオレが相手をしても万が一という事がある》
《援護に感謝よ、シャークバイト02。ご褒美には期待して》
言われなくてもという感じで、ギャンビットは全速力で逃走している。高度を捨てて速度を稼ぎ、戦域外へ一目散に飛び去っていく。
しかし、一対一の空戦になったジャグに未熟を装う余裕は無かった。ナバレスとストームチェイサーの軌跡が複雑に絡み合い、両国の誇る最新鋭機同士の空戦は
《デラムロのパイロットは練度が低いと聞いていたが、なかなかどうしてコイツは
出力に勝るナバレスと機動性に優れるストームチェイサーだが、その性能に大きな差はない。
空戦AIであるジャグに
黒鰐は、トルノを始めとするアッセンブルのパイロットにも匹敵する
《
基地の火災が上げる煙を突き破り、機銃弾をバラ撒きながら、アフターバーナーを全開にしたバラクーダがその空中戦に突っ込んだ。
牽制射撃をヒラリと
《こいつが俺と互角ってんなら上等だ。ここで白黒つけてやる!》
◆ ◆ ◆
相棒だったアイク・ディーガンは、任官してから1年、トルノは2年。
並のパイロットでは敵わない無人機も、ふたりならば上手く狩れた。味方がほとんど逃げ出しても、踏み止まって戦った。本気で死を覚悟したのも、一度や二度の事ではなかった。
他の者が出来ない事を、苦も無くこなして得意になった。先輩面をする奴の苦言を聞き流し、お偉い上官の説教もどこ吹く風だった。
「敵を
実力主義の大義を盾に、命令違反の常習犯。それを
アイクは死んだのは俺のせいだ。だが―――。
《テメエを落とさねえと、こっちの帳尻が合わねえんだよ!》
ジグザグに飛ぶナバレスをバラクーダは逃さない。全ての
アドレナリンの味がする。極限まで研ぎ澄まされたトルノの集中力が、
《……あの時のパイロットか》
通信に割り込んだのは男の声だった。抑揚に乏しく平坦な、それでいて
《そこそこやると思ったが、あれがシャークバイトの1番機だったとは》
黒鰐が見てきた数多のパイロットたちの中でも、確かに頭一つ抜けている。粗削りだがその反面、純粋培養のエリートパイロットにはないものがある。
あの時に墜としておけば、大量の無人機ばかりか前線基地まで失ったこのの戦況は無かっただろうと考えると、惜しいことをしたと黒鰐は考えた。
《失ったモノは返らないが、せめては今後の憂いをここで断つとしよう》
《こっちの台詞だこの野郎!》
黒鰐がトルノの呼吸を盗んだ。
激しい空戦の真っ只中、
トルノが怒鳴った瞬きほどの隙を突いて、目の前の敵が視界から消える。わずかの下降と減速を同時に行ったナバレスは、バラクーダの真下にピタリと貼り付いていた。
《真下だトルノ!》
《くそ!》
トルノが機体を
《こなくそ!》
操縦桿を一杯に引く。背中合わせのチキンレースは、一瞬でも早く相手に機首を向けた者が勝者となる。
しかし、黒鰐の描く円はトルノよりも遥かに小さい。推力偏向ノズルは伊達ではなく、その差は技術力でも精神力でも埋まらなかった。
《今度はオレと踊ってくれよ》
その円の内側。ナバレスの背中にストームチェイサーがピタリと貼り付いた。主体的な攻撃行動をとれないジャグが黒鰐に挑んだのは、やはりチキンレースだった。
《……ッチ》
血流がないゆえ人には困難なマイナスGの旋回も人工知能には関係がない。まったくブレず、固定されたように揃って飛びながら、衝突も辞さないジャグが機体を寄せると、内側を押さえられた黒鰐の旋回が膨らんだ。
そうする間にトルノの機首がこちらを向いた。
《02、ブレイク!》
トリガーと同時にジャグが飛び退く。被弾したナバレスが翼から煙を吹いた。
《ッデム! クソッタレ!》
《無駄玉の撃ち過ぎだ》
《うるせぇ!》
砲弾を撃ち尽くした20mmガトリングの砲身がカラカラと空転した。ようやく現れた仇敵に、熱くなったトルノは
先の爆発に巻き込まれた衝撃でミサイルの発射機能が故障したトルノには、もう復讐を果すは残されていない。
《潮時だな……しかし》
早期警戒管制機には安全圏まで逃げられた。アッセンブルの他の機体も、間もなくここへやって来る。
囮を使った罠まで用意しておきながら、
これまでの
《不本意だ》
被弾箇所の消火は完了。まだ戦闘力は残っているが、この戦闘をモニターしていた司令部からは撤退の指示が出された。
《何が不本意だテメエ、逃げるな!》
《弾が無いんだろうが》
《ぶつけてでも墜とす!》
《2日連続はさすがに止めておけ》
山地へと進路をとって加速する。いまだ燃え盛る前線基地を眼下に見ながら、黒々とした山肌に紛れ込むように戦域を去る。
口喧嘩を始めたあの2機は、これまでに相手をしてきた中でも間違いなく最高のパイロットだった。ここで決着をつけるべきと黒鰐は考えていたが、司令部からの命令は絶対だった。
「次は、
遮光
◆ ◆ ◆
《ジャグよ》
《何だ》
《さっきは助かったぜ》
《良いってことよ》
《ジャグよ》
《何だよ》
《燃料がねえ。基地まで保たねえ》
《また戦車でもヒッチハイクするんだな》
《そいつは悪くない。戦車は好きだ》
《2日連続ベイルアウト。クルカルニは笑うだろうがミラは笑ってくれんだろうな》
《……陸軍に転属するのも悪くない》
《止めておけ、お前は飛ばなきゃ役立たずだ》
《ふざけやがって。だが、そうかもな》
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