第15話 大人の男
「オフィスで司令が待ってるわよ」
機体を降りるや
士官学校でも航空戦技アカデミーでも、何かにつけて突っ掛かってくるこの刺々しさに、トルノは以前から閉口させられていた。
「今度は、あたしと勝負しなさいよ」
通り過ぎようとしたトルノの肩を、ドンと叩く。
「やなこった。俺になんの得もねえ」
「損得なんて、気にした事も無いクセに……」
俺がお前に何をした。目の敵にされる意味が分からない。不良学生にトップを奪われたのが悔しいにしても、その態度はあまりに
そう言って被害者ぶるトルノに、ネリアが指を突きつける。
「大人気がどうのと、あんたにだけは言われたくないわよ!」
確かにそうだ。大人気のなさに関しては、人後に落ちない自信がある。
「バカにして……ッ!」
ギギギやゴゴゴと音のしそうな眼光を投げて立ち去ろうとするネリアが恐ろし過ぎて、トルノは呼び止める気にもならなかった。
早く立ち去って欲しい。できれば駆け足で。しかし、少しからかい過ぎたかも知れない。そうトルノは思ったが、特に反省はしなかった。
◆ ◆ ◆
オフィスでトルノ待っていたのは、部屋の主であるクルカルニとその副官たるミラ。そしてソニアの3人だった。
冷ややかと表現するには、
「お疲れさん。あのオッサンを相手に上出来だったと思うぜ」
「お疲れ様でした、大尉。残念ながら完勝とはなりませんでした」
これで相棒に腕があれば拳を合わせるところだが、それは無い物ねだりというものだ。
「模擬戦は御苦労だった。しばらくは休暇でも取って、ゆっくり休みたまえ」
クルカルニは、いつもの
ブリーフィングの最中に喧嘩沙汰を起こした張本人が、まさか労いの言葉を掛けられるとは予想せず、トルノは怪訝な顔になった。
「お
「許可を出したのは私だよ」
特に申し合わせをしたでもないが、トルノの行動は一事が万事、クルカルニの思惑に適ったものだった。
正気を疑うレベルの連続出撃と、それに正比例する多大な戦果は、敵の
これによって味方の地上部隊は、撤退および戦線縮小をスムーズに行うことができた。
無論、敵の無人機も無尽蔵という事はない。いかに低コストとは言え、月に200機以上の機体を失った打撃は大きい。
これによって敵は、積極的な行動を鈍らせ、我が軍は態勢を整える時間を得ることになった。
「そして、ジャグのことだが……」
「ふ、不本意な点もありますが、大尉とのコンビを組んでから、ジャグの成長速度は、い、著しく増進しています」
クルカルニに水を向けられたソニアは、言葉の通りに不本意そうな顔で続けた。その声が震えているのは、恐らく空調のせいではない。
以前、食堂でも話たように、ジャグの学習効率は飛躍的に上がっている。
A.W.A.R.S.の人工知能には、基礎的な航空戦術の他にも、敵味方を問わず集められる限りの空戦機動のデータを与えてある。
しかし、時に感情に任せ、時に野生の勘とやらで機体を操るパイロットの操縦には、一貫性を見つけにくい。
意識外のクセのようなものや、パニックから出たデタラメな反応はそこに意味を見出す事ができず、合理性の中に組み込む事ができなかった。
しかし、トルノと実戦の空を飛ぶことによって、パイロットの意識と連動する“生きた戦術”を得たジャグが、それまで未消化であったデータまでもを分類・活用できるようになった事が、飛躍的な進歩の要因と思われる。
そう結んだソニアは、チラリとトルノを睨んだ。
「不本意ですけど」
「それは分かった。二度も言うなよ」
ジャグを始めとするA.W.A.R.S.計画の人工知能は、アストック軍のドローン開発の要だ。その進歩に貢献したとなれば、これは先の勲章など及びもしない功績と言える。
「これまでのハードワークもある。それも
そのクルカルニの提案が、しかしトルノは腑に落ちない。
自分の言動が、軍人として褒められた事ばかりでないのは承知している。むしろ、褒める部分を挙げるのに苦労するくらいだという自覚もある。
無論、これまでしてきた無茶も無理も、自分なりの成算があっての事ではある。
しかし、それを「思惑通り」と評されるのは、
つまり、トルノは
「俺には休みなんていりませんよ。これまで通りに飛びます」
「君の機体に関わる整備班からの苦情もある。休みたまえ」
それを言われると弱い。
戦闘機の整備は緻密かつ重労働だ。通常では考えられない頻度で出撃するトルノは機体の扱いも荒っぽいため、彼の機体を担当する整備員は空前の過重労働を強いられている。
パイロットが飛べるのは整備員のお陰。
稼働の少ない機との人員のやり繰りや、予備機体の増加で対応はしているが、彼らに対する負担だけはトルノも気に病むところだった。
仕事がキツイとか楽だとかの話を置くにしても、疲労が
「分かりました。ですが大佐。せっかく休むのでしたら……そいつを俺に、預けてくれませんか」
「な、何故ですか⁉ 休みにこの子は必要無いでしょう‼」
トルノが視線を送ると、ソニアは
「
なら、もっと教えてやろうっていうんだよ。色々とな。
ニヤリと口角を上げたトルノが手を伸ばすと、ソニアが
恐れ
「君はどう思うかね」
「反対です」
「だろうな」
言下に否定するミラに苦笑したクルカルニは、やれやれと立ち上がり、トルノの肩に手を掛けた。
「君には考えがあるのだろうが、
「いやね。これからも俺と組むなら、コンビとしてのイロハを覚えて貰おうと思いましてね」
何も、上手に飛べる事のみがパイロットの資質ではない。
そう言って笑うトルノの意図を察したのか、単に面白がっているのか、クルカルニはソニアに向かって頷きかけた。
「でも……」
救いを求めるように見ると、渋々という風にミラが首を振る。残念ながら、逆らうだけ無駄だ。悲しげな瞳がそう語っていた。
「ワタシも、それが最良と判断します」
ついに我が子にまで見放されて、ソニアは陥落した。胸に掻き抱いていた水筒を、おずおずとトルノに差し出す。
しかし、一言いわずにはいられなかった。
「ボクのジャグに、変なことを仕込まないで下さいね。それとボクは、
顔を赤くして、つい余計な一言まで付け加えてしまう。先程のオープン回線での通信で、ソニアはいたく傷付いていた。
プイと横を向いたソニアに、それが子供なのだと
俺は大人だからな。
「ワタシの評価は上がったように思いますが、大尉の評価は急降下したようです」
「るせー」
女子供にどう思われようが、一切の
俺は男だからな。
ミラの視線もソニアの威嚇も、そよ風ほどにも感じない。大人の男の余裕を
「で、こいつ。コンセントはどこにあるんだ?」
トルノは無線給電を知らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます