第11話 お祭り騒ぎ
娯楽の少ない前線の基地では、噂が広まる速度も早い。表も裏も、基地内にいくつか存在するSNSのコミュニティも、その話題で持ち切りになった。
曰く、賞品はソニア=アンナ・マーベル嬢の貞操。
―――「
―――トルノの撃墜が多いのはアホほど出撃したからで、同条件で競えばベテランのリナルドに軍配が上がる。
―――カルアはチャラいが
―――ソニアは賞品になることを承諾していない。貞操云々の話はデマである。
ほんの短時間で噂には尾ひれがつき、センセーショナルな流言飛語がログを埋め尽くした。
とある研究によれば、SNSにおいて真実を伝える情報に対して、虚偽またはそれに類するものは6〜20倍のスピードで拡散するという。
ソニアを
これまでにトルノとジャグの
3人と1機の戦いを見物したい願う者たちの間で、シフトの交代権が高値で取り引きされる。売店のビールが飛ぶように売れる。
胴元が名乗りを上げれば即座に乗る者が現れて、賭けのオッズは6対4のバイパー優勢となった。
司令部棟の窓には人が群がり、炎天下の野外にパラソルが立ち、格納庫の屋上に陣取る者まで現れる。第19仮設基地が始まって以来の、降って湧いたお祭り騒ぎに、全ての者が興奮していた。
「よろしいんですか、大佐。こんな騒ぎを放っておいて」
「たまにはガス抜きも必要だろう。パイロットにもスタッフにも」
アッセンブルのパイロットたちは、協調性に欠けている。ガス抜きになれば良いが、これが切っ掛けとなって決定的に分裂する可能性もある。
その副官の
「ところで君は、どちらに賭けたんだ?」
どこまでも呑気な質問は、やはり無視された。
◆ ◆ ◆
陽炎が揺らめく誘導路にジャグの機体が現れた。
NFX-23 通称“ストームチェイサー”
強力な双発エンジンは、
低速域での機動性と高速戦闘を両立させた、アストック空軍の次期主力制空戦闘機。
流れるような
電圧チェック、油圧チェック。
上昇しつつ機体を
◆ ◆ ◆
《いいかジャグ。尊厳なんてものは、降っても来ねえし生えてもこねえ》
出撃につぐ出撃。
敵ドローンを刈り取って帰投する最中に話を切り出したのは、そのトルノだった。
《同じ敵を相手に戦う味方。目的を共にする同志……》
普通はそれで仲良し小好しとなるところだが、それでもはぐれる奴はいるし、弾かれる奴もいる。
結果を出しても評価をされず、何をしても
《なら、勝ち取るしかねえよなぁ》
譲歩も尊重もする気がないなら、こちらが上だと分らせる。
プライドが邪魔と言うのなら、それを
馴れ合うつもりがないなら上等、こちらに遠慮の義理はない。正々堂々、叩き潰す。
《ぶん殴れれば話は早いが、
だから、得意の空戦で話をつける。ぐうの音も出ないほどにやっつけて、謝罪の言葉を絞り出させる。
《勝てるでしょうか》
《当たり前だろ。俺が教えた事を忘れなければ、そこいらのパイロットには負けねえよ。物覚えは得意だろう?》
《あなたにも勝てますか》
《俺はそこいらのパイロットじゃねえ。バカにしてんのかぶん殴るぞ》
《スミマセン》
《冗談が通じねえな。まあ、仕方ねえか……》
調子よく話していたトルノがため息をついた。しかし、ジョークの通じないジャグに、呆れたのでも失望したのでもない。
日が沈んで辺りが暗くなり始め、滑走路の誘導灯が視界に入る。管制官との交信を始める前に、言っておかねばならない事が、トルノにはある。
《この前は、済まなかった》
こちらが連携を
《らしくもなく、反省しちまったよ》
俺はお前の味方になると決めた。権利と立場を守るために、力の及ぶ限りなんでもする。
だが、勝手にキレて勝手に改心して、素知らぬ顔で仲間ヅラは虫が良すぎる。
《お前には無価値な事かもしれないが、けじめはつけたい。この通り、謝罪する》
2機は並んで飛んでいる。紫色の薄闇のなか、頭を下げるトルノがキャノピー越しにも確認できる。
《もっとも、お前は「許さん」とは言わないだろうがな》
そういう意味ではこれも身勝手。自分の気持ちを満足させるための行為に過ぎない。しかし、それをせずには進めない。
《舞台は俺が作ってやる。だからお前は勝て》
《
◆ ◆ ◆
そして、これがその舞台だった。
全てのパイロットと基地職員、兵たちが見守っている。戦闘のデータは軍の上層部にもフィードバックされる。
トルノの期待に応え、ソニアの貞操を守るため、
《いくぞ、ジャグ》
《
すでに飛び立ったリナルドとカルアは、上空でふたりを待ち構えている。
並んで加速、上昇するシャークバイト分隊が、翼端から雲を引いた。
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