第12話 Air combat 2on2

《各機、高度5,000mを突破。模擬空戦を開始せよ》


 上空の4機のみならず、基地中にクルカルニの声が響いた。

 各機の無線がオープンチャンネル―――相手にもギャラリーにも筒抜けなのは、このお祭り騒ぎを盛り上げようという基地司令クルカルニの演出だ。


《空戦を見世物にしやがって》

《シャークバイト02。戦闘開始Combat-open

《ソニアちゃーん。待っててね!》

《お手軽に卒業・・しようったって、そうは行かねえ》


 機銃の照準に捉えての射撃宣言。

 火器管制システムFCSによるロックオン。

 最低高度に設定された3,000mを下回らせる。


 それが、この模擬戦での勝利条件だ。


 正面から会敵した2機と2機は、イチかバチかの正面攻撃を避けて散開し、複雑な起動を駆使して相手の背後を取ろうとする。


《俺はカルアをやる。オッサンはジャグに任せた》


 復唱したジャグが距離を取ると、それに乗ったリナルドが追う。


《いい判断だ》


 2機対2機のチーム戦になればバイパーバイリナルドとカルアトのコンビネーションに敵わない。ジャグがリナルドを引き付ける間にトルノがカルアを撃墜し、その後に2機掛かりでリナルドに対する。

 そう考えたリナルドは、しかし、トルノの思惑を読み違えている。


 無茶な出撃を繰り返したシャークバイトルノとジャグトは、完全に近い連携コンビネーションを実現していた。2機対2機の戦いになれば、瞬く間に勝負をつける自信がある。

 しかし、呆気なく勝ってはつまらない。簡単に負けさせるわけにはいかない。言い訳のできない状況シチュエーションで、完膚なきまでに屈伏させる必要がある。


 トルノの悪意に満ちた演出に、バイパーバイトは絡め取られた。


 もしリナルドかカルアが、もしくは他のパイロットが、シャークバイトの戦術に注意を払っていれば、この策は成立しなかっただろう。

 しかしそれを知っていたのは、トルノをライバル視するネリア・シャンダルク中尉だけだった。


「まったく、頭に来るけど」


 面白くもなさそうに鼻を鳴らす。


「一応、感謝しておくわ」


 ネリアがシャークバイトにベットした2ヶ月分の給料は、無駄にならずに済みそうだった。



◆ ◆ ◆



《バンクロイド中尉って、僕の事を甘く見てません?》


 4機がひと塊になって乱れ飛ぶ混戦は解消されて、カルアの駆るバラクーダMark-Ⅲがトルノの背後にポジションを取った。

 航空戦技アカデミーを首席で卒業した者同士。ただし、問題児だったトルノに対して、優等生のカルアは、誰もが憧れる空軍のアクロバットチームに誘われるほどの操縦技術を持っている。

 旋回範囲を狭めながらも速度を殺さない。その絶妙な機体操作が彼の非凡な才能を証明していた。


《甘く見るなんてとんでもない。お上手に飛べてるぜ》

《馬鹿にしている場合じゃないでしょ》


 距離が近い。武装選択アーマーセレクト操作してカルアは機銃の照準にトルノを捉え、引き金に指をかけた。ソニアとのデートはこれで頂きだと思った。

 その瞬間、トルノの機体がするりと横に逸れた。

 再度の攻撃チャンスが来た。しかしまたも射撃の直前、滑るように的から外れる。


《クソッ、後ろに目でもついてんですか!》

《殺気がだだ漏れなんだよ、間抜け》


 アカデミーを卒業する時には、この戦争が始まっていた。だからカルアの戦闘経験は、そのほとんどが無人機を相手に積んだものだ。

 撃墜の恐怖に逃げ回る人間の気配を知らない。罠を張って隙を待つ、敵の息遣いに気が付かない。

 そして射撃の瞬間に自身が放つ、殺気を隠す術を知らなかった。


 細かな機動を駆使して狙いを定め、トリガーを引く瞬間にはそれがピタリと止まってしまう。それがトルノには手に取るように伝わっていた。


《これから撃ちますって合図を貰って、避けられないウスノロどこにいるよ》


 この程度の事は、リナルドと飛んでいれば学んでいてもおかしくない。あの男はそういう世界でエースになった古強者ベテランだ。

 しかしカルアはそれをおこたった。無人機相手の戦闘に、気配の読み合いなどは必要なかった。


《勉強不足だ。優等生》

《だからって、こっちの優位は変わりませんよ!》


 距離を置いてミサイル―――ロックオンでの攻撃に切り替える。そのカルアの意図もトルノは見通していた。

 カルアが減速するとトルノが加速する。距離を離されたカルアが加速すると、タイミングを合わせてトルノが減速する。


 オーバーシュート―――トルノのスロットルワークに翻弄されて、カルアの機体が前へ行き過ぎる。形勢は逆転し、そして一瞬で勝負はついた。


《クソッ!》


 背後を取られたカルアが回避行動を取ろうとした矢先、撃墜を報せるブザーが響いた。



◆ ◆ ◆



 勝負が決した2機のバラクーダが並んで飛んでいる。それまでの息もつかせぬ戦闘機動とは打って変わって、穏やかな水平飛行だった。

 

とされると思った時には、もう墜とされている。撃墜ってのはそういうもんだ》


 撃つと思った時には撃っている。殺気など放っている暇があったら、トリガーを引け。頭より先に手を動かせ。それがトルノの教えだった。


《ああクソッ……マジで悔しい》

あおって済まなかったな。これも作戦の内と思ってくれ》


 冷静さを奪うためにからかい、ののしった。しかしそうして悔しがれるのも、命があればこそだと言いながら、トルノは自分が少し笑っている事に気がついた。


《じゃあ、本音じゃ無かったんですか?》

《いいや本音だ。今のは言わなくてもいい事を言ったという意味であって、発言の内容にはいっさいいつわりはない》


 しかし、項垂うなだれるカルアに掛けるトルノの声には、わずかのいたわりがあった。


《マジ、凹むんですけど……》


 突き放されてなげくカルアに、トルノが今度ははっきりと笑った。

 思えばそれは、このアッセンブルに来てから初めての事だったかも知れない。何が面白いでも愉快でもない。自分はこのような他愛もない事で笑う男だったかと、不思議に思うほどだった。


 しかし、少し前まではこうだったのだ。アイクと一緒に飛んでいた頃から、まだ2ヶ月も経っていない。

 何も深刻ぶっていたわけでは無い。これは戦争だ。人の命に関わる話だ。お気楽にやれる事ではない。しかし、余裕を失っていたのは事実だった。

 ヘルメットの中で、トルノは自嘲じちょうした。


《そういう事だから、ソニアの事は諦めて貰おう》

《そういう大尉は、ソニアちゃん狙いなんですか》

《俺はガキは相手にしねえ。まあ、乳だけは立派なものだが》

《うわサイテーだ、この人》


 このような下らないやり取りが、こうも心を軽くする。そのような単純な事を久々に思い出したトルノは、口が軽くなっている事を自覚できなかった。


《だいたい、お前は女の尻ばっか追っかけてるからモテないんだ》


 物欲しそうな男に女はかれない。俺が女の口説き方を教えてやる。無人機をとすより簡単だぜ。


 この会話がオープンチャンネルなのを失念し、エンジンに火が入ったトルノの軽口が止まらない。

 横に並んで飛ぶカルアには、トルノ機の機首ノーズが伸びて見えた。


 翼を振っても気づかない。「キケン・ヤメロ」の手信号も見えていない。へぇ、はぁ、と相槌を打ちながら、カルアは自分への飛び火だけを恐れていた。



◆ ◆ ◆



 スピーカーからトルノの声が流れる。空襲に備えた耐爆構造の基地施設が、見物人ギャラリーの大爆笑に揺さぶられている。


 傷心のトルノは、心の余裕を取り戻した。

 そして、いつもの調子を取り戻したその代償として、基地中の女性の顰蹙ひんしゅくを買う事になった。


「大佐。ミス・マーベルが、滑走路の真ん中で何かわめいてます」

「危険だな。連れ戻させろ」


 どこからか手に入れたポップコーンを口に放り込むクルカルニ。連絡を受けた警備兵に羽交い締めにされて、ソニアは引きずられていった。


「大佐。シャンダルク中尉が出撃許可を求めています」

「却下だ」


 ビールを一口。格納庫のネリアは、ヘルメットを地面に叩きつけた。

 飛ばせてみるのも面白い。だがそれは、次の楽しみに取っておこうとクルカルニは思った。


「アミッシュ少佐、SAM地対空ミサイルのコンソールに触らないで下さい」


 どいつもこいつも曲者揃い。しかし技量うでは超一流。誰もが屈託くったくや問題を抱えている。それでも機能を果たしている。

 今のところ計画は順調。このままのペースで行けば、そろそろ敵の動きが変わる。


 クルカルニ・オーヴィッツ。

 若干29歳にして基地司令の要職にあり、参謀本部に大きな発言権を持つ空軍将校。

 にも関わらず、彼の過去を知る者は誰もいない。

 広いようで狭い軍隊という社会において、それは異常な事だ。そして、その異常が問題にならない事が、さらに異常だった。


「ジャグ、そしてバンクロイド大尉。君たちには期待しているよ」


 空の上では、ジャグとリナルドが戦っている。それを見上げるギャラリーが歓声を上げる。

 クルカルニのつぶやきを聴くものはいない。ポップコーンの塩気をビールで流す、その口元が歪んでいる。


 この戦争に、自分のやり方で決着をつける。その準備のために、彼は2年間を費やした。

 そして一歩を踏み出してしまえば、状況は加速する。

 さらにもう一口。ビールをあおったクルカルニは、口を拭って空を見上げた。




Attention Please(機長よりのお願い)――――――

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