第27話 黒鰐―――クラカディール
「敵の戦車が見えます!」
「持てる資料はすべて持て。通信記録は必ず焼却だ!」
共和国軍の接近を知って、管制塔を兼ねた司令室では、壮年の基地司令である大佐をはじめ、ほか数名の若い下士官たちが走り回っている。
聖域たるマドレグ山地とアストック共和国との境界線上。越境ギリギリの
本国から輸送されてくるのは素人にでも組み立て可能な大量の無人機で、それを組んで飛ばしていれば、人工知能が敵を勝手に撃破してくる。
そして、これもまた組み立て式の野戦砲と対空ミサイルは、測的ドローンの指示を受けて完全自動で攻撃するため、消費された弾薬を補充するだけで良い。
彼ら軍人の仕事は、本国での募集に応じて送り込まれたエンジニア――というよりは工員――を使い、ユニット型の兵器を組んで運用するだけだった。
しかし、長距離砲は敵の攻撃に破壊されたまま補充もされず、頼みの綱の無人機はすべて撃墜されてしまった。もはや基地を守る機関銃の一丁も無い彼らには、逃げ出す以外の道がない。
「何が姫だクソったれ! これも全て、あの痩せぎすのいけ好かない女のせいだ!」
思わず口に出た、というよりは賛同を求める調子で発された下士官の罵声に「ああ」だの「おお」だのと気の無い声を返しながら、全員が必死に手を動かす。
「ハードディスクはすべて回収したか」
「もう少しです」
作業の進捗を確認した大佐は部下の不敬罪には言及しなかったが、この場に誰も居なければ舌打ちのひとつもしたい気分だった。
敵の進軍に合わせて無人機による全力攻撃を指示した後、方面軍司令部からは指示らしい指示がこない。
敵の迫る気配を感じながら、度重なる指示の要求に対して「撤収せよ」の命令が出たのはつい先程の事だった。
「敵はそこまで来ているぞ!」
全軍の無人機―――人工知能を統括するメインシステムから枝分かれした、この方面のドローン・ネットワークを統括するハブユニット。その情報だけは敵に奪われるわけにはいかない。
サーバーに搭載されたハードディスクには、機体の性能から人工知能の思考ルーチンとその学習内容まで、すべてのデータが詰まっている。
この場の者を除いた基地職員は、滑走路で待機する輸送機に乗り込んでいる。民間人を含む彼らを無事に退避させるのが、軍人として最低限の責務なのは分かっている。
しかし、軍と王家に対する忠誠心が、大佐の判断を鈍らせていた。
「大佐、とても間に合いませんよ!」
「ダメだ、これだけは何としても……!」
間近で爆発音が聴こえ、司令室をグルリと囲んだ防音ガラスが衝撃に震えた。
思わず顔を上げた士官が見たのは、自分たちを狙う銃口だった。
◆ ◆ ◆
第19基地から派遣されたヘリにピックアップされてトルノが飛び去った後も、スカイ・ギャンビットが監視を続ける中で地上部隊の進軍は続き、幾つかの小休止と夜間の大休止を挟んだだけの強行軍で、翌朝には敵基地まで数kmという地点にまで接近を果たした。
ドローンによる偵察と測的を行っているレッドロータスの隊長車では、隊長と副官がコーヒーを片手にモニターを睨んでいる。
「滑走路に離陸準備中の輸送機がいます」
「今のところ、他に大きな動きは無さそうだな」
大型の輸送機も離着陸可能な3,000m級の滑走路の両脇には、格納庫や倉庫と思しき建物と燃料タンクが並んでいる。申し訳程度のフェンスと監視塔があり、中央には一際高い管制塔らしき物も見える。
鉄板を敷いただけの滑走路も、安いプレハブのようや倉庫群も全てが仮設。基地を守る砲はおろか銃座のひとつも見当たらない。
「こんな貧相な基地ひとつに、いいようにやられてたかと思うと、無性に頭に来ますね」
そして、敷地の面積の多くを占めている鉄骨組みの立体駐車場のような建造物が、アストックの空を我が物顔で飛び回った無人機の格納庫と射出装置だった。
「要するにこれだ。ドローンが飛ばせりゃそれでいいってんだから、戦争の仕方も変わったもんだ」
戦車部隊同士による平原での決戦や、分厚い壁とハリネズミのように武装した要塞の攻略戦。そんなものは映画の中だけの出来事になってしまった。
《2年間も苦しめられた敵の前線基地にようやく手が届いたと思えば、今度はこちらが弱いものイジメをしている気分だ》
《しかし、これもお仕事です。綺麗サッパリ片付けましょう》
《おーおー、ギャンビットちゃんはおっかないね》
自慢の戦車砲の標的としては
《シャークバイト。輸送機が滑走を始める前に牽制して下さい》
《任された》
無防備な敵基地上空には、予備機に乗り換えたトルノとジャグが上空制圧および警戒に当たっていた。
すでに敵の無人機は尽きている。増援する気があるのならば、そのタイミングはとうに過ぎている。
状況から見て、この基地とそこにいる兵たちは見棄てられたも同然だが、とはいえそれでも警戒しないわけにはいかない。
アッセンブルの各
《オレがやろうか?》
《いいや、俺サマの華麗なる対地攻撃をそこで見てろ》
《ハイハイ》
スロットルを絞り機首を下げたトルノ機が、対地攻撃のアプローチに入る。
敵が無人機だらけのこの戦争は、敵も味方も捕虜になる者がほとんど存在しなかった。
見棄てられるような連中であるから、いずれたいした情報は持っていない可能性が高いが、捕虜というものには情報以外にも使い道が多い。
それを喉から手が出るほど欲しがっている軍上層部から、ギャンビットは特に念を押されていた。
《間違っても輸送機には当てないでね》
《誰にものを言ってるんだ。当てるのが得意なら外すのだってお手のものだぜ》
《はいはい》
史上、ここまでぞんざいに扱われたエースパイロットがいただろうか。
そう考えながら、それもまた自分らしいと口を歪める。トルノの照準がのっぺりとした輸送機の背中を捉えた。
鼻先に機銃を数発お見舞すれば、敵はブルって動けなくなる。抵抗が無いなら戦車の奴らも距離を詰める。後は煮るなり焼くなり好きにすればいい。
《引き上げろ!》
「―――‼」
滑走路脇の格納庫が吹き飛んだのは、ジャグの警告とほぼ同時だった。
内側からの爆煙でプレハブ建築の屋根が紙屑のように舞い上がる。吹き上がる炎を突き破り、戦闘機のシルエットが現れた。
デラムロ空軍制戦闘機FFR-11“ナバレス”。
ノーズの両側と特徴的な台形翼の下部に装備されたロケットブースターの噴射炎と、最大俯角のベクターノズルが機体を浮かせている。
全てが瞬く間の出来事だった。
戦車の装甲も貫通する30mm弾のシャワーを真横に浴びて、ガラス張りの司令室は蜂の巣どころか跡形もなく吹き飛んだ。
機首を真上に向けると、大出力双発エンジンの推進力とブースターを全開にして、垂直上昇に移る。その垂直尾翼には、大顎を開いた
《こいつ……!》
トルノが見間違える筈もない。この無人機だらけの戦場で唯一出会った有人機は、相棒だったアイクの
サーモバリック爆弾―――一次爆発によって加圧沸騰した酸化化合物が自らの圧力によって空間に散布され、蒸気雲爆発を引き起こす。燃料気化爆弾とも呼ばれる強力な殺傷破壊兵器。
数百kgの燃料は100ミリ秒の間に秒速2,000mの速度で広範囲に拡散し、3,000℃の高温と12気圧に達する圧力を発生させた。
半球形の火球が地表を
基地は一瞬で
数kmの距離を置いたレッドロータスも遥か上空のスカイ・ギャンビットも、大気を震わせて拡がる衝撃の波をその目で見た。
《シャークバイト01!》
衝撃波と爆風、そして上昇気流に煽られたトルノの機体は木の葉のように巻き上げられ、黒煙の中に飲み込まれた。
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