第25話 ベイルアウト
地上を進むレッドロータス戦車中隊も、しかし呑気に空のハートを見物している場合ではなかった。
《空軍さんよ。さっきから破片が落ちてきてかなわねえ。どうにかならんのか》
《日傘を差してピクニックじゃあるまいし、そのヘルメットは飾りかよ》
《ミサイルが落ちて来ないだけありがたく思って欲しいね》
草地を踏みしだいて進む戦車の上には、撃破された敵の破片が降り注いでいる。小さな物はともかくとして、翼のような大きな部品もが落下して地面に突き刺さり、中には炎上している物もある。
前方にある障害物なら、それを踏み越えるのが戦車というものだ。しかし、頭上からの落下物が上面装甲を叩く音は、生きた心地がしなかった。
《頭上は気にするなって言っただろうが》
《そりゃあギャンビットが言ったことだ。俺らには関係がねえ》
《ああ言ったとかこう言ったとか、女の
《大きなお世話だ》
通信機に向かって怒鳴る中隊長に、トルノとジャグが罵声を返す。しかし彼らにとって、この程度のやり取りはほんのお遊びに過ぎない。
《無駄口で回線を塞がないで。前方に新たな
ギャンビットからピシャリとやられて、大の男が首を
落とす影を地表のうねりに合わせて上下させながら、高度100メートルの低空を這うように飛ぶ5機の無人機が、戦車隊へ向けて接近している。
1機につき4発搭載された対地ミサイルは、機体に搭載された人工知能によって直接誘導され、その射程は約10km。一度発射されたならば、絶対に的を外す事はない。
多数の空戦ドローンで戦闘機を掃討ないしは足止めしつつ、地上目標を攻撃するのが敵の狙いだった。
《スラスト、スラッシュの両小隊は、前進してこれに対処。敵にミサイルを撃たせるな》
《了解!》
第57飛行隊のスラスト小隊とスラッシュ小隊。共に4機編成の計8機が速度を上げる。
戦場の後方。常識外れの
あれを見てなお自分も同じにやれるなどとは、口が裂けても言えなかった。しかし、彼らもパイロットだ。敵を倒して味方を守る。その任務を全うするのに、不安も恐れもありはしない。
開戦時からパイロットたちを
眼の前で見せつけられた撃墜ショーは、あちらの方が異常なのだ。
《敵を追い散らせ。15km以内に近寄らせるな》
レーダーに映った敵機に重ねて、半径10kmの円が表示される。その輪の中に戦車部隊が収まれば、恐らく直ちにミサイルが発射される。
戦術データリンクによって、各機のHUD―――ヘッドアップディスプレイに狙
《2機掛かりで1機に当たれ。回避機動の終わりを狙うぞ》
ロックオン。火器管制レーダーに捕捉されると、散開した敵機が回避行動に入る。反撃する素振りも見せず、戦車を目指すのを止めようとしない相手に対して、スラスト01は正面に機体を割り込ませた。
もし敵が1発でも空対空ミサイルを持っていれば、即座に撃墜される。しかしそれをしなければ、味方の戦車がやられてしまう。
緊張で息が詰まり、分泌されたアドレナリンの味が口の中に拡がった。
《スラスト01。
ヘッドオン―――真正面対真正面では、ミサイルはそうそう当たる物ではない。そのミサイルを回避した敵機を、スラスト02の放ったミサイルが仕留めた。
《グ
そもそも大量生産の無人機は、数においての優勢を念頭において有人機に対する戦術を組んでいる。多対一や一対一の空戦では並のパイロットより優秀だが、数的劣勢におけるプログラムは比較的に
《4機撃墜。敵機残り1》
ギャンビットの撃墜コールに、57飛行隊の意気が上がる。
新人が多いが故に戦闘の無い南部方面に配属されたが、入る報せは味方の敗戦、苦戦ばかりだった。配置転換されて反攻作戦に組み込まれたは良いが、ベテランたちでも太刀打ちできない無人機相手に、任務を果たして生き残れるのか。
心に抱えた不安を表に出す者。やればできると粋がる者。人によって違いはあっても、自信のある者など一人としていなかった。
それが初陣で敵機を撃墜して、浮つくなというのが無理な話だった。
《気を抜くなアホウ!》
8機掛かりで4機を仕留めたスラストとスラッシュは、眼前の敵を撃墜するのに精一杯で、即座に次の1機を追う体勢を作れていない。
痛恨のミスだった。最初に敵機を撃墜したスラスト01と02の分隊も、その後に標的を
《敵機がミサイルを発射》
増速しつつ旋回したスラスト01の機銃をエンジンに受けて炎上しながら、機体がミサイルを発射した。
自機が撃墜されると判断した人工知能は、直接誘導を放棄してロックオンによる自動ホーミングに切り替えていた。
相手が人工知能である事を忘れさせる、死を覚悟した者が最期に見せる執念の攻撃に、誰かが絶望の悲鳴をあげた。
発射されたミサイルは2機。白い噴射煙を真っ直ぐに引くその速度は秒速2km。超音速で飛翔する破壊兵器は、10km先のターゲットに命中するのにものの5秒も掛からない。
《スモーク! 回避!》
戦車隊が一斉に煙幕を打ち上げる。ジグザグに走って回避を試みる。半ば無駄とは思いつつも、生存への努力を放棄する事は許されない。
《Giv
反応したのはジャグだった。
2機の空戦トンボに追われたまま、フワリと真下を向いたストームチェイサーが地面へ向けてエンジンを吹かした。
「Warning Pull up!」
対地接近警報が叫ぶのも構わず、高度3,000メートルからの垂直降下。眼下を横切るミサイルへ向けて、機関砲弾の雨を降らせる。
機関砲は狙撃銃ではない。バラけて飛ぶよう設計された弾丸が、ミサイルのような小型の物体に命中したのは単なる幸運に過ぎない。しかしジャグはそれを狙って成功させた。
ジャグを追って降下した敵機は、リナルドとカルアが撃墜した。
《こなくそ!》
同じく反応したのはトルノだった。
戦闘高度から地面へ向けての
機銃は外れた。モーター音が虚しく響き、残弾計がゼロを指した。初めから当たるとは思っていなかった。
幾つもの怒声と幾つかの悲鳴が回線を走った。
地表のわずか上を飛ぶミサイルの進路に割り込む。バラクーダの翼に当たったミサイルが爆発し、機体は地表へ叩きつけられた。
《Giv
◆ ◆ ◆
《ヘイ、ちょっとそこまで乗っけて欲しいんだが、シートに空きは?》
ミサイルとの衝突コースに機体を乗せて、すんでのところで射出座席を作動させた。
パラシュートに吊られながら右手の親指を上げているのは、トルノだった。
《ベイルアウトは初めてだが、中々のスリルだったぜ》
《ベイルアウトってのは、普通は上に向けて飛び出すものだ》
垂直降下する機体から真横に飛び出す脱出など、見たことも聞いたこともない。
戦闘機の脱出システムである射出座席は、仮に地表で作動させてもパラシュートが開く高度までロケットモーターが打ち上げる。
しかし、それが真横に飛んだとしても、その機能が働く保証はどこにもない。落下の慣性と射出の際に発生する約15Gの負荷は、予測しようにもできるものでは無い以上、トルノの取った行動は一か八かどころか九死に一生という類いのものだった。
アッセンブルのパイロットたちも作戦を統括するギャンビットも、驚きや怒りよりも呆れてしまって何も言えない。
《助かったぜ兄弟。特等席を用意する》
《いいね、一度は戦車に乗ってみたいと思ってたんだ。できれば120mm滑腔砲も撃たせてくれよ》
無理、無茶、無謀をものともせず、正真正銘の命懸けで味方を救った
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