第11話 お祭り騒ぎ

 娯楽の少ない前線の基地では、噂が広まる速度も早い。表も裏も、基地内にいくつか存在するSNSのコミュニティも、その話題で持ち切りになった。


 いわく、バイパーバイリナルド&カルアト分隊対シャークバイトルノ&ジャグト分隊の模擬空戦。本日正午1200に戦闘開始。

 曰く、賞品はソニア=アンナ・マーベル嬢の貞操。


―――「無人機ドローン狩り」で受勲までしたトルノの技量は凄まじい。前回のでジャグはトルノに敗れているが、最新鋭機で負けたジャグが劣っているのか、旧型で勝ったトルノが凄いのか。

―――トルノの撃墜が多いのはアホほど出撃したからで、同条件で競えばベテランのリナルドに軍配が上がる。

―――カルアはチャラいが技量うでは確かだ。絶賛彼女募集中。

―――ソニアは賞品になることを承諾していない。貞操云々の話はデマである。野蛮人バーバリアンの無法を許すべからず。


 ほんの短時間で噂には尾ひれがつき、センセーショナルな流言飛語がログを埋め尽くした。

 とある研究によれば、SNSにおいて真実を伝える情報に対して、虚偽またはそれに類するものは6〜20倍のスピードで拡散するという。

 ソニアを擁護ようごする匿名の投稿は、わずかの「いいね」がついたのみで、情報の濁流に押し流された。


 これまでにトルノとジャグの空中戦ドッグファイトをその目で見たのはネリアのみだが、この模擬戦は基地から見える場所で行われる。


 3人と1機の戦いを見物したい願う者たちの間で、シフトの交代権が高値で取り引きされる。売店のビールが飛ぶように売れる。

 胴元が名乗りを上げれば即座に乗る者が現れて、賭けのオッズは6対4のバイパー優勢となった。


 司令部棟の窓には人が群がり、炎天下の野外にパラソルが立ち、格納庫の屋上に陣取る者まで現れる。第19仮設基地が始まって以来の、降って湧いたお祭り騒ぎに、全ての者が興奮していた。


「よろしいんですか、大佐。こんな騒ぎを放っておいて」

「たまにはガス抜きも必要だろう。パイロットにもスタッフにも」


 アッセンブルのパイロットたちは、協調性に欠けている。ガス抜きになれば良いが、これが切っ掛けとなって決定的に分裂する可能性もある。

 その副官の懸念けねんにクルカルニは取り合いもせず、管制塔の特等席でビールの栓を抜いている。ポップコーンが欲しかったというつぶやきは、ミラに無視しされた。


「ところで君は、どちらに賭けたんだ?」


 どこまでも呑気な質問は、やはり無視された。



◆ ◆ ◆



 陽炎が揺らめく誘導路にジャグの機体が現れた。


 NFX-23 通称“ストームチェイサー”


 強力な双発エンジンは、推力増加装置アフターバーナーの使用をなしに超音速での巡航を可能とし、推力偏向ベクターノズルによって自在に機動する。

 低速域での機動性と高速戦闘を両立させた、アストック空軍の次期主力制空戦闘機。

 流れるような翼胴融合ブレンデッドウィング&ボディのフォルムと前翼カナード。そして特徴的な前進翼ぜんしんよくが、天宙からの光にきらめいた。


 電圧チェック、油圧チェック。動翼どうよく舵翼だよくの各部動作に異常なし。エンジンのパワーを離陸位置へ、ブレーキを解除して速度を上げる。1番機に続いて離陸。着陸脚ランディングギアが路面を離れる。


 上昇しつつ機体を一捻りロールさせたのは、心理的な効果を狙った単なるパフォーマンスだが、トルノに言わせれば、それはファンサービスだった。



◆ ◆ ◆



《いいかジャグ。尊厳なんてものは、降っても来ねえし生えてもこねえ》


 出撃につぐ出撃。疲労困憊ひろうこんぱいの状態でありながら、それでも切れないトルノの集中力は、ジャグが持っている常人のデータを遥かに上回っている。

 敵ドローンを刈り取って帰投する最中に話を切り出したのは、そのトルノだった。


《同じ敵を相手に戦う味方。目的を共にする同志……》


 普通はそれで仲良し小好しとなるところだが、それでもはぐれる奴はいるし、弾かれる奴もいる。

 結果を出しても評価をされず、何をしてもあなどられる。上から行っても下手に出ても、バカにされるしうとまれる。


《なら、勝ち取るしかねえよなぁ》


 うても強請ねだっても敬意は得られない。舐められたままでいられないなら、実力で勝ち取るしかない。 

 譲歩も尊重もする気がないなら、こちらが上だと分らせる。

 プライドが邪魔と言うのなら、それをし折り思い知らせる。

 馴れ合うつもりがないなら上等、こちらに遠慮の義理はない。正々堂々、叩き潰す。


《ぶん殴れれば話は早いが、生憎あいにくお前はボクシングには向いてねえ》


 だから、得意の空戦で話をつける。ぐうの音も出ないほどにやっつけて、謝罪の言葉を絞り出させる。


《勝てるでしょうか》

《当たり前だろ。俺が教えた事を忘れなければ、パイロットには負けねえよ。物覚えは得意だろう?》

《あなたにも勝てますか》

《俺はパイロットじゃねえ。バカにしてんのかぶん殴るぞ》

《スミマセン》

《冗談が通じねえな。まあ、仕方ねえか……》


 調子よく話していたトルノがため息をついた。しかし、ジョークの通じないジャグに、呆れたのでも失望したのでもない。

 日が沈んで辺りが暗くなり始め、滑走路の誘導灯が視界に入る。管制官との交信を始める前に、言っておかねばならない事が、トルノにはある。


《この前は、済まなかった》


 こちらが連携をおろそかにしておきながら、叱責して喧嘩を売った。ソニアの涙に教えられ、大人気のない自分に恥じ入った。


《らしくもなく、反省しちまったよ》


 俺はお前の味方になると決めた。権利と立場を守るために、力の及ぶ限りなんでもする。

 だが、勝手にキレて勝手に改心して、素知らぬ顔で仲間ヅラは虫が良すぎる。


《お前には無価値な事かもしれないが、けじめはつけたい。この通り、謝罪する》


 2機は並んで飛んでいる。紫色の薄闇のなか、頭を下げるトルノがキャノピー越しにも確認できる。


《もっとも、お前は「許さん」とは言わないだろうがな》


 そういう意味ではこれも身勝手。自分の気持ちを満足させるための行為に過ぎない。しかし、それをせずには進めない。


《舞台は俺が作ってやる。だからお前は勝て》

了解Ya。1番機Comander



◆ ◆ ◆



 そして、これがその舞台だった。


 全てのパイロットと基地職員、兵たちが見守っている。戦闘のデータは軍の上層部にもフィードバックされる。

 トルノの期待に応え、ソニアの貞操を守るため、次世代航空戦術ロボットシステムAbionic-Warfare-Advanced-Robot-System“A.W.A.R.S.”の成果を発揮する必要がジャグにはある。


《いくぞ、ジャグ》

了解Roger索敵開始Seeker-open


 すでに飛び立ったリナルドとカルアは、上空でふたりを待ち構えている。

 並んで加速、上昇するシャークバイト分隊が、翼端から雲を引いた。

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