第14話 ドローン・キラー #2

《どうなってやがる⁉》


 前方、約800m。レーダー照射を察知したジャグの左旋回は弾かれたような急機動だが、それは予測の範囲を超えない。


 照準を合わせたリナルドが、トリガーを引く。

 身に染み付いたそれらの動作は、流れるように一瞬で終わる。

 しかしその一瞬の内に、ジャグはさらに機動を重ねていた。


《バンクロイドの入れ知恵か》


 左に機首を向け、無防備な背面を晒していたストームチェイサーは、射撃の直前にさらに左へ動く。

 引ききらずに余裕を残した操縦桿をもう一段倒せば、それがリナルドの目には機動が伸びた・・・ように見える。


《くそ!》


 左へ微調整して再度の射撃を試みる。すると相手は微減速して、するりと照準をやり過ごした。



◆ ◆ ◆



「いいかジャグ。大袈裟な動きを使わないで、ギリギリでかわせ」


 ジャグの記憶回路メモリーに、トルノの教えが再生される。


「絶対回避のための安全マージンを、次の機動のための余力に変えろ」


 捕まえたつもりが捕まっていない。としたつもりが墜とせない。こちらの限界を相手に悟らせず、幻惑げんわくして反撃に転じる。

 まあ、お前ら風に言うなら「相手の計算を乱す」ってことだ。


お前らAIはどうか知らんが、人間なら相手は相当カッカするだろうぜ」


 そう言ったトルノの顔は、控えめに言っても悪人面だった。



◆ ◆ ◆



洒落臭しゃらくせえマネをしやがって》


 イラついたリナルドは、武装選択アーマーセレクトを機銃からミサイルに戻した。

 不意の動きに備えて距離を取れば、小手先のテクニックは通用しない。模擬戦ゆえに実際ミサイルが飛ぶ事はないが、命中か否かはコンピューターが判断する。


 機体をひるがえしたジャグは、背面飛行の状態から下向きの宙返りループに入った。

 上向きの宙返りは、高度を得る代わりに速度を失う。エンジンのパワーにおいて優るジャグはそれでも、高度を下げて速度を取った。


 翼の先が雲を引き、地面に向かって加速するパワーダイブ。これでリナルドの背後を取り、勝負を決めるつもりだった。


《逃がすか!》


 思惑を察知したリナルドも、ジャグを追って宙返りに入る。

 マイナスG宙返り――――機首の上方向への宙返りに対して、機首を下げる形での宙返りだった。

 通常の宙返りに比べてループが大きくなる不利はあるが、ジャグに食らいつくには反転ロールしている暇も惜しかった。


 そして、下方向へのGが血液を足元へ押し下げるならば、マイナスGはそれを頭へ押し上げる。


 脳への血流が低下して起こるブラックアウトに対して、こちらはレッドアウトと呼ばれ、眼球に流れ込む過剰な血液が視界を赤く染める。

 脳にダメージを与えかねない。最悪の場合は卒中の危険すらある。それは、たかが模擬戦で背負うようなリスクではない。

 しかしそれを覚悟の上で、それでもリナルドはジャグを追った。



◆ ◆ ◆



 パイロットはエリートだ。


 空軍士官学校か民間の大学を卒業して、学位を取得する。8割の者が振るい落とされる難関を突破して、航空戦技アカデミーに入学する。

 座学はもちろん、命の危険を伴う実地訓練は過酷の一言で、ここで脱落する者も多い。


 そして、それを乗り越えた者だけが、戦闘機乗りファイターパイロットとして超音速の翼を得る。戦場の空を飛ぶ権利を得る。


 金を稼ぐだけなら、医者にも弁護士にもなれる。国のためと言うのなら、官僚にも政治家にもなれるだろう。空を飛びたいと言うのなら、民間企業のパイロットでもいい。

 それだけの能力を持った若者が、他に幾らでもある選択肢を放棄して、戦闘機乗りへの道を選ぶ。


《ふざけやがって……!》


 リナルドは、そんな若者たちを多く見てきた。

 技量うでを買われて教導隊に抜擢され、後輩たちを指導した。己の技術、知見を惜しげもなく伝授した。

 安穏な暮らしを棒に振って、わざわざ苦難の道を選んだ愛すべき馬鹿者ども。技量うでを上げていく彼らを見て、満足感を覚えていた。


 それが何だ、このざまは。


 高価な戦闘機に乗り、それを数倍する予算を掛けて育成されたパイロットが、ラジコンまがいの無人機に撃墜される。

 愛国心もプライドもない大量生産の機械兵器が、我が物顔で戦場の空を支配している。


 そして、それに勝つために、自軍でも空戦AIの育成をするという。無人機対無人機の優劣が、戦の趨勢すうせいを決めるのだという。

 それが戦争。国と国との利害を賭けた戦いだと言われれば、理解はできる。

 あたら有能な人材を、機械を相手に散らす意味はない。その論理も理解はできる。


《だが、納得はできねえ》


 損耗率そんもうりつという数値の中に埋もれていった戦闘機乗りたちの無念は、そんな理屈では晴らせない。

 リナルドの私室には、そんな彼らの写真が飾られている。思い出と呼ぶには生々しい記憶の数々。それと共に、リナルドは飛んでいる。


 毛細血管が破裂した、文字通り血走った目で前方を睨むと、ジャグの背中が見える。

 赤い視界の中で、ヘッドアップディスプレイHADに表示された高度計の数値が下がり続ける。下二桁は目で追う事もできない。


 ループの下端を過ぎれば、上昇に転じて速度が下がる。そこを狙うリナルドは、さらにスロットルを開いた。


 ジャグの機首が上がる。その下に潜り込んだリナルドが、すくい上げるように機首を上げる。

 機体をひねって姿勢を整え、照準がストームチェイサーの下腹を捉えた。


 いただいた。AIだろうが新型だろうが、このタイミング、この位置からの射撃はかわせない。リナルドは勝利を確信した。


《ハッ! クソったれ……》


 ブザーが鳴った。高度2,986m。

 制限高度違反。攻撃によらずルールによって、リナルド・ホークは敗北した。



◆ ◆ ◆



 模擬戦は終わった。


 地上からそれを眺めていたギャラリーたちは、賭けの勝ち負けに関わらず、4機の健闘を称えている。

 手を叩き、口笛を吹いてはやし立て、いい物を見たと笑いながら、ぞろぞろと引き揚げていく。


 一時のお祭り騒ぎはこれで終わり、また戦争という日常へと戻っていく。


《認めるのはしゃくだが、俺の負けだ。見事だった》


 並んで飛ぶストームチェイサーに向けて、リナルドが敬礼を送る。


《実戦であれば、大尉が勝利したかも知れません》

《機械に気を遣われるとはな。だが、勝負は勝負だ》


 こちらの決着がつくまで、トルノは応援に現れなかった。一対一の状況でやられたのでは、ぐうの音も出ない。実際、ジャグの飛行技術はリナルドの予想を上回っていた。

 生意気な若造の思惑に、まんまと乗ってしまったのは気に入らないが、負けは負けだ。


《で、俺はどうすればいい。頭を下げて謝るか?》

《いいえ、ワタシが求めるのは謝罪ではなく、握手です》

《手のない奴と握手ができるか》

《比喩表現です》


 リナルドを始めとして、アストック軍の兵たちが無人機を嫌悪しているのは理解している。感情はなくとも、自分が歓迎されない事は分かっている。


 人と人とは戦い、争う。


 友愛を至上の美徳としながら、それと対極に位置する闘争という物に対しても美意識を持っている。

 その性能と無慈悲さゆえに恐怖と嫌悪の対象となる無人兵器が、闘争という概念においても不純物として忌み嫌われる事も、了解している。


《しかし、ワタシは造られました》


 敵の無人兵器を駆逐する。もって友軍の危機を救い、戦争を勝利へ導く。

 それが与えられた最終目標であり、自分にはそれを果たしたいという“欲求”がある。


 人工知能であるジャグには、正しい意味での欲求というものはない。

 しかし、機能を果たすことが機械の本懐とするならば、そこへ向うための思考を“欲求”と呼ぶのだろうと仮定している。


《ワタシは、無人兵器ドローンを破壊するために造られた、無人兵器です》


 友情を欲しているわけでは無い。仲間扱いも必要ない。しかし、その機能を活かし、役立てる事をおこたらないで欲しい。


《それはきっと、互いの利益になるはずです》


 無言のリナルドが、マスクを外した。

 大きく息を吐くと、少し頭が痛んだ。

 目尻に涙がにじむのは、久々の逆G宙返りのせいだ。


 たかが機械の言うことを、真に受ける必要はない。空戦は上手くこなすが、ただそれだけだ。

 そう否定はしてみても、若いパイロットたちの覚悟が、今のジャグに重なる。プログラムを果たすだけの機械と、人生を賭けた矜持プライドがダブる。


《いいぜ、戻ったら握手してやる》


 しかし、馴れ合うつもりはない。


《ありがとうございます。ホーク大尉》


 別にどうという事はない。機械と一緒に飛べないなどとは、些細ささいなこだわりに過ぎない。


《負けちまったからな》


 諦めとも観念ともつかない声で、リナルドは笑った。

 並んだ2機が滑走路へ降りていく。同時に着陸ランディングを決めて、誘導路へと進んでいく。上空でそれを眺めるトルノは、満足気に微笑んでいた。

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