第22話 ブレイクショット作戦

「次の冬が来る前に、敵の前線基地を潰す」


 クルカルニのその言葉に、ブリーフィングルームが熱を帯びた。

 爆笑の余韻よいんは跡形もない。遂に始まる反攻作戦への期待に、興奮した空気が拡がる。この戦争が始まって2年、敵におびえる日々を過ごしてきた兵たちはこの時を待っていた。


 マグレア山地を実効支配するデラムロ軍が、アストック共和国に越境して建造した前線基地は、たったのひとつ。

 そこを橋頭堡きょうとうほとして、各地へ無人機が飛んで行く。制空権を握った後に長距離砲や自走砲を展開し、近寄るアストック軍を狙い撃ちにする。

 空戦では敵機に手も足も出ず、分散配置された陸戦部隊は各個撃破のき目にあってきた。


「だが、敵の勢力は確実に衰えている」


 アッセンブル・スピアオレンジ。特にトルノとジャグのシャークバイトが、になって敵をとした。


 無論、他のパイロットも昼寝をしていた訳では無い。活動を始めたこの60日足らずで、アッセンブルのドローン撃墜数は500に近づく数値を叩き出している。ヒマさえあれば敵の砲を潰して回り、味方の後退も支援してきた。


 元侯爵セレンディル家の横車で、強引に空軍に潜り込んだクルカルニを、快く思わない軍高官は多い。しかし彼と、彼の部隊が上げた巨大な戦果は、頭の固い参謀たちを、ものの見事に黙らせた。


 陸海空の三軍に別れ、己の都合と主張を戦わせるだけに終始してきた制服軍人。無為に兵を損なってきた将軍や、艦隊を失った提督から、この戦争の決裁権キャスティングボートを奪い取る。その手始めとなるのが、この作戦だ。


 初撃で陣地を粉砕し、敵の「親玉ナインボール」を引きり出す。それが名付けて、“オペレーション・ブレイクショット”だった。


 予算も掛かれば資材も必要。それが戦争だ。

 いかにコストが安いとしても、無人機の数には限りがある。いかに工場ラインをフル稼働しても、生産数には限りがある。

 この短期間に被った損害から、敵が立ち直るのを待ってやる道理はない。


「陸軍の戦車中隊と連携して、敵の前線基地を破壊する」


 戦車を中心とする陸上部隊を進出させ、その援護には合流した空軍の飛行隊をてる。

 こちらの攻勢を察知した敵は、恐らく最大限の抵抗を試みるだろう。開戦以来の組織的な攻撃に、敵は必ず最大戦力での迎撃――つまり、ありったけの無人機を出してくる。


「それを我々が、美味しくいただく」


 その数を大幅に減らしたとは言え、情報によって予測される敵ドローンの残存数は、それでも軽く200を超える。

 それを事も無さげに「う」と言い放つクルカルニも、それを聞いて平然としているアッセンブルのパイロットたちも、やはりな神経ではない。


「ハンパじゃねえ……」


 後ろの席を埋める若いパイロットたちは、彼らの胆力と、それを裏付ける実力を思って戦慄せんりつした。


「繰り返すが、君らの任務は戦車中隊の護衛になる」


 多くの長距離砲を失った敵は、陸上部隊を食い止めるため、対地装備の無人機を出してくる。

 対空装備を持たない相手なら、空戦無人機ドラゴンフライよりは与し易い。経験の浅いパイロットでも、十分に役目を果たせるだろう。

 それを聞いたルーキーの中には、内心で安堵あんどした者もいる。実戦経験にとぼしい者は、それでも緊張に顔を強張らせる。


「しかし、大佐……!」


 そして不満を感じる者も、僅かながら存在する。

 若いとはいえ、己の技量うでに命を懸けるパイロットだ。自信もあれば矜持プライドもある。

 空戦ドローン相手の戦術は、全軍のパイロットにも共有されている。アッセンブルと同じようにはいかなくとも、自分たちも戦える。

 そう腰を浮かしたパイロットを、しかしクルカルニの手がさえぎった。


「君たちには、まだ第一線を任せられない」


 自信を持つのは大いに結構。やる気があるならそれも買おう。しかし、これはゲームやスポーツの話ではない。客観的な根拠や裏付けのない自信は、無価値などころか有害ですらある。

 やればできるの精神論で君が死ぬのは勝手だが、自信過剰の跳ねっ返りに人の命は預けられない。

 静かに語るクルカルニの言葉に、若いパイロットはぐうの音もない。実績不足と言われれば、それに返す言葉が無い。


実力ちからの不足を自覚するならば、それを悔しいと感じるならば、いつか必ず強くなる。いまの弱さを恥じるならば、その恥こそが前進のための燃料になる。能力があるなら、それを証明する機会は必ずある。否が応でも、やらねばならない時が来る」


 クルカルニの言葉を聞いて、リナルドなどは深くうなずいている。


「前の席でふてぶてしくしているこの連中にも、新人の頃はあった」


 数年後に君らがどうなるかは、君ら次第。

 臆病者に活路はない。命を惜しんでは戦えない。しかし、ものには順序がある。


「それまでは、先輩の背中を見て学べ」


 突き放したとも甘やかしたとも解釈できる。しかしそれは、紛れもない正論だった。


「まあ、俺は最初から強かったけどな!」


 顔だけを振り向かせ、後列の面々を見渡してニヤリと笑った。


「この程度の説教でしょぼくれるなよ」


 やれる奴ならやれるなりに、そうでなけりゃあそれなりに、兎にも角にも生き延びろ。バタバタちた連中は、お前らよりも優秀だった。俺も僚機を墜とされた。


「お前らがピイピイ逃げ惑っても、敵は俺が片付けてやるよ」


 だから安心しろ。とは言わないのかトルノだ。


 高慢にして傲慢ごうまんなスーパーエースの言葉を聞くと、その自信に呆れてしまう。しかしそれが彼なりの励ましなのは、他の者にも理解できた。


「すまんな新人の諸ルーキーズ君。この先輩の背中から、学べるモノは何もない。思いやりとか謙虚とか、そういう美徳を悪魔に売って、この男は戦闘能力を手に入れんだ」

「優しさがない」

「遠慮がない」

「……礼節」


 ジャグに続いてネリアとソニア、少し遅れてミラがぼそりと付け加える。処置無しとクルカルニが肩をすくめる。


「お前ら、人を馬鹿にしやがって。ただし、悪魔に売ったというのは気に入った」


 57飛行隊の者の間に、微かな笑いの波が起こる。トルノが笑えば、その輪がさらに大きくなった。


 そして今回の作戦では、クルカルニとミラも出撃する事が発表された。指揮管制は、空軍虎の子の空中管制機が飛ぶことになる。


「隊長殿のお手並み拝見」


 これもトルノの挑戦的な発言に、クルカルニが口角を上げる。ふんと鼻で応えたミラの目は、相変わらずの低温だった。



◆ ◆ ◆



 払暁。午前4時30分。

 朝焼けが、東の空を赤く染め始めた。

 眼前に広がる草原はまだ暗く、上部ハッチから身を乗り出しても、隣の車両の影しか見えない。

 ヒヤリとした風が吹く。秋の虫が鳴くか細い声と、戦闘ブーツが草を踏む音だけが聴こえる。


《コード・アイリス。繰り返す、コード・アイリス》


 デジタル無線機のクリアな音声が、作戦開始の符牒ふちょうを繰り返した。

 全車両、エンジンスタート。遠慮を知らないガスタービンの咆哮ほうこうが、朝の静けさを破壊した。


《オペレーション・ブレイクショット開始Start

《前進せMove onよ!》


 朝焼けが、くすんだ景色を赤く照らす。

 隊列を組んだ戦車の群れが、轟音ごうおんとともに動き出す。ざわめく草原を踏みしだく。

 幾重にも重なる履帯りたいの跡は、西を目指して進んでいった。

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