第23話 スカイ・ギャンビット

《全部隊、おはようござGood morning, All unitsいます。こちらはスカイ・ギャンビット》


 スピーカーから聴こえる女性の声に、あちこちの兵から喝采かっさいが上がった。オペレーターは女に限る。野太い声で命令されて、死にに行くのは真っ平だった。


《色っぽい声だ。今度、1杯付き合ってくれよ》

《光栄ですわ中隊長。ですが、こちらはただいま高度10,000mメートル。頼もしい騎士ナイトの護衛つきです。ご自慢の戦車で迎えに来て頂けるなら、お酒でもでも、好きなだけお付き合いしますよ》


 秋の空よりさらに高く。大型旅客機をベースにした早期警戒管制機AWACSが、銀翼を誇らしげに光らせる。

 丸い円盤レーダードームを背中に担ぎ、その巨体には電子機器を満載している。目玉が出るほど高価な機体は首都防衛のかなめだが、使わぬ兵器に意味はない。

 作戦を立てるに際してこの機体を組み込んだのは、無論クルカルニだった。


《流石は空軍女だ。高嶺の花で手も出せねえ》

《ごめん遊ばせ、レッドロータス。職務上、そう簡単にとされるわけには参りませんの》


 付きしたがう戦闘機を近衛このえよろしくはべらせて、戦場を見下ろしている空の女王。この空飛ぶ戦闘情報セCICンターが、全部隊のオペレーションを統括する。


《敵より先に、味方に撃破されちゃあ世話がない》


 隊列の先頭を担う戦車中隊“レッドロータス”の隊長がガハハと笑うと、オペレーターもクスリと笑う。

 まったく下らないジョークの応酬だが、それを聞いた兵も笑った。ある者は戦意に瞳を燃やし、またある者は怯えながら。口元だけで笑っている。


 間もなく敵がやってくる。あちらが来ないと言うのなら、こちらの方から向かっていく。

 ふざけていられるのも今のうち。誰もがそれを分かっていた。



◆ ◆ ◆



《レーダーコンタクト。進路正面より接近する敵ドローン編隊を捕捉。機数およそ20。編成は不明。迎撃機は即座に発進せよ》

《いよいよ、おいでなすった!》

《本日、皆さまの空を守りますのは、噂に名高いスピアオレンシエラオスカージです。どうぞ頭上はお気にせず、やすんじてお進み下さい》


 興奮と緊張がぜになった戦車中隊レッドロータスを、ギャンビットの美声がでた。

 地上を進む部隊から、おうと気合の声が上がる。

 草地を蹴立てる履帯りたいの速度は、わずかながらも鈍らなかった。


 アストック共和国の、軍はおろか国民全てを探しても、アッセンブル・スピアオレンジの名を知らぬ者はない。

 全軍を震え上がらせた敵無人機を、いとも容易く葬る大空の死神。新聞でもテレビでも、彼らの戦果を見ない日はない。


《さて諸君。まずは前菜オードブルだ。量はいくぶん物足りないが、次の皿はすぐに来る》


 滑走路へと向うクルカルニの乗機は、ジャグと同じく前進翼のストームチェイサーNSX-23だった。

 低視認性ロービジ塗装の明灰色に「スピアオレン槍使いオレンジジ」のノーズアートが赤く映えるのを見て、カルアが物欲しそうな声を出した。


《へえ、隊長殿は最新鋭機でお出ましか。いいな》

《アミッシュ少佐は海軍機か……道理で》


 それに続くミラの乗機スティレットSBF-10は、空母での運用を前提とした艦載機だった。

 大振りな機体を双発エンジンの大出力で走らせ、求める空力特性によって翼の形状を変える可変翼を持っている。

 トルノらの駆るバラクーダMark-ⅢMRF-17Cよりも若干古い機種ではあるが、スピード、パワー、旋回性能などの能力に遜色そんしょくはない。


 しかし、アストック海軍が保有していた唯一の空母「ロード・リーリング」は、この戦争の緒戦でもやいいも解かずに撃沈された。

 空軍では聞かない名だと思っていたミラ・アミッシュの経歴を推察して、ガンツはそれ以上を口にしなかった。


 離陸位置。ストームチェイサーが出力を上げる。推力偏向ベクターノズルが絞られると、赤い噴射炎が青く変わる。

 ブレーキ解除。互いの発する気流を避け、前後にズレて並んだ2機が加速する。


幸運をGood luck、マーシーストローク》


 クルカルニとミラの分隊エレメントの名は、瀕死の相手に止めを刺す「慈悲の一撃」という意味がある。満タンの燃料と弾薬を積んだ2トンを超える機体がフワリと浮くと、一気に高度を上げていった。


嗚呼ああ、ギャンビットちゃん可愛かったな。あの声で指示されたら、地獄の空も飛べちゃうよ》

《作戦中に女の話はやめろ》


 それに続いて、リナルドとカルアのバイパーバイトが離陸する。

 ギャンビットのオペレーター、キルシュ・コーウェンは褐色の肌の美人士官で、カルアは一目でメロメロだった。


《大規模な作戦は久し振りだ。慎重に行こう》

《了解です》


 ガントとネリアのダンシングエッジが離陸する。

 首都郊外の一軒家には、妻と娘が待っている。

 ガントにとってのパイロットとは、家族を食わせる職業しごとに過ぎない。彼もまた、リナルドとは異なる意味でのプロフェッショナルだった。


《まだらっこしい。敵の基地なんて、俺らが直接叩けば良いだろうに》

《まったくだ。「頭の上に爆弾の雨をBomber rain to head降らせろ」だぜ》


 マーフィーとチェイニーのシャドーステッチが離陸する。

 彼らは義理の兄弟で、マーフィーの妻はチェイニーの妹だった。それを敵の攻撃で失った。

 彼らは復讐者として、戦場の空を飛んでいる。


《抜かるな、相棒》

《お任せあOkey dokeyれ》


 そして、トルノとジャグのシャークバイトが離陸していく。敵が全力で反撃に出れば、そこにはアイクをとした奴もいるかも知れない。

 乾いた唇を舌で湿らせたトルノが、スロットルを上げる。滑走路の景色が後ろへ流れ、車輪が路面を離れる。

 操縦桿を引いて機首を上げると、眼の前にはもう、空しか見えなかった。



◆ ◆ ◆



敵機視認ターゲット・インサイト


 スカイ・ギャンビットが見下ろす空を、アッセンブルの編隊が突っ切っていく。


《頼むぜ、空軍さん》


 戦車部隊が見上げる空を、一糸乱れぬダイヤモンドが超音速で飛び抜ける。

 向う先には20機の敵ドローンが、点のように見え始めた。


《スピアオレンジ見参!》


 芝居がかったクルカルニの号令で、全機が胴体下部の燃料増ドロップ加タンクを切り離した。

 身軽になった機体を次々にひるがえし、獲物を狙うたかのように降下する。


《掛かれ》


 そこから先は一瞬だった。

 クルカルニを先頭にして、まずは4機が突っ込んだ。すれ違いざまの一撃で数機を墜とし、乱れたところに続く6機が襲い掛かる。

 最初の4機が反転してさらに一撃。20機を数える空戦トンボは、二分と経たずに全滅した。


《ブラボー! これがシエラオスカーの実力って訳ね》

《この数を瞬殺とは、恐れ入った》


 冷静に徹して作戦を進行するのが彼らの役目。本来ならば、空中管制機のオペレーターが兵に賛辞を贈る事などありえない。

 しかし、ギャンビットの興奮と称賛は兵の士気を高揚させた。

 地上を進む戦車隊も、その後方を進む部隊も、あっという間の撃墜ショーに目を奪われた。アッセンブルの戦闘機がドローンを手球に取るのは何度か見てきた者でさえ、この規模の空戦にはお目にかかった事がなかった。


《この程度で驚いて貰っては困る。主菜メインディッシュはこれからだろう》

肯定Positive。敵の第2波が接近中》


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくのクルカルニ。しかし、それに応えるギャンビットの声は、オペレーター本来の緊張感を取り戻している。

 敵が密集隊形を取っているため、正確な数は分からない。しかし、レーダー画面を埋め尽くしていく多数の光点マーカーに、ギャンビットは背筋を凍らせた。


《敵機は推定50以上。全機、対空戦闘用意》

《良かろう。少しは歯応えがありそうだ》


 敵機視認。

 全機、自由戦闘。

 おびただしい数の敵ドローンが、正面の空に現れた。アッセンブルの組む編隊が、指示を受けてはらりと解ける。


攻撃開始Attack!》


 一瞬の躊躇ちゅうちょもない最大加速。

 5倍を超える戦力差に、怯えるどころか不敵に笑う。喜び勇んで死地に飛び込み、破壊の嵐を巻き起こす。

 無敵の航空特殊部隊“アッセンブル・スピアオレンジ”。その本領が発揮されるのは、これからだった。

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