第9話 1UP

 クルカルニの命令でコンビを組んだトルノとジャグは、翌日の午後から活動を開始した。

 特に変わった事をするわけではなく、ただひたすらに出撃を繰り返す。ただし、その回数と密度は常軌を逸していた。


《シャークバイトよりスピアオレンジ司令部Sierra-Oscar-commandpost。グリッド253にて東進中の敵機バンディッド8を確認。これより排除する》

《司令部よりシャークバイト。増援を送るまで待て》


 雲の下には豆粒ほどの敵機が見える。渡り鳥の群れのような編隊を組んで飛んでいる。その向かう先には、味方の戦車部隊が見える。


否定Negative。そんな暇はない》


 トルノは司令部からの指示にノーを突き付けた。

 基地から上がった味方がここへ到着する間に、進路上にいる地上部隊が被害を受ける。獲物ターゲットに手を出すな。


《俺は左から。右は任せた》

了解ya1番機Commander

《オーケー、攻撃開始Rock'n'roll!》


 機体を捻ったトルノが逆落としに敵へ襲い掛かると、半拍遅れたジャグがそれに続く。

 高度を速度に、位置エネルギーを運動エネルギーに変換する高速攻撃で、瞬く間に2機の無人機が爆発した。

 回避行動に移った中から次の獲物を選んで落とし、さらに次の敵を物色する。鷹の狩り場に囚われた渡り鳥は、なされるがままに狩られていく。


「凄えなあいつら、あのトンボ共が玩具みたいに落ちてくぜ」


 戦車の砲塔ハッチから身を乗り出して双眼鏡を覗くと、被弾した敵機が火を吹くのが見える。

 命拾いをした陸軍の少佐が感嘆すると、兵たちが口笛を吹き、歓声を上げた。



◆ ◆ ◆



「燃料と弾薬の補給を頼む。小休止の後、哨戒任務に戻る」

「無茶ですよ中尉! もう5回も飛んだんですから、今日はここまでにして下さい」

「機体の替えはあるだろう。整備が間に合わないなら予備機を出せ」

「オーヴィッツ大佐からも、もう飛ばすなと言われていますから」


 舌打ちをして機体を降りると、地面についた脚がもつれてまた舌を打つ。フラフラと待機室へと戻るトルノを、うんざりした顔の整備員が見送った。

 夜明けと共に離陸して、北へ南へ飛び回る。敵を見つけて蹴散らしては、新たな敵を求めて彷徨うろつきまわる。


 トルノとジャグの、哨戒に名を借りた無人機狩り。

 着陸したと思えば燃料弾薬を補給して、またすぐに飛び立っていく。1日に平均で4度。最高は6度という異常な出撃ペースは、もう一月も続いていた。


「あの……中尉。大丈夫なんですか?」


 その日、トルノが待機室に入ると、ソニアが待っていた。

 ジャグへの冷遇の事もあってか、それともそもそも男の軍人というものに馴染めなのか、彼女は普段、パイロットと顔を合わせないようにしている節がある。ストームチェイサーの格納庫ハンガーに設置されたモニタールームに籠もり、滅多にそこから出てこない。

 食事も食堂ではらず、基地内を歩く姿を見掛ける事はほとんどない。ジャグがそうであるように、彼女もまた部隊に馴染めていなかった。


 しかしそのソニアが、今日はヤニ臭くて居心地の悪い待機室で、リナルドとカルアの“バイパーバイト”分隊と一緒にトルノが戻るのを待っていた。

 声を掛けて良いものか戸惑いながらも、ソニアはトルノに声を掛けた。


「あの……無理をしないで欲しいです」

「してねえよ」


 部屋を素通りするトルノが目で挨拶を送ると、リナルドが目で頷き返す。ソニアにちょっかいを出そうとしていたカルアは、つまらなそうにそっぽを向いた。

 トルノが基地の廊下を歩くと、その後ろをソニアがついて回る。ふたりとすれ違うと、基地の兵が物珍しげに振り返った。


 物言いた気につきまとわれるがわずらわしいトルノは、シャワールームに逃げ込んだ。

 汗を流して出てくると、そこにはクリップボードを胸に抱えたソニアが、俯きながら壁に寄りかかっていた。



◆ ◆ ◆



「で、何か話でもあるのか?」

「無理をしないで……欲しいです」


 まったく気は進まなかったが、トルノはソニアを食堂へ誘った。うつむいたソニアは、待機室で言った同じ言葉を繰り返した。


 まだ夕食には早く、基地内の食堂は人もまばらだった。兵たちの腹を一手にまかなう広大なホールの、人の出入りの少ない奥まったテーブルに、ふたりは向かい合わせに座っている。


 目の前には、規定無視の出撃を繰り返して体重が激減したトルノのための特別メニュー。パーティ用とおぼしき大皿に山盛りのカレーライスと、ボウル一杯の生野菜が、トレーからはみ出している。


 空中戦での戦闘機動には慣性による荷重が発生する。急旋回を行えば、重力の4倍から5倍、それ以上の荷重が身体を襲う。

 体重が70kgの者ならば、400kg近い重圧を受けながら命のやり取りをする。常人の理解を超える負担を抱えて、パイロットは戦っている。


 ソニアには知識があっても、その実感はない。

 しかし、味と量の多さに文句を言いながらエネルギーをむさぼるトルノのやつれた姿を見れば、無理をしているのは一目瞭然だった。


 ジャグの扱いを抗議した。イジメをするなとなじりもした。興奮のあまり涙まで流してしまった。

 その結果として、ジャグのパートナーになったトルノが、まともな休息もなしに飛び続けている。

 自分のせいで負担を強いていると思うと、ソニアにはそれが後ろめたい。無理を重ねたトルノが集中力を欠き、撃墜される事を想像すると、鳩尾みぞおちの辺りが鉛でも飲んだように重くなった。


「ジャグの調子は?」

「……? プロセッサの稼働は落ち着いています」

「学習効率は?」

「驚くほど……上がっています」


 なら良いじゃないか。ピクルスをゴリゴリと咀嚼そしゃくしながら、痩けた頬のトルノがわずかに微笑んだ。


 実際にジャグのコンディションは、目に見えて良くなっている。

 他のパイロットとの出撃や待機時間がなくなり、トルノとマンツーマンでの戦闘を重ねる事で、感情を持たないAIが、生き生きとしているように感じられる。


「俺には俺で、やりたい事も狙いもある。あんたが気に病むことはない」


 口元の脂を手の甲でぬぐうと、ようやくトルノはソニアの顔を見た。重い疲労に落ち窪んでいるが、その瞳には強い光がある。


「この部隊の目的は、俺にとっても都合がいい」


 敵を潰しまくれば、それだけ友軍の被害が減る。より多くの敵が集まる。そうすれば、あの黒いナバレスのパイロットも現れる。

 向こうからやって来るのを待っているだけでは物足りない。あちらが来ないなら、こちらから出ていって叩き落とす。

 その欲求に文句も言わずに着いてくる疲れ知らずの相棒は、トルノにとって好都合だった。


 機付きの整備員は悲鳴を上げているが、その分、稼働率の落ちた機体の整備員が助っ人に入っている。3機のバラクーダを使いまわしても間に合わず、クルカルニには4機目の補充を認めさせた。


 そしてジャグは、着実に技量うでを上げている。


「だからミス・マーベル。あんたが心配する事は、何もない」


 大量のカロリーを平らげたトルノが席を立った。

 勤務シフトの変わり目になったのか、食堂が混み始め、腹を空かせた兵や職員が、葉鳴りのようなざわめきと共に雪崩込んでくる。

 落ち着いた話ができる雰囲気では無くなったが、席を立つしおには丁度良かった。


「ソニア……でいいです。バンクロイド中尉」

「なら俺も、トルノで構わない」


 じゃあなソニア、俺は寝る。


 力なく丸めた背中越しに手を挙げるトルノを、ソニアが見送った。

 クリップボードを胸に抱いて、しかし彼女の胸騒ぎはまだ収まらなかった。

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