第24話 スチール・サイクロン
《信じられない。たったの10機で、こんな……》
レーダーでは50機以上と映った敵機の数は、実際には70機。それが次々に撃墜されていく光景は、
普通ならば、一対一でも手こずる相手だ。二対一なら、撤退しても恥にはならない。その
戦闘機は5機を
当たり前のパイロットたちではない。しかし、それをそうと分かっていても、この空戦は常軌を逸していた。
◆ ◆ ◆
《乱戦、混戦、大歓迎だ!》
《付き合う方の身にもなって欲しいね》
敵機の大編隊が視界を埋める。その最も分厚い位置へと突っ込んでいくトルノにジャグが続いた。
2機を一瞬で火球に変える。そのまま離脱をすると見せかけて減速しつつの急旋回で、さらに2機を撃墜した。
他の分隊が一撃離脱で後ろへ抜けると、その場に留まるシャークバイトに敵が群がる。全天を覆う敵機に囲まれて、しかしトルノは顔色ひとつ変えなかった。
《シャークバイト、敵に包囲されます。すぐに離脱を》
《されるものかよ》
そのトルノを敵が追う。撃破しようと群がってくる。何十と照射される火器管制レーダーで、狂ったように
しかし、トルノを捉えた敵はいなかった。
空戦トンボとバラクーダでは、エンジン
絶妙のスロットルワークと
《ついて来やがれ》
大きく描いた弧の反対では、ジャグのストームチェイサーも敵を引き付けている。
トルノの背後に迫る敵をジャグが
円を描いて戦いながら、互いの背中を守っている。その2機を追うドローンが、蛇のようにとぐろを巻いた。
《無駄玉は撃てねえぞ》
《誰にものを言っている。これで的を外すようなら、人工知能の看板を下ろす》
敵の数が多いのは想定済みだ。弾数の少ないミサイルでは、あっという間に弾が切れる。
そう考えたトルノとジャグは、機体にガンポッドを搭載していた。
左右翼下の20mm機関砲は各1000発。固定装備の機銃には500発の残弾がある。とは言え1分間に6000発、毎秒100発の弾丸を撃ち出す機関砲は、引き金を引けば10秒で弾倉が底を突く。
偏差射撃―――高速で移動する敵の行く手を予測して、そこを撃つ。
甲高いモーター音とともに高速回転する銃身が弾丸を吐き出すと、6発に1発の割合で装填された
ジェラルミンの装甲など紙も同然に引き裂いて、大破墜落、爆発四散を量産していく。
《撃墜数の多い方が、ランチを奢りだ》
《生憎だが昼は食わない主義だ。オレが勝ったら権利はソニアに譲る》
《構わないぜ。よー
敵を引き連れ、
《え、本当に人間……?》
トルノ機を示す三角形の向う先、敵機のマーカーが次々と消滅していくのを見て、スカイ・ギャンビットのキルシュがポツリとこぼした。
《傷つくな、相棒はともかく俺は生身だ》
トルノの
高速、高Gの旋回を維持しながら、耐Gスーツに下半身を締め付けられながら、回避と攻撃を同時に
空にできた鉄の渦を、反転してきた味方が削りに掛かる。トルノとジャグを追うドローンを渦の外から狙い撃つのは、鴨を撃つより容易かった。
《俺の獲物を横取りすんな》
《独り占めはマナー違反よ》
トルノとネリアが応酬する間にも、敵機はみるみる落とされていく。
《我らもご相伴にあずかるとしよう。コード
《…………
地面スレスレを飛んだマーシーストロークが機首を引き上げる。数機の無人機を血祭りに上げながら渦の中心を下から上へと貫くと、クルカルニがミラに合図を送った。
《3、2、1、
バーティカル・キューピッド―――垂直上昇した2機が、左右に別れてスモークを吐く。
《3番機がいないのが惜しまれる》
本来ならば、ハートの中心を射抜く「矢」を描くところだが、2機でできるのはここまでだった。
しかし、急上昇からタイミングを合わせての急降下をするこの演技は、飛行技術に優れたエリートの中のエリートパイロットだけが選抜される曲技チームが、訓練を重ねて行うものだ。
それをぶっつけ本番でやってのける技量は、尋常な物ではなかった。
しかもクルカルニとミラは指揮官として、普段は殆ど操縦桿を握っていない。復唱したミラの様子は、事前の打ち合わせがあった事を―――ミラがそれを渋っていたのも含めて―――示しているが、口頭での打ち合わせのみでできるような技ではない。
地上を行く戦車部隊が
高空から監視するスカイ・ギャンビットが呆然とそれを眺める。空を埋め尽くした70の敵機は、会敵からわずか20分で半数以上を撃墜している。
《おいおいおいおい。指揮官と副官が不真面目にもほどがある》
《不真面目というか、常軌を逸してるわね》
相変わらず敵機と追いつ追われつのトルノが非難の声を上げると、オープン回線の中で笑いが起こった。思わずといったギャンビットの発言に、誰もがうんうんと頷いた。
《部下が必死こいて戦っている最中に、お絵描きとは。イチャつきたいなら他所でやって貰えませんかね!》
《イチャついてない!》
トルノの苦情に反論したのはミラだったが、前代未聞の奇行に対して誰もが納得のいく説明などできるはずもない。
これが戦闘中でなければ、自分は命令されただけだと言い訳の一つもできるだろうが、今はそんな場合ではなかった。
合流を果たしたマーシーストロークは、再び渦の中へと躍り込む。シャークバイトがさらに渦を掻き回すと、他の分隊が外からそれを削り落とす。
「どうして私がこんな事を……」
俊敏に機動するクルカルニを援護しながら、口の中でミラが呟く。
銃弾を一発貰えば命がない。ミサイルを食らえば死体も残らず爆散する。死と隣り合わせの戦場に、場違い極まるハートマーク。
翌朝。新聞の一面にはその写真が載るのだろう。もしかしたら、自分の名前も出るかも知れない。
それを想像するだけで、また白髪が増えたような気がした。
Attention Please(機長よりのお願い)――――――
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